第33話 調理実習
エプロンを身に着け、三角巾を被る。料理なんて好きじゃないし正直面倒だ。しかし今日だけはちょっとテンション上がってる。だって、佐有さんと同じ班になったからだ。これは必然的に佐有さんの手造りクッキーが食べられるということだ。これを喜ばなくて何を喜ぶというのだ。
四~五人の班を組むにあたって俺たちは早々にいつものメンバーに決まった。佐有さん、乃恵、重朝、そして俺だ。お菓子作りなんてしたことないけど、まあ何とかなるだろう。
「っで、佐有さんと乃恵はお菓子作りどのくらいできる?」
エプロンと三角巾をつけても様になっている重朝が、作業を始める前に二人に聞いた。
「フルー●ェなら得意だよ」
自信満々のどや顔で乃恵が言うがそれはお菓子作りに入れていいのだろうか。
「料理はたまにするけど、お菓子はほとんど作ったことなかな」
藤色のエプロンがとてもよく似合う佐有さん。料理出来るんだ。佐有さんの作った味噌汁を毎朝食べたいな。
「料理とお菓子作りはだいぶん違うけど、それでもまったくやったことないより頼りになる。主に俺と佐有さんで作っていこう」
「とか偉そうなこと言ってるけど、シュットはお菓子作れるわけー?」
どうやら自分が戦力外されているようである様子に、不機嫌さを全面に出した突っかかるような口調だ。
「俺は小学生の時から姉や妹にせっつかれてよくお菓子作ってたから。多分この中じゃ一番できるよ」
こいつホント何でもできるな。完璧超人じゃん。中学時代何度かこいつの手作り菓子を食べたことがある身としては見栄でもなんでもなく、本当にお菓子作りも完璧なんだから向かうところ敵なしだ。
「首藤君。精一杯頑張るけど、足引っ張たらごめんね」
気合を込めて両手に握りこぶしを作る佐有さん。
「大丈夫、こいつらよりは絶対マシだから」
「ちょっと―! それって酷くない? 私フルー●ェ作るのめっちゃ上手いんだから!」
「そーだそーだ! 俺に至ってはどのくらいできるかすら聞かないってどういうことだよ!」
料理が出来ないのは事実だが、一応礼儀としては一言聞いてほしかった。
「乃恵。フルー●ェが作れて喜んでいいのは小学校までだ。忠世、お前がまったく料理できないのはとっくの昔に知っているからな。中学の時に電子レンジで茹で卵作ろうとして爆発させただろ!」
「あれから成長したかもしれないだろ!」
重朝が俺の料理している姿を最後に見たのは中学の時だ。俺だって少しは成長している可能性を考慮してほしい。さすがの俺でも高校に入ってからは電子レンジで茹で卵を作ろうなんて愚行は犯してない。つい最近カップうどんを作ろうとして乾燥ワカメが家にあったので入れ足したら、蓋をこじ開けてワカメがあふれ出たという失敗はあったけど、ネットで増えるワカメネタはよく見るのでこれは料理下手エピソードには入らないだろう。セーフだ、セーフ。
「卵焼きぐらい一人で作れるようになったのか?」
「それは無理!」
重朝の目を誤魔化すことなど出来ないと思った俺は正直にありのままを述べる。卵焼きとかレベル高すぎだろ。
「忠世、洗い物な」
「えー」
「えーじゃない! つべこべ言わずにやれ!」
「はーい!」
重朝に言われるがままに、俺は元気よく返事を返すと洗い物をすべく流し台に向かった。しかしまだ流しにはまだ何もない。まだ始まってすらいないのだから当然だった。
◆
今日作るクッキーは材料が小麦粉、砂糖、バターの三つだけで作れる超簡単クッキーだ。調理科でもなんでもないので、難しいレシピを持ってきても出来ない生徒が出ると思ったのかは知らないが家庭科の小野先生、いい判断だ。まあなんでもできる重朝なら出来たかもしれないが、あいつを基準にしたらほとんどの生徒が脱落してしまう。
何はともあれ重朝以外がお菓子作り初心者のうちの班でも簡単に作れることが出来るだろう。他の生徒も切迫した空気はなく、和気あいあいとお菓子作りを楽しもうとしている雰囲気だ。
「薄力粉は二百グラムだから……大体このくらいかな」
先生の説明が終わると、早速班ごとに分かれてクッキー作りに入る。佐有さんが目分量で小麦粉を測っているみたいだ。いかにも料理やりなれている感がする。
「あ、佐有さんダメだよ。ちゃんと測らないと」
隣で砂糖を測っていた重朝が佐有さんに待ったをかけた。
