王太子の球を捕ったら妃になれるというので男爵令嬢は捕手としてがんばります!

新道 梨果子

第1話 王太子妃になりたいです

『王太子妃募集 条件:王太子の球を受けられる十六歳以上の未婚の貴族女性 以上』


 そんな通達文書が我がユーイング男爵家に届いたのは、うららかな日の午後だった。


          ◇


「お、お兄さま……ちょっとお訊きしたいことが……」


 私は一通の封書を持って、兄の部屋を訪ねた。我がクローザー王国の王家の紋章が押された封蝋で閉じられていたそれは、すでに私の手によって開封されている。

 

 男爵家の二男である兄、ラルフは、王太子殿下とは懇意にしている。兄に訊けばこの訳のわからない通達の意味もわかるだろう、と私は藁にも縋る思いで足を向けたのだ。


 兄は封書を握りしめて部屋にやってきた私を見ると、来客用のテーブルセットを私に指し示したあと、椅子に座った。

 私はふらふらとしながら、兄の向かいに腰掛ける。


「ええと、ラルフ兄さま、これ……」


 なにから言えばいいのかと、封書を兄に手渡そうと差し出すが、兄は手のひらを立ててそれを拒否した。


「大丈夫、知っているよ。王太子妃募集の話だろう?」

「は、はい。ご存知なのですか」

「うん。というか、それで王城はてんやわんやだ」

「そうですか……」


 兄は、困惑する私に向かって口を開いた。


「『捕手は投手の女房役だ。つまり妻は捕手であるべきだ』とウォルター殿下が仰るので」


 どういうことだろう。

 一言目から理解できません。


「しかしこれはチャンスだ」


 兄がずいっと私のほうに身を乗り出して言う。

 私は思わず身を引いた。


「我が家はさして力のない男爵家。とても王太子妃、未来の王妃を輩出できる家柄ではない」

「は、はい……」

「しかし殿下がこう仰っている以上、十七歳の未婚の貴族女性、コニー、お前にも権利はあるということだ」

「で、でも……」

「指をくわえて見ているつもりか?」


 兄がまっすぐに私を見ている。

 私と同じ、黒髪に黒い瞳。まるで自分自身に問いかけられているような気分になった。


 ごくり、と私の喉が音をたてる。

 兄はガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、拳を握って言い放った。


「さあ、立て! 自分の力で手に入れてみせろ!」


 私もつられて思わず立ち上がり、拳を握る。


「や、やります! わたくし、やってみせます!」

「よく言った!」


 兄はつかつかと私のほうに歩み寄り、そして私の肩を抱いて、密やかに言った。


「しかしこれは厳しい試練となる」

「は……はい」

「ついてこれるか?」


 言いよどんでいる私に、兄は再度、力強く言った。


「ついてこれるかっ?」


 返せる言葉は一つしかない。


「つっ、ついていきます!」

「よし、やるぞ!」


 兄は身体を起こして私から一歩離れると、私のほうに、手の甲を上にして手を差し出した。

 どういう意味かと戸惑っていると、「上にお前の手を乗せろ」と兄が言う。言われた通りに手を乗せたとたんに兄の声が響く。


「ファイッ! おー!」

「おー!」


 なんかはずみで声が出た。

 兄は両腕を上げて広げると、言った。


「しまってこー!」


 どういうことだろう。

 いろいろと理解できません。



*****


しまってこー・・・「しまっていこう」。野球でよく使われる掛け声。「気を引き締めていこう」の意。

締めていくじゃなくて締まっていく? どゆこと? うん、考えるな、感じろ。

誰かが「しまってこー!」って言ったら、「おー!」って言っておきましょう。

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