第53話 捕球する順番

 しばらくすると、ぞろぞろと殿下のチームの選手たちがグラウンドにやってきた。

 防具を着けるのを手伝ってくれていたメイドも二人、混じっている。

 選手たちとメイドは、手に持っていた簡易な椅子を、ベンチ前に次々と並べていた。


 その中に兄の姿を見つけ、私たちは笑みを向ける。あちらも私たちに向かって微笑んだ。

 なんだか少し、落ち着いた気がした。


 そちらに視線を向けたままでいると、エディさまだけが一人離れこちら側に歩み寄ってきて、そして立ち止まると肩幅に足を開く。


「おはようございます、お嬢さま方」


 エディさまが声を張ると、令嬢たちはそちらに視線を向ける。


「さて、これからお嬢さま方には、殿下の球を受けてもらいます。その順番を決めますので、こちらの箱から、くじを一枚、引いてください」


 エディさまの隣にメイドが箱を持って歩み寄っている。

 彼女が持っている箱は真四角の木箱で、上部に丸い穴が開いていた。


 令嬢たちは戸惑いつつも、近くにいた人からその箱の丸い穴に手を突っ込んでいく。


「11番ですわ」

「3番ですって」


 くじに書かれた数字を、箱を持ったメイドのそのまた隣に立っていたメイドに伝えている。


 ジュディさまもその箱に手を入れ、そしてくじを広げていた。


「まあ、7番だわ」


 嬉しそうにそう言うと、メイドにその数字を伝える。


「ジュディさま? 7番だとなにかいいことでも……?」


 近くにいた令嬢が、ジュディさまの様子を見ておずおずと尋ねている。


「野球においては、7というのは縁起の良い数字なのですわ」


 少々はしゃいだ声のジュディさまの答えに、令嬢は引きつったような笑みを浮かべている。


「そ、そうですの。よかったですわね……」

「ええ、本当に」


 にっこりと笑うとジュディさまは用意された椅子のほうに歩いて行ってしまう。彼女の姿を、その場にいた令嬢たちが目で追っていた。


「コニー、わたくしたちも引きましょう」

「そうね」


 キャンディにそう言われ、二人でくじを引きに行く。

 まずはキャンディが箱に手を入れ、くじを取り出した。


「27番。7が含まれているからいい数字なのかしらね?」


 苦笑しながら、キャンディがそんなことを言っている。

 私はそれを横目で見ながら、箱の中に手を入れた。


 取り出した紙は四つに折られていて、私はドキドキしながらそれを開く。

 そこに書かれていた数字は。


「30番……」


 予選通過者は三十名。

 つまり、私が一番最後に捕球するのだ。


 メイドにその数字を告げ、私たちは並べられた椅子のほうに歩く。

 キャンディが私の顔を覗き込むようにして話し掛けてくる。


「わたくしたち、近いわね」

「そうね」


 私はうなずいた。

 27番と30番。とても近いように思う。


「どちらも最後のほうだわ」

「ええ、わたくしなんて最後よ。いいのか悪いのか、よくわからないわ」


 苦笑しながらそんなことを話す。


 先にくじを引いた令嬢たちは、不安げな表情ですでに椅子に座っていた。

 その中で、ジュディさまだけが背筋を伸ばして堂々としている様子だ。


 どこでも座っていいのかしら、と思い見渡してみるけれど、くじの順番通りに座る、ということもなく、令嬢たちはまばらに椅子に腰掛けている。

 というか、椅子は優に三十脚以上は置いてあった。

 これは、どこでもいい、ということではないか。

 なので私たちは適当に並んで腰掛ける。


 すべての令嬢がくじを引き終わってしばらくすると、立ったままでいた選手たちの視線がベンチのほうに動いた。


 ウォルター王太子殿下が、ベンチ裏から出てきたところだった。

 そのあとからジミーが小走りで出てきて、選手たちの間に混ざっている。


 緊張が走る。

 けれど殿下はゆったりとした動きで、並べられた椅子の前に立った。


「お待たせしたね。少し、肩を作っていたから」


 そう言って自分の右肩に左手を当てた。

 なるほど、それでジミーも遅れてグラウンドにやってきたのだ。殿下の球をブルペンで受けていたに違いない。


「さて。朝から来ていただいて、ご苦労だったね」


 殿下はにっこりと微笑んで、そう言った。


「皆、くじは引いてくれたかな?」


 殿下の言葉に、令嬢たちは無言でうなずいた。


 今までは、殿下からお言葉があるたびに、きゃっきゃっとはしゃいだ様子だった彼女たちも、神妙な顔つきをしている。

 ここにきて、急激に現実が押し寄せてきてしまったのだ。


 これは本当に、王太子妃選考会だ。


 ジュディさまの態度で、それがわかったのだ。


 エディさまが殿下の隣に立ち、書類を渡している。どうやら先ほど、くじで引いた番号と令嬢の名前が書かれたもののようだった。

 それにざっと目を通すと、殿下は顔を上げて令嬢たちを見渡した。


「どうやら一人の欠席者もいないようだね。嬉しいよ」


 やはり、三十名、誰一人欠けることなく、本選は行われるのだ。


「ではその順番で捕球してもらおう」


 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。

 ウォルター殿下は令嬢たちの様子に気付いているのかいないのか、落ち着いた様子でゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ではまずは、この選考会におけるルールを説明しておこう」



*****


7というのは縁起の良い数字・・・ラッキーセブン、というのは野球が起源と言われています。

7回の攻撃で打った球が強風でホームランになった出来事から、7回は何かが起きる回とされました。


なので日本のプロ野球の試合でも、7回攻撃前にジェット風船を飛ばしたり、応援歌を流したりというイベントが行われるチームもあります。


7回攻撃前の守備でツーアウトになったら風船を用意し始めましょう。ワンナウトでもランナーがいたらゲッツーの可能性があるから用意し始めましょう。

でも後ろの人には邪魔にならないように風船は下げておきましょう。約束だぞ!

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