「料理だと目分量で調味料入れても問題ないけど、お菓子はキッチリ測らないと膨れなかったり、逆に膨れすぎてくっ付いたりすることあるから」
「そうなんだ、ごめんね。お菓子作りって細かいんだね。大雑把な私には向いてないかも……」
以前テレビで『料理と違いお菓子作りは科学』なんて言っていたなと思い出す。両方できない俺にとってはどちらも魔法にしか見えないが。
「大丈夫。俺も最初の頃はレシピ斜め読みしてテキトーに作って大惨事引き起こしたから。ようは慣れだって」
佐有さんは言われた通りに小麦粉をレシピ通りキッチリ図る。自分で大雑把と言っていたが、佐有さんは真面目な性分もあるので案外お菓子作りも向いているかもしれない。
次は材料を測り終えた順にふるいにかける。乃恵の役割だ。
「やっと私の出番キター! 私だってやれば出来ること見せてあげるからねー。マキマキ―、目をかっぴらいて私の勇姿見とくんだよ!」
「はいはい、頑張れ」
やる気満々で乃恵はふるい器を左手に取り右手に小麦粉の入ったボウルを手にするとドバっといっぺんにふるい器に入れた。そしてそのまま力いっぱいふるい器の側面を叩く。そうすると、どうなるか料理もお菓子も作れない俺でも流石に分かる。盛大に小麦粉が飛び散り雪のように舞い上がった。
「乃恵!」
向かいで砂糖をふるい器にかけていた重朝が声荒げる。
「乃恵ちゃん! もうちょっと丁寧にしないと、薄力粉飛び散るから」
「あははー、ちょっと力はいりすぎちゃったかもー」
慌てて駆け寄った佐有さんが注意するも反省の色なしだ。もうちょっと反省しろよ。佐有さんのエプロンやら三角巾が小麦粉まみれになってるだろ。真ん前にいた重朝は顔面粉まみれになってるけど。
「忠世、チェンジだ。お前でも粉ふるうくらいできるだろ。いいか? 少しずつ、ゆっくり丁寧に振っていくんだ。間違っても乃恵のように一気にやろうとするな。わかったか?」
「お、おう……」
重朝に真顔で詰め寄られて俺はただ頷くことしかできない。圧が強い。
「シュットー、私はー?」
「洗い物!」
大失態を犯してもなおも悪びれない乃恵の心臓の強さには呆れを超え感心してしまう。流し場に向かった乃恵は、ようやくできた洗い物をのん気に鼻歌まで歌いながら洗いはじめる。ガチャガチャ食器がぶつかる音がするが、頼むから割らないでくれよ。
「印牧君、はい薄力粉」
佐有さんから図りなおした小麦粉を受け取る。ちょっと緊張してきた。
「大丈夫、首藤君の言っていたように少しずつゆっくりすれば問題ないから」
「う、うん」
ふるい器を手にし、言われた通り小麦粉を少し入れる。そして慎重に丁寧にふるう。すぐにふるい器の中は空になった。
「……もう少し入れてもいいと思うよ」
どうやら少なすぎたようだ。次はもう少し増やして入れてみる。同じようにゆっくり、丁寧にふるう。
「どんだけ時間かける気だよ! 悪いけど佐有さん変わって」
「うん、わかった」
少しキレ気味の重朝に睨まれる。うわ、こわ。このくらいでキレることないだろ。初心者なんだからもう少し優しくしろ。
俺と変わった佐有さんは、手慣れた様子で粉をふるっていく。瞬く間に小麦粉の入ったボウルは空になった。
重朝はふるい終わった小麦粉を、同じく既にふるい終わっていた砂糖と共にバターの入ったボウルに入れて混ぜ始める。その間佐有さんは先に指示されていたのか、鉄板の準備にかかっている。無駄がなくスムーズだ。え、もう二人だけでよくない? 俺と乃恵いらなくない?
「マキマキー。暇なら洗い終わったの拭いて」
「おう」
ちょいちょいとエプロンを引っ張られ、俺は乃恵に言われた通り布巾を手にし洗い物を手に取る。少し心配はしたものの割れているものは見当たらなかった。乃恵だって流石にそこまで壊滅的ではなかったわけだ。重朝から汚れた食器などを受け取り乃恵が洗い、俺が拭いて使わないものはしまう。そうこうしているうちにクッキーは先に温めていたオーブンに入り、あとは焼き上がるのを待つだけとなった。
「案外クッキー作りって簡単なもんだね」
いや乃恵、お前は洗い物していただけだろ。俺もだけど。
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