第23話 野球観戦は面白い

 そんな中、ふいにキャンディさまが私に話し掛けてくる。


「ねえ、あの方、さっき殿下といらっしゃった方ね」

「え?」


 私が顔を上げると、一塁と二塁の間あたりを、キャンディさまは指差した。


「本当、エディさまだわ」


 帽子を被っているので髪色は見えないが、さきほど見た人と体型が同じように思えるから、きっとエディさまだ。


 ということは。

 私は二塁と三塁の間あたりに視線を移す。

 兄だ。間違いない。今日は出場しているのだ。


 私が物思いにふけっている間に試合は進んでいて、一塁と三塁に相手チームの選手が立っている。どうやらピンチの場面のようだった。


「コニーさまのお兄さまはどこ?」


 キャンディさまは首を傾げてそう問うてくる。


「あ、二塁と三塁の間あたりに……」


 そう言ったとたん、まさに兄がいるところの横のあたり、二塁側をボールが抜けようとしていた。


「あっ」


 兄はボールに向かって走り込み、飛びつくようにバウンドした球を捕ると、それをほぼ寝転がったような体勢のまま素早く二塁に向かって投げた。

 二塁にエディさまが走り込んでボールを受け取る。

 そのあとで一塁から走ってきた相手チームの選手が滑り込むが、それを無視するかのように、エディさまは一塁に向かってボールを投げた。


「今のは……」


 とキャンディさまが言いかけたところで。

 うおおおお、と観客席から歓声が沸いた。令嬢たちは、ビクッと身体を震わせる。


「ゲッツー!」

「よっしゃあ!」

「鉄壁の二遊間だな!」

「よくやったぞー!」


 などという声が聞こえる。

 私はほっと息を吐く。よかった、兄が活躍できた。

 野球をしている兄は、とても素敵で誇らしい。


 グラウンドにうつぶせで寝転がっていた兄はぴょんと立ち上がる。それからエディさまと兄は、ポン、とグラブを叩き合うと、ベンチのほうに走っていく。

 これで攻守交替だ。


 ベンチに帰る直前、兄がこちらに振り返ったのが見えた。

 見てましたわ、ラルフ兄さま、と私は心の中で思う。帰ったら褒めなくちゃ。


「うーん、思うに」


 隣でキャンディさまが唸ったので、そちらに振り返る。


「ええと、元々、一塁に人がいましたわね?」


 グラウンドの略図が書かれた紙を眺めながら、眉根を寄せている。


「ええ」


 私はうなずく。


「それで、次の人がボールを打って、それをコニーさまのお兄さまが捕ったと」

「はい」

「で、二塁に投げましたわね。さきほどコニーさまが仰った、『ボールよりあとに塁に到着すると、アウト』ということなら、ここで一つ、アウトですわ」

「そうです」

「そしてエディさまが一塁に投げて、打った人も『ボールよりあとに塁に到着』したので、アウト」

「ええ」

「つまり、今、一度に二つのアウトを取ったんですのね?」


 そう言って、私のほうに振り向いた。

 私は舌を巻いた。

 すごい。今までの話で、そこまで理解できるのか。


「ええ、はい、その通りです。すごいですわ」


 殿下とお話をしたあの日から、私は注意深く試合を観るようになって、兄に教えてもらいながら少しずつルールを覚えてきた。

 けれど私にはどうやっても、こんなに早く理解することなんてできなかった。


「ははあ、それで一度に二つアウトを取ったから一気に三つ目に到達して攻守交替、と。なるほどなるほど」


 そう言って、うんうん、とうなずいている。


「なるほど、面白いですわ! 一度に二つのアウトを取ることができるなんて!」


 はしゃいだ声で、キャンディさまは言った。

 ここまでくるともう、嫉妬心とか飛び越えて単純に、この人すごいな、という感想しか抱かなくなっていた。

 キャンディさまが、純粋に野球を楽しもうとしているのがわかる、ということも大きい。


 この人と一緒に野球ができたら楽しいかもしれないな、と思った。


          ◇


 その日の試合は、結局、3対1で、殿下のチームが勝利を収めた。


「なかなか面白かったですわ」


 満足そうに、キャンディさまが言っている。

 後ろのほうでも、何人かは興味を持ったような素振りを見せている人がいる。


「エディさまでしたっけ、さきほどお見かけしたときはそうも思いませんでしたけれど、野球をする姿は素敵と思いましたわ」


 などと言っている令嬢もいる。

 どうやら私のように、野球そのものではなく、選手に興味を示す人もいるようだ。


「さすがは殿下の側近ですわね。エディさま、覚えておかなくちゃ」

「もう、嫌ですわ!」


 きゃっきゃっ、という声が聞こえる。

 ラルフ兄さまだって素敵だったのに、と私は唇を尖らせた。


 逆に、まったく惹かれなかった人もやはりいるようで、最後まで後ろのほうで料理や飲み物を楽しんだだけの令嬢もいる。


「でもやはり、野球観戦は、少々下品ですわ」


 などとひそひそと言う声も聞こえた。


「まったく、どうにかならないものかしら? この部屋だったからよかったものの、あんなに声を張り上げて……」

「怖かったですわね……」

「下品な言葉遣いの方が多かったですものね」

「それに正直、いったいなにをやっているのか、わけがわからなくて……」

「わたくしもですわ、なにが面白いのか……」


 まだまだ課題は多いらしい。

 けれどきっと、ウォルター殿下はいろいろと考えて実行していくのだろう。

 この野球観戦会のように。


 そのとき、衛兵が一人、部屋に入ってきて声を上げた。


「お待たせいたしました!」



*****


ゲッツー・・・ゲットツーアウトの略。ダブルプレー、併殺とも。

1プレーで2つのアウトを取ることの意。


作中のラルフとエディの連係プレーは、「6-4-3のダブルプレー」と呼ばれます。

野球では、守備についているときに守備番号が割り振られており、6(ショート)-4(セカンド)-3(ファースト)とボールが渡りダブルプレー成立、を「6-4-3のダブルプレー」と呼ぶのです。


ちなみに、守備番号は、以下。

1.ピッチャー(投手)

2.キャッチャー(捕手)

3.ファースト(一塁手)

4.セカンド(二塁手)

5.サード(三塁手)

6.ショート(遊撃手)

7.レフト(左翼手)

8.センター(中堅手)

9.ライト(右翼手)


ちなみにちなみに作中の状態は、1アウト一塁三塁のため、外野フライでもゴロでも一点入っちゃう、ヒットだったらもう目も当てられない、というピンチの場面。それを、危うくヒットのボールを止めた上にダブルプレーで凌いだため、観客席が湧いたのです。


二遊間にゆうかん・・・二(塁手と)遊(撃手の)間。

二塁手と遊撃手が優秀だと、この間からボールがなかなか抜けないのでヒットを潰されて、ぐぬぬってなる。連係プレーの華でもある。

鉄壁の二遊間といえばアライバ。アライバといえば鉄壁の二遊間。


ちなみに、ウチュウカンは、右(翼手と)中(堅手の)間であって、宇宙間ではない。

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