第18話:ココママ5万人記念配信

――どうしてこの世はこんなに無情なのだろう……。



 窓の外から明るく燦々と照らしてくる太陽に向けて、眉をひそめていた。


 カーテンレールには逆さに釣られたたくさんのてるてる坊主。


 風邪を引かないかなと思って敢えて薄い服を着ていたのだが、風邪も引かなかった。


 ただ、ココママとのオフ会や収益化の記念配信があると考えると、ここ数日ろくに眠ることができてない。



 そんなこともあり、体調、精神ともに最低でココママとのオフの日を迎えた。



 服装はもちろんいつもの少しぶかぶか気味のパーカーとジーパン。

 犬の足跡付きパーカーがまさかユキくんと結び付けられるとは思わなかったが、それほどたくさん服を持っているわけでもないので、結局着やすいこの服を選んでしまう。



 そして、駅前にたどり着く。

 時間は朝の九時。

 約束の時間より一時間は早い。



 行くのは嫌だったが、それでも約束は約束。

 万が一にも遅れることのないように早めに出てきたら早く着きすぎてしまったようだった。




「遅れてこよりさんに迷惑をかけるよりマシだよね?」



 そんなことを考えていると突然知らない人から声をかけられる。




「君、こんなところに一人でいるの? 迷子なら一緒に親御さんを探してあげようか?」




 怪しい人から声をかけられたのかと思い、顔を上げるとそこにいたのはメガネをかけ、きっちりと髪を整えたいかにも会社員といったスーツ姿の男がいた。


 どう見ても真面目そうな人だったので、僕は少しだけホッとする。


 ただ、知らない人には違いない。

 絶対その口車に乗せられてはダメだ。




「ご、ごめんなさい。その……知らない人とは話したらダメだって――」


「いや、別に怪しいものじゃない――」


「こ、小幡くん!? だ、大丈夫!?」




 突然、僕と男の人の間を割って入る人がいた。

 それは大代こより……つまり、ココネだった。


 今日は白のフリルがついたカーディガンとピンクのスカートを履いていて、とても可愛らしい。

 ただ、そんなこよりが鋭い視線で男の人を睨んでいる。



――あれっ、その役目は普通、男の僕じゃないの?



 何故か庇われている……。

 いや、確かに背丈はこよりの方が高いし、理由はわかるけど、どうにも腑に落ちない。




「こよりさんこそ、ここは僕に任せてください」




 こよりの代わりに僕が前に立つ。

 すると、男の人が目を大きく見開いていた。




「あぁ、その子は大代さんの知り合いだったのですか?」


「えっ、あれっ、高田太一たかだたいちさん? どうしてここに?」


「いや、これからシロルームに向かうところですよ。ちょっと打ち合わせにね。そこで周りをキョロキョロ見回している迷子の子がいたからね」


「あぁ、そういうことですか……」


「ぼ、僕、迷子じゃないですよ……。子供でもないですよ……」


「それは悪かったね。なんかすごく困ってる風に見えたから」




 どうやらこの人はシロルーム関係者のようだった。男の人ってことは裏方の人とかかな?


