第11話:歌うユキくん ♯氷雪/ふとした疑惑 ♯ココエミ

――うぅぅ、本当に僕が歌うの??



 少し体を強張らせながら僕は画面をジッと見て固まっていた。

 恐怖から小刻みに震えてしまう。



――音痴の僕が人前で歌う?? 今まで誰かと一緒にカラオケとかに行くこともなかった僕なのに?




 動揺のあまり目の前が真っ白になってしまう。

 すると、突然ツララ先輩は僕を抱きしめてくる。




『つ、ツララ先輩!? い、一体何を!?』




 まさかツララ先輩まで抱きしめてくるとは思わずに、僕は驚きの声を上げてしまう。

 しかし、ツララ先輩はいつもと変わらない淡々とした口調で言ってくる。




ツララ:『――大丈夫。安心して。楽しんでくれたら良いから……』


『あぅあぅ……、そ、その……、あ、あの……』




 今は歌うことの動揺より抱きしめられていることの緊張の方が大きいのだけど……。


 しかし、それに気づいていないのか、ツララ先輩はさらに顔を近づけてくる。

 そして、すぐ耳元で艶やかな吐息と共に呟いてくる。




ツララ:『――ただ歌うだけだよ』


『わふっ!?!? あ、あの……、その……、ち、近いです。近いですよ……。そ、それより……、い、今のまま歌う……のですか?』




 驚きのあまり、顔を俯け、赤く染まってる顔を隠しながら答えると、ツララ先輩は首を傾げていた。




ツララ:『――?? 歌うときはもちろん普通に歌う』




 なにおかしいことを言っているのか、と言わんばかりに飄々と言ってくる。

 その態度を見て、僕は乾いた笑みを浮かべていた。




『……ですよね』




 さすがにココネやユイみたいにはならないよね。

 むしろこの態度が普通だろう。



 僕はどこかホッとため息を吐く。

 すると、ツララ先輩はすぐに離れてくれる。




ツララ:『――落ち着いた?』


『あ、はい。ありがとうございます。も、もう大丈夫です。が、頑張れます』




 僕が大きく頷くとツララ先輩は小さく微笑んでいた。




ツララ:『――それじゃあ頑張って。歌、適当に入れるから……』


『はいっ!! えっ?? ぼ、僕一人ですか!?』


ツララ:『――ユキがどのくらい歌えるのか見たい』


『そ、それはそうですよね……。うぅぅ……、が、頑張りますけど、その……き、期待しないでください。ぼ、僕、歌は本当にダメで……』


ツララ:『――大丈夫。耳塞いでおくから』


『それ、全然大丈夫じゃないですよね!?!?』


ツララ:『――冗談。しっかり聞いておく。でも、ユキは誰も聞いていないと思って歌ってくれたら良いから』




 ツララ先輩なりに、自然と僕が歌えるように考えてくれたのだろう。

 それなら僕は頑張って歌うしかできない。




『は、はいっ。が、頑張ります!!』




【コメント】

:つらたん、お姉さんしてるね

天瀬ルル:ついにユキ先輩の歌が始まる……

:ルルちゃんは相変わらずw

:ユキくん、気合十分だねw

姫野オンプ🔧:ツララちゃんの歌、好きなのです

美空アカネ🔧:はーっははっ、私参上!!

:シロのメンバーが集まってきたw

:ひめのんがいるから安心だな

:暴走特急がいるせいで抑えが効かないけどなw




『うっ……、な、なんでこのタイミングでみんなくるの……。ぼ、僕の歌は人に聞かせられるものじゃ――』


ツララ:『――始まる』



『も、もう……!?』




 ツララ先輩が流してきた曲は有名なアニメの主題歌だった。

 これならたしかに僕でも歌詞が分かる。しっかり考えて曲を選んでくれたようだ。


 でも、わかるだけで歌えるとは言っていない。いや、できるだけまともに聴こえるように頑張ろう。


 僕は全身で音程をとりながら歌が始まるのを待っていた。




ツララ:『――頑張って』


『は、はい。え、えと……。~~♪(棒読み)』




 精一杯歌詞通り、音程通りに歌おうと頑張る。

 ただ、慣れていない、ということもあり必死に曲に追いつこうとするだけで精一杯だったが。




【コメント】

:棒読み助かる

:上下に揺れて音程をとるユキくん、かわいいw

:ユキくん……本当に苦手だったんだ……

天瀬ルル:ユキ先輩、とってもかわいいです。お持ち帰りしたいです。いや、します!!

