閑話:シロルームの平穏?な日常

第1話 誕生日プレゼント開封の儀

 温泉旅行の翌日、僕は疲れで重たい体に鞭打って、シロルーム本社へとやってきていた。



 うぅ……、何度来ても慣れないよ……。




 いかにも社会人というスーツ姿の人たちが行き交うオフィス街。

 こんな中に犬耳フードのパーカーを着た怪しい人物が歩いているのだから、いつ声をかけられるのかと不安な気持ちを抱いていた。



  いっそのこと、僕もスーツを来てみる?




「あははっ、ユキくんにスーツは似合わないよ」




 僕の作戦は聞き慣れた声の人物に否定されてしまう。




「そんなことを言ったら、母さんこそスーツが似合ってないよ」

「そうだね。ママはまだ18歳だからスーツより制服の方が似合ってるよね」

「はいはい、そんな戯言を言ってないで、会社に行くよ」

「ユキくんが冷たいよー。ココネちゃんやユイちゃんにはあれだけ優しくしてるのに」

「ふ、ふ、普通だよ……。別に二人だから特別扱いしてるわけじゃないよ……」

「最近あまり会えないってルルちゃんが悲しがってたよ。だから、ママがユキくんのために勝手にお泊まりの日程を組んでおいたからね」

「えっ!?」




 何を勝手なことをしてるんだ、この母さんは……。




「でもでも、配信の予定は――」

「もちろん、しっかり愛理に予定を調べてもらってるから大丈夫だよ。ユキくんが二日空いてる日を見計らってお泊まり会を実施するよ」

「二日空いてる日……って普通に僕が休みの予定だったところじゃないの?」

「ほらっ、そこはお泊まりだけでもいいわけだから、配信しなかったら実質休みだよね?」

「はぁ……、わかったよ。でも、愛理さんに迷惑をかけたらダメだよ? 後で僕から謝っておくよ」

「またユキくん、何かやらかしたの? ママが一緒に謝ってあげるよ」

「母さんがやらかしたんだよ!!」




 全く悪びれた様子もなく、舌を出しながら言ってくる母さんに思わず声を大にして言ってしまう。




「そういえば今日はなんで本社に来たの? 面接?」

「面接ってなんのこと??」

「あっ……、なんでもないよ。忘れておいてね」

「……またよからぬことを考えてない?」

「ママは今まで一度も悪いことを考えたことはないよ?」

「それがもう嘘だよね?」

「あははっ。ほらっ、早く中に入るよ」




 母さんに連れられて僕はシロルーム本社へと入っていった。

 その時にはもう緊張していなかったので、その点だけは感謝していた。




◇◇◇




『《♯ユキ犬姫拾いました》お誕生日プレゼント、開封の儀。雪城ユキ3D配信雪城ユキ/シロルーム三期生

1.1万人が視聴中 ライブ配信中

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『わ、わふぅ……、み、みなさん、こんばんは。今日はその……、突然3Dでの配信になってごめんなさい。その……、本当はみんなから貰ったプレゼントをいくつか持って帰ろうとしただけなんだけど、あまりの数にシロルームで開封することになっちゃったんだよ……。それならってことでこうして配信することになりました』




 3D配信にも関わらず、段ボールの影に隠れる雪城ユキ

 いや、今日は中に隠れているのではなく、物理的に仕方なく隠れている。


 その理由は簡単で今僕が配信しているシロルーム本社の一室は、僕へのプレゼントに埋まり、ろくに身動きが取れないほどだった。


 仮にも一企業の資料室。それなりの広さを誇っているのだが、今はもう倉庫にしか見えない。

 回りを囲む段ボールの山々。


 小柄な体が幸いして身動きが取れるものの、ちょっとでも段ボールが崩れてきたら埋もれてしまう自信があった。。


 量が多いとは聞いていたものの、さすがにここまでになっているとは予想外だった。

 マネさんに家に送ってくれって頼んでも、「やめておいた方が良いよ」って言われる訳だ。


 配信画面には、ユキ犬姫姿の僕がダンボールから顔を覗かせながら小さく頭を下げていた。


 せっかくの3Dだが、これ以上の動きはとれないので仕方ない。

 一応僕が映らないように細心の注意を払いながら、段ボールの山を写真に収める。

 そして、それも僕の横に表示させる。




【コメント】

:気にしてないよ

:ユキくんらしかった

:プレゼントすごっ!?