 首を傾げながら、一応関係者なら……と挨拶をする。




「あっ、いえ、わざわざ気を遣っていただいてありがとうございます。ぼ、僕は小幡祐季こはたゆきといいます。その、よろしくお願いします」


「俺は高田太一。よろしくお願いします。……えっ、小幡祐季?」




 やはり小幡、と言う名前に反応するようだった。



――シロルームの会長……だもんね。僕もいまだに信じられないけど。




「それより、私の・・小幡くんをどこに連れて行こうとしてたのですか? いくら高田さんといえど、返答次第では――」


「ちょっ、ちょっと待ってよ!? いつ僕がこよりさんのものになったの!?」


「はははっ、確かにこれはママって言われるわけですね。最初の頃と雰囲気がずいぶん変わりましたね」


「えっと……、僕の意見は?」


「なんていっても小幡くんは私の友達ですからね」




 僕抜きに話が進んでいく……。

 ただ、微笑むこよりを見て、僕も笑みを浮かべる。




「そ、そうだよ。うん、こよりさんとは友達だもんね」


「やっぱりまだ少し固いね」


「……ご、ごめん」


「気にしなくていいよ。小幡くんも慣れてくれたらマシになるだろうし」


「……やっぱりそうですか。小幡くんがあの――。そして、これが噂の三期生随一のてぇてぇコンビ。おっと、そろそろ行かないと。二人とも、また今度」




 腕時計を確認した後、高田は慌てて去って行った。




◇◇◇




「ごめんね、小幡くん。待たせちゃったかな?」




 こよりが不安そうに聞いてくる。




「そ、そんなことないよ。時間も待ち合わせより一時間も早いし……。で、でも、いきなり声をかけられたのはびっくりしたかな」


「小幡くん、かわいいからね。もっと注意しないと」


「えっと、ぼ、僕は男だから……」


「関係ないよ! そんなことをしてると悪い人に拾われていくよ!」


「うっ、ご、ごめんね。心配かけて……」


「うん、気をつけてね。でも、ちゃんと謝れて偉いね」




 こよりから頭を撫でられる。




「むぅ……、もしかして、僕のこと、子供扱いしてる?」


「あははっ、そんなことないよー」




 こよりが目をそらしながら言ってくる。




「そういえばさっきの人ってシロルームのスタッフさん? こよりさんは知ってたみたいだけど……」


「えっと、小幡くんになら言っても良いのかな? ちょっと待ってね」




 こよりがスマホで何か確認をしていた。

 一つずつ確認して打つ僕とは違い、ものすごい勢いで文字を打っていた。

 そのことに驚いていると、こよりが一度頷いて僕の方を向いてくる。




「担当さんから許可をもらったよ。とりあえず歩きながら話そっか」


「うん、わかったよ」




 こよりの隣に並んで歩き出す。




「手でも握る?」


「に、握らないよ!?」


「あははっ、もう、顔を真っ赤にして……。やっぱりユキくんはかわいいなぁ。……はっ!? ち、違うね、小幡くんだね……」


「もしかして、僕、身の危険? 今すぐに逃げた方が良いよね? うん、そうだね。自分の身が可愛いもんね」


「だ、ダメだよ!? 今日の配信を私がどれだけ待ち望んでいたか。やっと念願叶ってできるオフコラボなんだからね」


「うん、わかってるよ」


「あっ、それとさっきの高田太一たかだたいちさんは一期生の野草ユージさんだよ」


「そうなんだ。……へっ!?」




 あまりに簡単にこよりが言ってくるのでスルーしかけてしまったが、話の内容を理解すると驚いてしまう。



――あの人が野草ユージさん!? ぜ、全然印象が違うんだけど……。



 野草ユージと言えば『ユージ草』を代表とする炎上芸が得意で、チャラ男風の見た目とそれに付随する行動。

 ただし、たまに見える真面目な雰囲気がギャップを生み、人気を出している一期生の男性Vtuberだ。




「えとえと、ほ、本当なの? だ、だって、すごく真面目そうな人だよ!?」


「ユイちゃんと同じでキャラを作ってるみたい」


「い、色んな人がいるんだね……」


「小幡くんも、だよ」


「あっ……」




 確かに僕みたいに性別まで偽ってる人はシロルームにはいない。


 そう考えると、高田さんのこともおかしいことには思えなかった。




「それじゃあ、早速服を買いに行こうか。前のワンピースも可愛かったし、リボンももちろんいるし、他にも色々と買いたいね」


「……もちろんこよりさんのもの、だよね?」


「あははっ、何を言ってるの? もちろん小幡くん用だよ」


「――僕、やっぱり帰って良いかな?」


「ダメだよ!? だってほらっ、これからユキくんとして出かけるときもあるでしょ? そのときに男物の服で行くの? 正体ばれてしまうよ?」


「た、確かにそれは一理あるね」


「でしょ。だから今日は女性用の服を探します!」




 ……あれっ? なんでこうなるんだろう?