美空アカネ🔧:あははっ、棒読みじゃん! 私と良い勝負だな

姫野オンプ🔧:とっても頑張りました、なの。可愛かったの

《:¥1,000 頑張れユキくん》

《:¥500 歌代》

:かわいい




 ようやく一曲歌い終えるとコメント欄では必死に僕を応援するコメントが流れていた。

 明らかに音程がはずれていた。

 それにどう見ても音痴にしか聞こえない歌。


 でも、それでもみんな僕のことを貶めようとはせずに褒めてくれる。

 それを見ていると嬉しさもあり、下手な歌を聞かせてしまった恥ずかしさもあって自分から段ボールに入ってしまう。


 すっぽり頭から隠れてしまうユキくん。

 そんな僕を見て、ツララ先輩はため息交じりに言っていた。




ツララ:『――歌ってる姿は可愛かったんだけどね。慣れるところから始めましょうか』


『はい……』


ツララ:『――そのうちシロルーム全体ライブとかもあるから』




 嫌なことを聞いてしまったかもしれない。

 基本的に歌うのは歌が得意なメンバーだろうけど、それでも僕自身も歌う必要が出てくるだろう。


 段ボールから恐る恐る顔を出して、青ざめた顔をしながら答える。




『が、頑張って練習します……』


ツララ:『――教えられることは教えるから』


『あ、ありがとうございます』




 ツララ先輩の優しさに感謝しながら僕は頭を下げていた。




ツララ:『――とにかくまずは歌を楽しむところから。一緒に歌いましょうか』


『は、はい。よ、よろしくお願いします』




 ツララ先輩は僕の肩に手を回してくる。

 そして、二人で一つのマイクを使い、一緒に歌を歌う。


 たじたじとした態度の僕とは裏腹に、ツララ先輩の歌う姿は堂々としてかっこよく、輝いていた。


 僕もあんなふうに堂々と歌えるようになれるかな……。




◇◇◇




 それから僕は放送の続く限り、ツララ先輩に歌の特訓をしてもらうことになった。

 一緒に歌ったり、ツララ先輩に見本を見せてもらったり、僕が一人でもう一度歌ったり――。


 それですぐに歌が良くなる訳ではなかったが、前よりも楽しく歌うことができるようになっていた。

 最後には歌いながら笑みすら溢れていた。




『こ、これからは僕も歌の枠を開いて練習をしようかな……』


ツララ:『――日頃から練習をしていると上手くなる』


『ツララ先輩も練習をしているのですか?』


ツララ:『――企業秘密よ』


『同じシロルームですよー!?』


ツララ:『――内緒よ』


『えーっ』




 おそらく今の歌唱力を保つために練習をしているのだろう。

 でも、それを言うのが恥ずかしいから言いたくないわけだ。

 それに、置かれている配信用機材。

 特に音響関連は機械に強いカグラにも引けを取らないものばかりだった。



――きっと裏ではものすごく練習をしているのだろう。



 それを察した僕はそれ以上、無理に聞こうとはしなかった。




◇◆◇

『《♯ココエミ》憧れの先輩と雑談魔界エミリ/真心ココネ/シロルーム

1.1万人が視聴中 ライブ配信中

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 ユキくんたちのコラボが配信されている同時刻。

 ココネたちもコラボ配信を行っていた。




エミリ:『みんなー、こんえみりー! シロルーム四期生、魔界エミリまかいのえみりだよ。今日はなんと憧れの先輩とコラボをすることができたよー。これを機に同期の子と仲良くなる方法を色々と聞いちゃうからねー』


ココネ:『悪魔っ子のみんな、こんここー! 三期生の真心ココネまごころここねですよー。今日は可愛い後輩のために一肌脱ぎたいと思います』


エミリ:『えっ、服を脱いでくれるの? どうしよう……。私、そういう趣味はないんだけど……』


ココネ:『ち、違いますよ!? そんなことをするはずないですよね!?』


エミリ:『知ってるよ。だからわざとからかったんだよ』


ココネ:『先輩をからかったらダメですよ』


エミリ:『あはははっ。私はそんなことしないよ。やりそうな同期の子はいるけどね』


ココネ:『イツキちゃんだね……』


エミリ:『うん……、そうだね。どうしたら仲良くなれるかな……』


ココネ:『みんな、十分仲がいいと思いますよ?』


エミリ:『そんなことないよ。フウちゃんは確かに仲良くなろうとしてくれてるけど、イツキちゃんとルルちゃんは……ね。どうしたらココママ先輩みたいにみんな仲良くなれるの?』


ココネ:『ママじゃないですよー。でも、みんな仲良く……ですか? うーん、そこまで私たちは意識したことがないんですよね。意識しすぎるのが良くないんじゃないですか?』


エミリ:『でも、意識しないとルルちゃんはフラフラっとユキ先輩に近づいて……。そうだ、ユキ先輩で思い出したんだけど、ココママ先輩って確かユキ先輩とお泊まりしてたよね? 流石に一人暮らしの部屋で一緒にお風呂は入らないよね?』