:誰だよ、こんなにプレゼントを贈ったのは。……俺です

:俺も送っちゃったよ

:俺も




 みんなで示し合わせたわけではなく、たまたまたくさんの人が送ってくれただけのようだった。

 その点については本当に感謝しかなかった。




『ううぅぅ、みんな、本当にありがとぉ……。ぐすっ……』




 思わず目頭が熱くなった。

 しかしすぐに涙を拭うと、恥ずかしくなって段ボールの中へ隠れる。




【コメント】

:あっ、また隠れてしまった

:この感じ、昔のユキくんを思い出す

:怖くないよ。怖くないから出ておいで

:↑通報しました

:最近段ボールを簡単にとられてたもんね




「ぼ、僕もこの一年で成長してるんだからね。も、もうみんなの前でこうやって配信しても緊張はしなくなってる……はずだからね」





 まだ照れは残っているものの少しだけ頬を赤らめながら段ボールから顔を覗かせる。

 流石に配信を開始してからもう随分と経つ。

 今日は来ていないみたいだけど、後輩もいるのだから格好の悪いところは見せられない。

 ……今更かもしれないけど。




【コメント】

:おかえりw

:出てきたwww

:そういえば今日はルルちゃんが来ないな

:正座待機してそうなものだけどな

《:¥5,000 プレゼント代》

《:¥500 これでダンボールでも買ってください》




『も、もう段ボールはいらないからね!? すでに山のようになってるからね!? でも、ありがとうございます。いたっ……』




 スパチャのお礼に頭を下げると、その瞬間に積まれていた段ボールにぶつかってしまう。




『と、とりあえず、このまま雑談をしてても終わらないので、早速開封をしていきたいと思います。ただ――』




 周りを覆い尽くしているプレゼントの山を見ていると気が滅入ってしまう。

 とても一人で開封できる気がしない。

 でも、そんなことはマネさんもわかっていたようだ。


 自分から言ってくれていた。

 つまり、今日はサプライズでマネさんも僕の配信に登場する。

 これは視聴者の人たちも驚くかも……。


 にやにやとサプライズが成功したことを想像していた。




『あまりにも量が多いので、今日は僕だけではなく、僕のマネージャーであるマネさんにも来てもらいました』




 これはマネさんからの強い要望だった。

 送られてくるプレゼントには危険なものもある可能性があるらしい。

 一応マネさん側でもチェックしてるらしいけど、それでも見落としがあるかもしれないので、配信中のサポート兼監視役をしてくれる……という話になっていた。


 表には出ないマネさんなので、大丈夫かな……とは思ったけど、それでも僕以上に話すのは慣れていそうなので、問題ないかな。




『それじゃあ、マネさん、どうぞ!』


マネ?:『みんなー、こんはるー! 久しぶりだねー、元気にしてたかなー? 会長は元気だぞー? おやー? どうしたのかな、ユキくん。口をぽっかりと開けて』




 掛け声とともに入ってきたのは、母さんことシロルーム会長―― 小幡祐理こはたゆりその人だった。

 ニマニマとイタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべている。

 いや、その姿は本当に子供にしか見えない。




『か、か、か……』




 驚きのあまり、声が漏れそうになるが、母さんが口に人差し指を当てて、静止してくる。




ハル :『にははっ、そうだよ。会長さんだよー。忙しいマネさんに代わって、今日は私がユキくんのサポートをしてあげるよ』




 そう言いながら勝手に配信画面に母さんが昔、シロルームを発足する際に使っていたアバター、晴城ハルはれしろはるを表示させていた。


 ピンク色の長い髪を二つ、束ねた小柄な少女。

 学校の制服を着ていて、幼い声帯も相まって子供にしか思えなかった。




『か、かあ……、か、会長先輩の方が忙しいですよね!? こ、こんなところで油を売ってていいのですか!?』


ハル :『それがね、ユキくん。聞いてよー。愛理がひどいんだよ。「会長もプレゼント開封、手伝ってあげてください。どうせ暇ですよね?」なんて言ってくるんだよ? 私、会長なのに』


