第47話 仲間だから

「もう、どうしてこうなったのか……」


 私は散らばった羽根を指先で拾いながら、そんなことをごちた。


「どうしてって、暴れたからに決まっているじゃないの……」


 キャンディも、ベッドの下に入り込んでしまった羽根を、腕を伸ばして拾っている。


 メイドが片付けると言ったのだけれど、自分たちがしでかしたことは自分たちで片付けると私たちは宣言して、二人でこうして羽根を拾っているのだ。

 思いもかけないところに入り込んでいたり、きちんと指で摘まみ上げないと取れなかったりで、思いの外、時間がかかってしまっていた。


「ああー、ランニングの時間が……」

「もっと速くコニーが走ればいいのよ」

「まあそうなんだけれど……というか、キャンディがさっさと起きれば良かったんじゃないの」

「それもまあ、そうなんだけれど……」


 ぶつぶつと二人して文句を言い合いながら、羽根を拾っては枕の中に突っ込んでいく。

 いったい何をやっているのかしら、とため息が洩れる。


 何度目かに羽根を枕の中に入れようとしたとき、キャンディと動きが重なって、二人して羽根を持ったまま枕を挟んで見つめ合う格好になってしまう。

 しばらく黙って見つめ合い。それから。


「ごめんなさい」


 私はキャンディにそう言う。

 彼女は首を傾げた。


「なにを謝ったの?」

「いろいろあるけれど……まずは、呼び捨てにしてしまったわ……」


 淑女としてあるまじきことだ。

 しかもキャンディは子爵令嬢で、私は男爵家の人間だ。身分は彼女のほうが上だ。

 本来ならば、許されないこと。

 キャンディは小さく笑ったあと、軽く肩をすくめた。


「いいじゃないの、もう。そういう気取ったのは。面倒だし」

「そう?」

「そうよ、コニー」

「そうね、キャンディ」


 そう言ったあと、どちらからともなく噴き出してしまう。

 二人で、あはは、と声を上げて笑う。けれどなにが可笑しいのかはわからない。でもなんだか笑いたかったのだ。


 ひとしきり笑ったあと、見えるところは片付けて、そして私たちは立ち上がる。


「じゃあ、行きましょうか。まずはランニングに」


 キャンディさまは、明るい声音でそう言った。


          ◇


 ランニングを済ませ、軽く朝食をとると、私たちは球場へ向かうために馬車に乗り込む。

 しばらくは二人とも黙って座っていたのだけれど、ぽつりとキャンディが話し出した。


「わたくしね……」

「はい」

「以前、なんでも呑み込みは早いけれど、その分、伸びないって言ったでしょう?」

「え? ええ」


 初めて二人でキャッチボールをした日。確かにキャンディはそう言った。


「自慢に聞こえたらごめんなさい。たぶんわたくし、器用なの」


 それを否定する要素はどこにもない。私はうなずく。


「なんでもすぐにこなしてしまうのよ。けれど、そこで興味がなくなってしまうの。だからなんでも手に付けるけれど、何一つ極められない。なにかで一番になった記憶なんてないわ」


 そんなことがあるのか、と私は驚く。

 キャンディのようにできたら、きっと楽しいだろうな、と思うのに。


「興味がなくなったあとも、がんばらなきゃ、って思ってしばらくは続けるのだけれど、集中できないのかそこからは全然上手くなれなくて、そうこうしているうちに後からやってきた人に抜かれてしまう。なんでもその繰り返し」


 そう言ってキャンディは物憂げにため息をつく。

 そういえば、彼女はこうも言っていた。


 『努力する、というのも才能だと思いますよ』と。『どうにも継続できない、という人はいるんです』と。

 あれは、彼女自身のことを指していたのだ。


 私は野球の才能がない、と自分のことを思っていたけれど、同じようにキャンディは、自分には努力する才能がない、と思っていたのだ。


「けれど、殿下が褒めてくださったでしょう? キャッチボールのとき」

「ええ」


 私はうなずく。殿下が、キャンディの投球を見て「すごい」と言ったのだ。


「だから、もしかしたらわたくし、野球の才能があるんじゃないかなって思ったの。だって殿下が仰ったのよ? 野球の第一人者だもの。そんな人に褒められたのだから、今度こそ続けられるんじゃないかって」


 キャンディはこちらに身を乗り出すようにして言った。


「やっと打ち込めることを見つけたんじゃないかって思ったのよ」


 けれど彼女はもう一度深く座り直して、沈んだ声を出した。


「なのに、左利きが不利だ、なんて……」


 あのとき、それを聞いたキャンディが、蒼白な顔色をしていたのを思い出す。


「それで、つまらないなあ、って思ってしまったの」


 キャンディは自嘲的に口の端を上げる。


「一生懸命、がんばらなきゃ、諦めちゃダメ、って自分に言い聞かせるのだけれど、一度つまらない、って思ってしまったら集中できなくなってきて」


 覇気のない声。捕れるはずの球を捕れなくて。気を抜いていると指摘されて。

 あの練習の日、明らかにキャンディはやる気を失っているのが見て取れた。


「努力できない自分が……酷く、くだらない人間に思えて……。だったら努力すればいいじゃないって思うでしょう?」

「あ……」

「けれど、身体が動かないの。やらなきゃやらなきゃ、って思うのに、ダメなのよ。かろうじて球場に向かうことができていたのは、コニーがいたからだわ。一人じゃとうの昔に諦めていた」


 そう言ってキャンディは肩を落とす。

 そして雨の日、ついに緊張の糸は切れた。


「誰かに見られていないと、誰かに褒めてもらわないと、誰かに強制されないと動けないだなんて、本当に情けないわね」


 馬車の中、沈黙が通り過ぎる。

 正直なところ、キャンディの悩みは私には理解できない。

 私は最初から上手くできた試しがない。だから継続していくしか手がないのだ。やっぱり心のどこかで、あんなにできるんだからがんばればいいじゃない、と思っている。


 けれど彼女は彼女なりで悩んでいるのだろう。

 でもその悩みに対して、がんばれ、としか言われないし、思われない。誰からも。それは簡単に推測できる。

 きっと今まで誰にも理解されなかったのだ。私も同じように理解していないから。


 けれど。

 そういうとき、手を差し伸べるのが仲間というものでしょう?


「大丈夫」


 私の声に、キャンディは顔を上げる。


「大丈夫、王太子妃選考会が終わるまで、わたくしが毎朝起こしてあげますわ」


 私の言葉に、キャンディは小さく笑った。


「ではよろしくお願いいたします」


 そう言って、彼女は頭を下げた。

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