ココネ:『私の部屋だと一人で入るのが精一杯ですね。一人暮らし用の部屋ですから――。でも、小柄なら一緒に入ったりはできるんじゃないかな?』


エミリ:『そ、そうだよね。うん、普通に考えて一緒にお風呂に入るなんて無理だよね。いくら尊敬している先輩と一緒に、でも』




 その一言で誰のことを言っていたのか、ココネにはわかってしまう。



 ユキくんとルルちゃん。

 流石に異性同士で一緒にお風呂に入るのは良くないと思ってしまう。



 ユキくんは小柄だし、ルルちゃんも小柄。

 少し広めのお風呂なら入ることはできる。


 そして、エミリも同じことを考えていた。



(ルルちゃんが男の娘だし、流石に女の子のユキ先輩と一緒にお風呂に入るのはまずいよね。どう考えてもおかしいよね? そもそも私たちと先に入るのが筋だよね?)



 全く同じことではなく、少し黒い部分が見え隠れしていた。

 そして、無意識まじりに、コツコツ……、と机を叩いていた。




【コメント】

:でたw

:台パン助かるw

:ルルちゃん大好きだもんねw




ココネ:『え、エミリちゃん……、そ、その……、机を叩いてますよ……』


エミリ:『あっ……、え、えへへっ……。た、叩いてないですよ。タイピング音ですよ。あははっ……』


ココネ:「全然タイピング音には聞こえなかったけど……』


エミリ:『嫌だなぁ。ココママ先輩の聞き間違いだよ。まだ耳が遠くなるには早いよ』


ココネ:『わ、私、そんなに年取っていません!!』


エミリ:『そ、そうだよね……。えっと、ご、ごめんなさい……』




 ココネの言葉から発せられた圧にタジタジになりながらエミリは素直に謝っていた。




【コメント】

:真面目なココママだ

:エミリンもそこまで暴走してないね

:なんで真面目に議論してるんだろう?

:ユキくんとルルちゃんが一緒にお風呂に入っただけ……だよな?

:……羨ましかったんだろうな




エミリ:『べ、別に羨ましいわけじゃないからね!?』


ココネ:『羨ましい……。うん、そうなのかな?』


エミリ:『こ、ココママ先輩!?』


ココネ:『エミリちゃんもそうですよね? 同期の子が自分たちより先輩と仲良くしてるのが羨ましくもあって、悔しくもあるんですよね? 本来なら自分たちが一番長い時間、苦楽を共にしてるはずなのにって――』


エミリ:『そ、そういうわけじゃ……。ううん、違うね。多分そうなんだろうね』


ココネ:『あははっ、自分の気持ちってよくわかるようでわからないですよね』




 エミリに言いながらもココネは自分の考えを頭でまとめていた。




――私もユキくんが異性だから……とか、考えすぎてたかもしれないですね。ユキくんはユキくんで私たちは仲間なんですから。それにユキくん……って考えると一緒にお風呂に入ってもなにもおかしくないですからね。もしかして、ルルちゃんもそれがわかってて一緒に……?




ココネ:『なるほど……。私もまだまだですね』


エミリ:『……?? どういうこと?』


ココネ:『ルルちゃんはすごいってことですよ』


エミリ:『もちろんよ! ルルは私の同期だからね!』




 嬉しそうに、得意げに言ってくるエミリ。




ココネ:『私ももっと腹を割って話さないといけませんね。ユキくんと、同じお湯に浸かりながら……。今度温泉に行くのでせっかくですし、突撃しちゃいましょうか』


エミリ:『それはいいね。大浴場なら一緒に入ってもおかしくないもんね』


ココネ:『エミリちゃんもせっかくですし、四期生全員で旅行に行ってはどうですか? 仲を深めるきっかけになるかもしれないですよ』


エミリ:『それいいね。早速みんなに提案してくるよ!』


ココネ:『えっ!? い、今ですか!?』


エミリ:『もちろん。善は急げだよ! あっ、場繋ぎをよろしく!』


ココネ:『えっ!? わ、私が……ですか!?』




 ココネが驚いている間に、エミリは姿を消してしまった。




ココネ:『えとえと、一人になっちゃいました。ど、どうしましょうか? 一人でできること……、う、歌でも歌いましょうか?』




【コメント】

:ココママの歌だー!

:わくわく

:そういえばユキくんも歌ってたよ




ココネ:『ツララ先輩とコラボしてましたもんね。私も後からゆっくり見たいと思ってますよ』




 歌の準備をしながら、ココネは微笑んでいた。

 そこに少し悩んでいたココネの姿はなかった。

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