『うん、後で愛理さんに謝りに行きましょうね。僕も一緒についていくから』


ハル :『ユキくんもひどいよ!? どうして会長さんが謝るの!?』


『それは普段から会長先輩が愛理さんの手を煩わせてるからですよ。忙しい人なんだから邪魔したらダメですよ』


ハル :『た、確かに愛理にはこのシロルームの運営やら何やらを全て任せてるけど……、わ、私だって仕事が――』


『それよりも会長先輩……。本当に手伝ってくれるのですか?』


ハル :『いいともー。可愛いシロルームの子に来たプレゼントだからね。感動を共にできるなんて――』




 感嘆の言葉を述べる母さんが見えるように、別の部屋の扉を開く。

 すでにプレゼントで埋め尽くされた部屋は中に入ることすらできない。




『プレゼント開封耐久配信になると思いますけど……』


ハル :『よーし、会長さんの仕事はここまでだ。みんな、乙ハルー』




 帰ろうとする母さんの手を掴む。




ハル :『離して、ユキくん。会長さんは自分のお仕事をしないといけないのだ』


『今日は僕の開封を手伝うのが仕事ですよね? ほらっ、さっさとやってしまいましょう』


ハル :『うぅぅ……、愛理ー。ここまで量が多いなんて聞いてないぞ……。恨むからなぁ……』




 渋々母さんが段ボールを一つずつ運んできてくれる。




『さて、それじゃあ最初のプレゼントから開封していきますね。まずはこちら。段ボールを開けてみるとなんと……あれっ?』




 開けたプレゼントの中身は小さな段ボールだった。




『厳重にしまってくれたのかな? 改めて封を開けますね』




 再び段ボールの中身を取り出す。

 すると、さらに小さな段ボールが現れる。




『ま、まだまだ……』




 こうなってくると僕もやけになっていた。

 何度開けても現れる小さな段ボールをただひたすらに開け続ける作業へと入る。

 そして、ついにサイズは手のひらの大きさへとなる。




『はぁ……、はぁ……。さ、流石にそろそろ終わり……だよね?』




 恐る恐る段ボールを開くとついに中からダンボール以外のものが現れた。




『こ、これがプレゼント……?』




 ただの手紙のようにも見えるが、ひとまず中身を開いてみる。




『えっと、【ユキくん、誕生日おめでとうございます。ユキくんがいつでも魔の手から隠れられるようにたくさんの段ボールをマトリョシカ風にしてお送りします。存分に活用して下さい】』




 ……。




 その手紙を読んだ僕は思わず動きが固まっていた。




 ……ほ、本当に段ボールがプレゼントだったんだ。




 確かにそれはユキくんらしいプレゼントではある。

 でも、これをもらった僕はどう反応したらいいのだろう……。




???『うみゅー、とりあえず中に入って住み心地を確かめるといいの』


『それもそうだね。せっかくもらったんだから、使わないとダメだよね。流石は会長せ――』




 母さんにしてはその妙な口癖に違和感を覚えてしまった。

 いや、たまに母さんは人の物真似をするから、それだろう。


 それに彼女……。

 唯坂がわざわざシロルームへやってきて、放送中の僕の枠へ入るはずがないよね……。


 そう思い、声のした方へ顔を向ける。

 すると、そこにいたのは確かに唯坂だった。

 その後ろにはニヤリと笑みを浮かべていた母さんの姿もある。




ハル :『ふふふっ、会長さんからユキくんへの誕生日プレゼントだよ。驚いた? 驚いたよね??』




 悪戯を成功させたことを喜ぶ母さん。

 確かにユイは面倒なこういった場には一番来そうにない。

 だからこそ僕も驚いてしまったのだが。




『えっと、ユイ? もしかして手伝いに来てくれたの?』


ユイ :『うみゅー、もちろんユキくんを段ボールに詰めて持って帰ろうと――、ううん、手伝いに来たの』




 ユイの後ろには本当に段ボール箱が見えていた。



 誘拐犯だ。こんなところに誘拐犯がいるぞ。




『――もしかしてさっきの住み心地を確かめるって言ってたの、そのまま僕を連れて帰ろうとしたんじゃないよね?』


ユイ :『……うみゅ♪』




 ユイは可愛らしく笑みを見せてくる。


 前までの僕ならそれで騙されて連れて帰られたかもしれないけど、今の僕はかなり鍛えられている。

 こんなところで負けるはずがない。




『可愛く言ってもダメだよ。全く、油断の隙もないんだから……。とりあえず僕を段ボールに詰めるのは禁止だからね! わかった?』


ユイ :『うみゅー……、仕方ないの。それじゃあ、もうユイのできることはなくなったの。乙ユイなの。おやすみー』


『待って!? そ、そんなことないよ。ここに来てくれただけで嬉しいよ。ありがとう、ユイ』


ユイ :『うみゅ、ユキくんがデレたの! 今までの苦労の甲斐があったの』


『で、デレてないよ!? デレてないからね!?』


ユイ :『照れないの。これで心置きなくお持ち帰りできるの』


『お持ち帰りはだめだよ!? これは僕に届いたプレゼントだからユイにあげるわけにはいかないからね!』




 慌ててプレベントを守るように両手を広げる。

 するとユイは首を横に振っていた。



ユイ :『うみゅ、違うの。ユイがお持ち帰りするのはユキくんなの』


???:『ダメですよ。そんなこと、させませんよ』




 新しい人が参戦をする。

 さすがにユイの次に現れる人間……というと一人しか思いつかない。

 というか、こんなところでいったい何をしているのだろうか?




『ココママもどうして……?』


ココネ:『えっと「ユキくんが危篤状態だからすぐに持ち帰って看病して」ってハル先輩が――』




 どうやらココママも母さんの魔の手にかかってしまったようだった。



『はぁ……、僕は大丈夫だから。全ては会長先輩が悪いんですね。あとから愛理さんにきついお灸を据えて貰いましょう』


ハル :『私は悪くない! この世が……。この社会が全て悪いんだー!!』




 唐突に社会のせいにしだす母さん。

 僕は呆れ顔になりながら溜息を吐く。




『さすがにこれ以上誰も呼んでいないよね?』


ハル :『はははっ、もちろんシロルームみんなに声をかけているよ。当たり前でしょ。仲間はずれなんて良くないよ』




 同期の全員に声をかけているかと思ったらまさかの本当に全員だった。




『さすがにみんな忙しそうだから全員は来ないよね?』


ハル :『そうだね、愛理だけは来れないって言ってたかな?』




 ちょっと待って。それって本当に全員がくるってことじゃないの?  いやまさかね……。




 乾いた笑みを浮かべながらココママとユイに協力して貰い、誕生日プレゼントを開封していった。

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