 結局僕はこよりに手を繋がれて、そのまま一緒に買い物や映画に連れ回されていた。

 途中で女性ものの服に着替えさせられて――。




◇◆◇

『《♯心の拠り所 ♯ココユキ》登録者数5万人記念。寝るまで雑談 《真心ココネ/雪城ユキ/シロルーム三期生》』

2.1万人が待機中 20XX/05/17 22:00に公開予定

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【コメント】

:ついにこの日が来たか

:てぇてぇ爆撃の準備はできている

:ココママ、5万人おめでとう

:おめでとう

:おめでとう

:おめでとー

:オメー

:全裸待機しててよかった





 待機画面に表示されているのはココネとユキが楽しそうに笑い合っている姿。

 ココネの元にファンアートとして届けられたものだった。


 配信時間開始になるまで待機しているココネ。

 彼女の下にもミニアニメが届けられ、それが本日初お披露目でもあった。


 配信まであと五分。

 さすがに緊張を隠しきれない。

 大きく深呼吸をして、ジッとモニターを眺める。


 そして、ついに配信時間がやってくる。


 手はず通りに流れるミニアニメ。

 チビキャラのココネが画面上を飛び回り、ユキくんに抱きついたり、ユイとバチバチと視線をぶつけ合ったりする。

 そんなアニメをしばらく流した後、ココネのアバターが配信画面に登場する。




ココネ:『みんなー、ここばんはー!! シロルーム三期生、真心ココネですよー』




【コメント】

:ココママ―

:ココママー

:ココママー

:ココママー

:ココママー

:ココママー




 配信と同時にいつものココママ爆撃が来る。

 ただ、それも慣れたものでココネはいつもの返答をする。




ココネ:『ママじゃないですよー。それよりも今日は私の五万人記念配信に来てくれてありがとうございます。こんなにすぐに五万人を超えるなんて思っていなくて、驚いちゃいました』




 ココネがみんなの前で頭を下げる。

 ただ、配信画面には未だにココネしか現れていない。


 いつもだとユキくんの段ボールが置かれているはずなのに……。




【コメント】

:五万人おめー

:おめでとー

:おめでとう

:あれっ、ユキくんはー?

:段ボールがないよ?

:まさか逃げられたの?

:おめでとー




ココネ:『やっぱり気になっちゃいますよね、ユキくん。では、ユキくんに登場してもらいましょう』




 ココネはそういうとマイクを動かす。

 自分の膝の側へ。

 すると、そこには寝息を立てて眠っている祐季がいた。




『すぅ……、すぅ……』




【コメント】

:あっ……w

:寝息w

:ユキくんwww

:寝ちゃってるんだ……www

:あれだけ先に寝ないって言ってたのにねw

羊沢ユイ🔧:ユキくんはお子ちゃまなの

:寝息助かる




ココネ:『ちょっと今日、はしゃぎすぎて寝ちゃったみたいです。それに、今日のこととか色々と考えてて、この数日まともに寝てないみたいなんですよ。そういう事情ですから少し休ませてあげて、ユキくんが起きるまでは私が一人で進行していきます。ということで、ユキくんの段ボール……っと』




 ココネは[睡眠中]と書かれた段ボールを配信画面に表示する。




ココネ:『それじゃあ、まずはマシュマロ読みからはいりますね。その後に今日のオフ会のことを話していきたいと思います』




【コメント】

:寝息助かる

:楽しみ

羊沢ユイ🔧:うみゅー、ゆいも行きたかったの

:わくわく

:ユキくんの寝顔が見たい




ココネ:『ダメですよ。ユキくんの寝顔は今日は私が独占するのですから。では、まず最初のマシュマロから』



[ココママ、ユキくん、ここばんは。最近、ユキユイがてぇてぇすぎて、ココユキが疎かになっている気がします。ココユキ推しの僕としては是非とももっとコラボをしてもらって、てぇてぇところをたくさん見せて欲しいです]



ココネ:『良いことを言いますね。では、早速担当さんにユキくんの予定を抑えてもらいましょう。少し待って下さいね』




 カタカタと文字を打つ音が聞こえる。




【コメント』

:ココママw

:こうやってユキくんを抑えてたんだw

:ココママ、黒いw

:寝てる間に予定を入れられるユキくんw

:いや、これが本来の予定の組み方なんじゃないのか?




ココネ:『だって、よく考えてくださいよ。オフコラボ、とっても楽しみにしてたんですよ。それなのに、私の膝で寝ちゃってるんですから』




【コメント】

:膝枕だと!?

:なんだその空間はw

:俺、ココユキを信じてよかった……

羊沢ユイ🔧:うみゅ、ユキくんをとられたのー

:wwwww




ココネ:『では、そろそろ次のマシュマロにいきますね』



[ユキくんのダンボールの中は、″あったか〜い″ですか? それとも、″つめた〜い″ですか?]



