第83話 昼食会を開催します

 もうオフシーズンには入ったけれど、昼食会のために公開試合が行われることになった。殿下のチームを紅白に分けた二チームで試合を行うのだ。

 この昼食会は、王太子妃選考会が無事に終了し、参加した令嬢たちを労う意味合いが隠されたものでもあった。


 主催者である私は早朝から球場入りして、最終確認を行う。

 特に滞ることはなく無事に開催できそうで、私はほっと胸を撫で下ろした。


 一般の観客も普通の観客席には入れるし、この試合の結果が来季のレギュラー争いにも係わるということで、いつもの試合と変わらず選手たちは張り切っていた。


 私はブルペンにも顔を覗かせる。

 ジミーがちょうど練習を終えたところだったので、彼に駆け寄った。


「ごきげんよう、ジミー」

「あれ、コニーちゃん」

「ところで訊きたいことがあるのだけれど」

「耳が早いっすねー」


 私の言うことに予測がついたのか、ジミーは苦笑いしながらそう言った。


「ジミー、ジュディさまのところから誘われているの?」

「うん、そうっすよ」

「やっぱり……」


 それを聞いて、私はがっくりと肩を落とす。

 ジュディさまは、どうやら有力な選手に声を掛けているようだった。誰に誘いをかけているのかはわからないけれど、ジミーじゃないかな、という気がしていたのだ。


 ジミーはあっさり口を割ったけれど、他の声を掛けられた選手は、残るにしろ残らないにしろ、決まるまでは口を開かないつもりらしい。

 ちなみに兄には声は掛かっていない。


「行っちゃうのですか? 行かないで欲しいのだけれど……」

「うーん、殿下には恩があるからなあ。どうしようかと思ってるんすけど」


 そう言って腕を組んで考え込む。


「でもこのままここにいるのも、つらいかもしれないし」

「え?」

「いや、なんでもないっす」


 ジミーはひらひらと手を振った。


「俺を見つけてくれたのは殿下っす。球場建設の仕事してたんすけど、瓦礫とか投げてたら、肩が強いねって。俺んち兄弟多くて、なのに父ちゃん死んじゃって、とにかく働かなきゃいけなくなって」

「そうだったんですか……」

「今は野球選手になったおかげで、家族に家を買ってやれたんすよ。すごいでしょ」


 そう言ってジミーは胸を張った。


「ええ、すごいわ」

「それが、殿下に対する恩っす」

「だったら……」

「でも俺、殿下の球を打ってみたいっす。練習じゃなくて、真剣勝負の。俺は、殿下と勝負したいんす」


 その言葉に、私はなんだか納得してしまった。

 確かに。

 真剣勝負で打つためには、違うチームに行かなくてはいけない。


「だからちょっと、留まるって断言できないっす。ごめんね」


 申し訳なさそうに、ジミーがそう言う。

 私はふるふると首を横に振った。


「私にとって、ジミーは恩人だもの。師匠だもの。どこに行っても応援するから」


 そう言って両の拳を胸の前で握ってみせると、ジミーはふっと笑った。


「それなら、百人力っす」


          ◇


 王太子妃選考会で使われた昼食会の会場に、今回も令嬢たちが集められた。


「以前、殿下が仰られていたように、来シーズンは全試合ここを開放いたしますから、ぜひいらしてくださいね」


 と声を掛けて回る。

 野球そのものを楽しむ令嬢はまだ少なそうだが、こうした集まりを楽しく思う方々にも良い反応がもらえている。


 また、野球そのもの、というよりは、選手に興味のある令嬢もいるようで、それはそれで、楽しみ方の一つではないだろうかと思う。

 私も最初は、殿下が見たくて観戦していたのだし。


「エディさまー!」


 身を乗り出すように、グラウンドに向かって手を振っている令嬢がいる。

 そのお気持ちはわかります、と私はうんうん、とうなずく。

 エディさまもどうやら気付いたようで、こちらに軽く手を振った。すると、「きゃー!」と甲高い声が響く。


「見ました? わたくしに向かって手を振りましたわよ!」

「嫌ですわ、わたくしでしたのに」

「そんなことはありませんわ!」


 などと言って、きゃっきゃっと楽しんでいる。

 ラルフ兄さまに声が掛からないのはどうしたわけなのか、問い詰めたい。


 すると、近くの観客席から野太い声が上がった。


「なんだよ、うるせえなあ」

「キャーキャーキャーキャー、野球ってのはそんなもんじゃねえよ」


 彼らは、チッ、と舌打ちなどをしている。


「エディよりラルフだろ。見る目ねえなあ」


 あら、いい人たちだった、と心の中で密かに思う。

 けれど令嬢たちはそれに怖がって、身を寄せ合った。


「まあ、怖い……」

「野球はこれがあるから……」


 やっぱり普通の観客席で見るのは女性たちには敷居が高そうだ、とこっそりとため息をつく。


「大丈夫ですわ、この昼食会会場には一般の方は入れませんから」


 私がそう声を掛けると、女性たちはほっとしたように息を吐いた。


「そうですわよね、気にすることはありませんわよね」

「ええ」


 うなずいて返すと、彼女らはまたグラウンドに視線を移した。


 そんな風に、なんとか昼食会は和やかに開催されようとしていたのだけれど、ふいに、しん、と静まり返った。

 私は入り口のほうに振り返る。

 ジュディさまが入ってくるところだったのだ。


「ごきげんよう、皆さま」

「……ごきげんよう、ジュディさま」


 堂々と、にっこりと笑うジュディさまを、令嬢たちは遠巻きに眺めていた。

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