第29話 仲間
そしてエディさまが本選の集合時間等を説明して、「解散してください」と言って去って行ったあと。
令嬢たちはあちらこちらで複数人で固まって、さきほどの殿下の投球について話し合っていた。
「素敵でしたわね」
「とても凛々しゅうございましたわ」
そうはしゃいだ声で言っていたかと思うと、再び暗い声になる。
「……あの捕手の方は、衝撃的でしたわね……」
「本当にわたくしたちも、あんな風にしないといけないのかしら」
「でもなんだか言葉遣いも下品でしたし、あれはあの方だから、ということでは?」
「そうですわよね。別に足は広げなくとも」
そんな風に言っている声が聞こえる。
「でも、なんだか意外でしたわ。三球投げると仰るから、どんどん難しくなるのかと思えば」
「ええ、むしろ、一球目が一番難しく見えましたわ」
「一球目さえ捕れれば、あとはなんとかなりそうな」
「三球目なんて、とても遅かったですものね」
令嬢たちの見解は、だいたいそんな感じのようだ。
私も、一球目が一番難しそうに見えた。
一球目で候補者を絞ろうということなのかしら? と考える。
けれど、そう決めつけるのは早計な気もするけれど……。
「コニーさま」
そんな風に考え込んでいると、キャンディさまに話し掛けられた。
「明日は、来られまして?」
開放されているというこの球場に、ということだろう。
「ええ、そのつもりです」
「よかった、わたくしも来るつもりなの。選手の方々が教えてくださるのよね、それでしたら安心ですもの」
私たちの会話を聞いたのか、他の令嬢たちも明日について話し始めた。
「明日はどうなさるの?」
「わたくしは、一応来ようかと」
「そちらはいかがなさるの?」
彼女たちは互いにそう確認し合っている。
そうして腹の探り合いをしているように見えた。
「あ、ジュディさまは? 来られますの?」
もう帰ろうとしていた金色の髪の令嬢を引き止めて、一人の令嬢が言った。
ジュディさまは振り返ると、にっこりと微笑んで応える。
「わたくしですか? いえ、わたくしは本選までここに来るつもりはありません」
「えっ」
その言葉に驚いてしまって、私たちもジュディさまをまじまじと見つめてしまう。
もう来ない? 練習しないで、いきなり本番を迎えるつもりなのだろうか。
「捕球できればいいのでしょう? 結果がすべてと殿下は仰いましたから、ここに練習しに来るのかどうかは評価対象ではないということです」
「それは、そうですけれど」
「練習すれば評価する、というのであれば、その姿を見せつけに来てもいいですけれど」
そう言って、ほほ、と笑うと、突然こちらに振り向いた。
「ねえ、コニーさま?」
急に振られて、私は何も言えずに戸惑ってしまう。
「コニーさまは、予選ではそこを評価されたようですから」
「え、ええ……」
「けれど本選は、結果がすべて。どうぞお頑張りあそばして」
そう言って微笑んだあと、ジュディさまは密やかに言った。
「殿下が、捕りやすい球を投げてくださればいいのですけれど」
それだけ言うと、「では失礼」と言い残してジュディさまはベンチ裏に立ち去って行く。
「はあー、ずいぶん自信があるのねえ」
隣でキャンディさまは、呆れたように言った。
ジュディさまの背中を見送った令嬢たちは、またひそひそと話し合いをしだした。
「それもそうねえ」
「明後日からにしようかしら。二週間あるのだし」
「そうね、結果、捕球できればいいのだし、毎日来なくとも」
「今日はなんだか疲れましたものね」
確かに、いくら努力しようとも、本選で捕れなければどうしようもない。
けれど私はキャンディさまのように、すぐになんでもこなせる人間ではないのだから、努力するしかないのだ。
「それに、今、ジュディさまがなんだか意味深なことを仰いましたわよ……?」
ひそひそと令嬢たちが話し合っている。
「殿下が捕りやすい球を投げるとかなんとか……」
「では受ける人によって違う球を投げるということ?」
「やはり、もうほとんど決まっている状態なのでは」
「まあそのほうが納得はできますわ」
「なにせ、アッシュバーン公爵家の方ですものね」
なんだかその話を聞いていたくなくて、私は隣にいるキャンディさまに振り向く。
「わたくし今日は、荷物をとったらそのまま帰ろうと思います」
キャンディさまにそう言うと、彼女は微笑んで言った。
「ねえ、本選のこと、確認させていただきたいの。ついていってもよろしくて?」
そう言って、キャンディさまは更衣室までついてきたのだ。
私は、はあ、とため息をつく。
なんとか予選は通過した。
けれど、ジュディさまのように一歩進んだ方や、キャンディさまのようななんでもこなしてしまう方を見ると、ひどく自分がみすぼらしく思えてしまう。
本当に、三球、捕球できるのかしら、と不安ばかりが胸の中に湧く。
それに仮に捕球できたとして、本当に王太子妃になんてなれるのだろうか。
考えれば考えるほど、思考がどんどん悪いほうに流されていく気がする。
私はぶるっと頭を振った。
余計なことは、考えないようにしなくちゃ。
それから荷物を抱えた私とキャンディさまは、更衣室を出る。
すると。
「ラルフ兄さま!」
更衣室の廊下の壁に身体を預けて立っていたのは兄だった。
私はそちらに駆け寄り、兄の目の前に立った。
「お兄さま、待っていてくださったの?」
「ああ。どうだった?」
微笑みとともに兄は言う。
「予選通過しましたの。お兄さまのおかげです」
「そうか、がんばったな。おめでとう」
そう言って兄は、私の頭に手を乗せた。
よかった。こうして兄に褒められるのなら、がんばった甲斐があった、と思う。
「コニーさまのお兄さま?」
キャンディさまの声がして、私と兄はそちらに振り向く。
「お初にお目にかかります。わたくし、シスラー子爵家のキャンディと申します」
そう言ってキャンディさまは、ワンピースの裾を少し持ち上げて礼をした。
「これはご丁寧に。コニーの兄のラルフです」
「さきほどのご活躍、とても素敵でしたわ」
「ありがとう」
そんな風に二人は言葉を交わしている。
そして兄は私のほうに視線を落とすと、言った。
「よかったな、コニー」
「え?」
「仲間ができたのか」
そう言うと兄は、口の端を上げてにっこりと笑った。
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