ココネ:『うーん、これはユキくんに答えてもらいたかったですね。ただ、今は寝ちゃってますので、代わりに私が、一緒に入って確かめちゃいますね。よいしょっと……』




 段ボールの中にココネのアバターを動かす。

 そのあと、実際にユキくんの肌に触れる。




『うみゅ……、すぅ……すぅ……』




 一瞬驚いた声をあげるもののユキくんは目覚めることなく、そのまま眠っていた。




ココネ:『ユキくんは……いえ、ユキくんの段ボールはとっても暖かかったです。ぷにぷにで……』




【コメント】

:ユキくん可愛いw

羊沢ユイ🔧:うみゅ、ユキくん、柔らかいの

:wwwww

:ユキくん依存症が二人もw

:ユキシンドロームかw

;ユキローム被害者かw

:ユキローム草




ココネ:『それじゃあ、そろそろ今日のオフ会について話させていただきますね。まずは私とユキくんが買い物に行った話から――』




◇◆◇




「ユキくん、猫耳フードのパーカーも似合うんじゃないかな?」




 ショッピングモールに行った僕は、まず女性ものの服屋へと連れて行かれた。

 もちろんこよりが選んでいる間、僕は店の外で待っているつもりだったのだが、なぜか一緒に連れて入られて、今に至る。




「えっと……、それって女性向けだよね? そもそも僕に似合うはずがないですよ……」


「あらっ、お客様、とてもお似合いですね。試着をされてみますか?」




 店員さんに声をかけられてしまう。

 しかも、似合うと言われると複雑な気持ちになってくる。




「えっと、その僕は……」


「ほらっ、ユキくん! 実際に来てみましょう。きっとお似合いですよ」


「に、似合いたくないですよ!?」


「えっと、他にも似合いそうなのは……」




――こ、これは早く着ないとどんどん服が増えていくやつ?




「えとえと、ぼ、僕は試着室へ行ってくるね」


「あっ、待って。私も一緒に行くよ!」


「べ、別に着るくらいなら一人でできるよ?」


「私も見たいんですよ」


「仲がいいのですね。姉妹ですか?」




 店員さんが微笑ましそうに聞いてくる。

 すると、こよりは嬉しそうにうなづいていた。




「はいっ! 姉妹です」


「ち、違いますよ!? ただの友達ですから!」


「むぅ……、いい加減私の妹だって認めてよ」


「そ、それならこよりさんだって、ママってことを認めてよ」


「私はユキくんのママだよ?」


「うっ……」




――そうだった……。なぜか僕が言ったときだけママって認めてるんだった。




「と、とにかく僕はこの服を着てくるよ」


「楽しみに待ってるね。えっと、デジカメデジカメ……」


「と、撮らなくて良いよ!?」




◇◇◇




 それから試着室で猫耳のフードがついているパーカーを着てみた。




「えっと……、やっぱり僕が猫は変じゃないかな?」


「うーんそうですね。やっぱり小幡くんは犬耳ですよね」


「……ないものは仕方ないよね。うん、それじゃあお店から出て……」


「こちら犬耳フードのついたパーカーです」




 店員さんがタイミングを見計らって黄色のパーカーを持ってくる。




「わわっ、な、なんであるの!?」


「最近の人気商品になりますね。Vtuberの方が犬耳フードを着てるみたいで――」




 完全にゆきくんのことだった。

 ガックリと肩を落とす僕とは打って変わり、こよりは嬉しそうに笑みを浮かべる。




「ありがとうございます。これなら小幡くんに似合いそうですね。まるでユキくんみたい……。あっ、そうだ。それならユキくんに合わせて、白のワンピースを下に着てみましょうか」


「えっ、い、嫌だよ!?」


「大丈夫、似合いますから!!」


「で、でも、僕、ズボンは履きたいから――」


「それならこっちのレギンスを履いて、その上からワンピースを着て、パーカーを羽織るといいですよ。きっと似合いますから!」




 こよりが力説してくる。

 ただ、前みたいにワンピース単独と比べると抵抗心は少ない。



――ズボンさえあれば、少し丈の長い服を着てる感じだもんね。それなら昔、母さんによく着せられた気がする。




「わ、わかったよ。これならいいよ……」




 それだけ言うと僕は実際に服を着てみた。


 それをこよりに見てもらうと彼女は目を輝かせて、いきなり抱きついてきたので、逃れるのが大変だった。




「こ、小幡くん、まるで本物のユキくんみたいで可愛いです……」


「こよりさん、そ、その、ココママが出てるよ……。は、離して……」


「はっ、ご、ごめんね。つい、小幡くんが可愛すぎて……。とりあえず今日の服はそれでいましょう。私がお金を払いますので」


「えっと、悪いよ。それにお金くらい僕が……」


「大丈夫だよ。それにこれはユキくん登録者数十万人のお祝いだから。どこかでしたかったんだよ。できればユキくんにちなんだ物を……」


「そ、そうなんだ……。うん、ありがとう……」




 誰かにこうやって祝われるのは初めてだったので、嬉しく思い、素直にうなづいていた。



――僕もココママにサプライズを準備してるもんね。



 僕と同じでこよりも何かサプライズをしたかったのだろう。




「だからこの服は私が買うよ。あとはユキくんのパジャマだね」


「えっと、お泊まりだって言ってたから寝巻きは用意してるんだけど……」


「あっ、あの着ぐるみパジャマとか良さそう。ほらっ、犬の着ぐるみだよ」




 楽しそうに僕を引っ張っていくこより。


 僕の祝いも兼ねていると言われたらあまり強いことは言えず、僕もなす術なくそのまま引きずられて行った。




◇◆◇




ココネ:『買い物は主にこんな感じですね。ちなみに今はユキくん、犬耳パーカーと白のワンピース、あとは黒のレギンスを着てますよ。アバターと近い格好ですね。頭には勝手に大きなリボンをつけちゃいましたけど』




【コメント】

:ユキくん可愛いw

:こういうのが聞きたかったんだ

:ユキくんがこれを聞いてたら恥ずかしがってたんだろうな

:↑それも聞きたかった

羊沢ユイ🔧:うみゅー、ゆいには何をくれるの?

:ユイちゃん、自由すぎw




ココネ:『こんな感じにユキくんが起きるまで今日の出来事を話していこうと思います。では、次は服を買い終わった後、映画館に行った話ですね』




◇◆◇




「ほ、本当にホラー映画見るの?」




 恐怖のあまり足が震えていた。

 右手は映画の半券を。そして、左手は知らず知らずのうちにこよりの服を掴んでいた。

 そんな僕を見て、こよりは満面の笑みを浮かべていた。




「えっ、違いますよ? 今、ホラー映画はやってませんから」


「……えっ? でも、この前の連絡で――」


「私はホラー映画なんて一言も言ってないよ? 小幡くんが勝手に勘違いしたんじゃないかな?」


「う、うそ……。だ、だって……」




 僕は改めてココネとのチャットを確認する。

 すると、確かにココネはホラー映画ではないって否定していた。


 ただ、映画に関しては一切内容には触れず、ココネが見たかったもの……としか言っていない。




「よかった……。ホラーじゃないんだね。それなら安心して見られるよ」


「うん、グロ系だから安心だね」




 それを聞いた瞬間に僕は回れ右をして、そのまま出口の方へ向かって駆け出す。

 ただ、すぐにこよりに腕を掴まれてしまう。




「待って!? どこにいくの?」


「えっと、その……、トイレ?」


「トイレは逆方向だよ! もう、堂々と逃げようとしないで!」


「うっ、ご、ごめんなさい……。グロ系も怖いから……」


「嘘、嘘だから。本当は今流行の感動の恋愛ものだから」




 こよりは慌てて訂正をしてくる。

 僕があまりにも怖がっていたから、ちょっと騙しただけのつもりだったみたいだ。


 確かに受け取った映画の半券にも恋愛もののタイトルが書かれていた。

 それをもらっていたにも関わらず気づかなかったのは僕の落ち度でもあった。




「よ、よかったよ……。これなら僕でも見られそう……」


「うん、小幡くんにも楽しんでもらうって言ったもんね」


「ありがとう……、ココママ……」


「もう、こんなところでその名前はやめてよ」




◇◇◇




 映画が終わると僕は涙を流していた。

 というのも、こよりと見た映画は悲運の恋愛を描いた作品で、最後は死に別れる……というものだった。


 それがあまりにも悲しくて、涙を流さずにはいられなかった。




「うぅぅぅ……、どうしてあそこで死んじゃったの……。は、ハッピーエンドでも良かったんじゃないの……」


「感動の大作って言われてたものだからね。大丈夫、小幡くん。ハンカチ、使う?」


「うん、ありがとう……」




 こよりから受け取ったハンカチで涙を拭う。

 すると、こよりが僕の頭を撫でてくる。




「小幡くん、感受性が強いんだね……。こういう話も嫌いだった?」


「ううん、大丈夫……。ただ、やっぱり僕は物語の中ではハッピーエンドがみたいよ……」




――きっと、それが求められてるのも僕たちなんだね。



 リスナーの人たちが僕たちを求めて見に来る。

 疲れた気持ちを癒やしたり、心が穏やかになったり、日々のちょっとした日常に砂糖を加えることのできる存在。



 一緒に楽しんだり、喜んだり、たまには悲しんだり、怒ったり……。

 リスナーの人と一緒に寄り添っていくことこそ、求められることなんだろう。




「そっか……。あっ、そういえば小幡くん、この前私の料理が食べたいって言ってたね。せっかくだし、夕食は食材を買って一緒に作る? 料理も教えてあげるよ。この前みたいにならないためにも」


「あ、ありがとう……」


「配信中は小幡くんを抱きしめる権利をもらってるからね。このくらいならお安いご用だよ」


「えっと、やっぱり抱きしめたままの配信はするの……?」


「もちろんだよ。ユイちゃんもしてたんだし、私もユキくん成分を堪能したいからね」


「ぼ、僕からは何の成分も出てないよ。マイナスイオンとか……」


「ユキくん依存症は大変な病気だからね。定期的にユキテラピーをして、症状を落ち着けないと」


「ゆ、ゆきてらぴー……?」


「うん、アロマテラピーのユキくんバージョン」


「そ、そんなのないよ!?」


「なんだったら、今すぐ試してみる?」


「しないよ!? 絶対にしないからね!?」




◇◆◇




ココネ:『映画館ではこんな感じだったんですよ。泣いてるユキくんもとっても可愛かったんですよ!』




 ココネが幸せそうに話していた。




【コメント】

:ユキくんなら容易に想像ができるw

:でも映画館なんてよく行ってくれたな

:ユキくん、基本逃げるもんなw

羊沢ユイ🔧:うみゅ、うらやましい……

:ユキテラピーwwwww

:なるほど、ユキテラピーに行けば良いのかw




ココネ:『ユキテラピーは今は私の特権ですよ?』




 膝で眠るユキを撫でながらココネは嬉しそうに笑みを浮かべる。




ココネ:『それで映画の後は食材を買ってきて、一緒に料理をしたんですよ』




【コメント】

:……えっ!?

:悲劇が再び

:ゆ、ユキくん、怪我してない!?

:炭……

:いや、カップ麺か




ココネ:『そんなことないですよ。ユキくんはただ料理をほとんど作ったことがないだけでしたので、教えてあげたらちゃんと切ることができましたよ』




【コメント】

:ママすごい

:さすがママ

:その調子でカグラ様も頼む

:幼女が幼女に料理を教える

:はぁはぁ

:通報しました




ココネ:『だいたい今日一日はそんな感じでしたね。一緒にお風呂だけはできませんでしたけど、楽しかったです。それにユキくん、私にサプライズをしてくれたんですよ』




 ココネは嬉しそうに写真を画面に表示させる。


 今も部屋に飾ってある犬のぬいぐるみ。

 座った状態のそれは手に小さな看板を持っていた。




『ココママ、登録者数5万人おめでとう。いつも助けてくれてありがとう。雪城ユキ』



 ユキがこっそりサプライズとして用意したココネへのプレゼントだった。

 いつもココネにお世話になっているお礼として。

 買い物と映画が終わり、ココネの家へ着いてから恥ずかしそうに渡してきた。


 それをもらった瞬間にココネは嬉しさのあまり涙が流れ、それがまたユキを慌てさせてしまった。



 それはもうココネの一生の宝物だった。



 ただ、それを誰かに自慢したかった。だからこそ、リスナーのみんなに見せていた。




【コメント】

:これをユキくんが?

:ユキくん優しい

羊沢ユイ🔧:うみゅ、羨ましいの!!

:ココママ、本当に嬉しそう




ココネ:『普段、いっぱいいっぱいなのに……。しかも、自分の記念日は一向に認めないくせに、こういうところだけはしっかりしてくれるんですよ。このわんちゃんは……』




 ココネが慈しみの視線を送り、その頭を優しく撫でていると、ユキの瞼がゆっくりと動いていた。

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