第31話 カボス抹茶オレ
地獄の期末テストも何とか無事に終わることが出来た。ギリギリではあったが、全科目無事赤点回避することを果たした。これもすべて勉強を教えてくれた佐有さんのおかげだ(重朝のおかげでもあるが)。
「やーっと、勉強から解放された―! あとは夏休みを待つだけ!」
乃恵のやつもなんとか赤点は免れたようで、今日はいつもの三倍くらい浮かれている。
「こーら、浮かれるな。学生である限り勉強からは解放されてません」
重朝が丸めた教科書で乃恵の頭をポコンと叩く。
「いったーい! マキマキー、シュットが殴ったー!」
たいして痛くもないだろうに大げさに痛がる振りをする。うん、いつもの光景だ。
「そういえば、重朝。今回何位だったんだ?」
テストの上位三十名は廊下に名前が張り出されるようになっている。今回はまだ見に行っていないが、俺みたいな赤点スレスレの名前はないことはわかっていた。
「今回ちょっと良かったんだよ。聞いて驚くなよ、五位だ!」
「おー」
重朝が頭がいいことぐらい元から知っているが、いつも十位前後だったのが今回はやけに順位が上がってる。重朝が少し得意げなのも仕方ない。
「今回よかったのは俺だけじゃないんだ。佐有さんもかなり良くてさ!」
順位をすでに見に行った重朝がこういうってことは、佐有さんも上位三十位内入っているってことだろうか? 佐有さんが俺より頭いいのは知っているが今まで彼女の名前が廊下に貼られたのを見たことはない。それを考えると今回はかなり良かったのだろう。
「おーい! さゆゆん!」
自分の席で次の授業の準備をしていた佐有さんを手招きして乃恵が呼び寄せる。呼ばれた佐有さんはなになにと言いつつこっちに来た。
「今回のテスト結果よかったんだってー? 何位だったの? 教えろコノヤロー」
乃恵が佐有さんの背後から覆いかぶさり乗っかって、おんぶお化けみたいになってる。乗っかられた佐有さんは重い重いと文句を言う。
前かがみななった佐有さんの胸元がいつもより大きく開いている。昨日まで合い服だった佐有さんもようやく夏服となった。あともう少しでブラジャーが見えそうだ……。
「良かったって言っても、首藤君に比べたら全然で……」
乃恵の下から抜け出し体制を持ち直した佐有さんがそっと胸元をなおす。あとちょっとだったのに……。って違う!
「っで、何位なのよ」
乃恵が圧をかけて急かすと、佐有さんはもじもじと照れ臭そうに「二十三位」と答えた。
「マジで! すごいじゃーん! これは私たちと勉強したおかげだね。間違いない!」
いやいや、佐有さんにも教えていた重朝はともかく俺と乃恵は何にもしてないからな。むしろ勉強の邪魔していたようなもんだし。
「うん、そうかもね。勉強会楽しかったからまたしたいな」
「佐有さんが望むならいくらでも我が家を提供します!」
勉強なんてくそくらえだけど、確かにあの日は楽しかった。佐有さんがいたからってのは当然だけど、皆で和気あいあい教え合いながら(俺は教えてもらうばかりだけど)やるのはそれほど苦にならない。
またあのメンバーでやりたいと思ったが佐有さんも同じことを考えていたことになんだか嬉しくなる。
「じゃあ、次はさゆゆんとこね!」
乃恵の無茶ぶりにも笑いながらも頷く佐有さん。次はいつなのか。本当に次があるのかわからないけど、こんなに勉強が楽しみになるのは人生初めてだった。
◆
午前の授業が終わり、ようやく昼休みだ。四限目の後半とか腹がグーグー鳴って周りに聞こえるんじゃないかとひやひやした。
「やーと待ちに待ったごはーん! 私はこのために学校に来ているようなものだからね!」
机をくっつけながら上機嫌で乃恵が笑う。いや、勉強しに来いよ。佐有さんに会うために学校来ているようなものの俺も人のこと言えないけど。
最近昼は俺と乃恵と重朝と佐有さんの四人で一緒に食べることが多い。乃恵はたまに別のグループにお邪魔するので三人になることもたまにある。
「おまたせー」
飲み物を買いに行っていた佐有さんが帰ってきた。手には見慣れない緑色の缶が握られている。
「さゆゆん何それ? 初めて見るー」
「カボス抹茶オレ。初めて見たからつい買っちゃった」
見たことのない商品だ。正直味の想像がつかない。俺は基本冒険はしない派なので絶対に買わないが、佐有さんは案外チャレンジャーなのかもしれない。
「……美味しいの?」
訝し気な乃恵に視線を受けて、佐有さんはカボスヨーグルトジュースの蓋を開けて一口飲んだ。そして真顔になった。どういう感情なんだそれ。
「まずくはないよ。乃恵ちゃんも飲んでみる?」
「じゃあ一口だけ」
佐有さんから缶を受け取った乃恵はそのままグイっと缶を煽った。そしてむせた。眉間の皺がかつてない程に刻まれている。
「ゴホゴホ! 嘘つき! めっちゃまずいじゃんそれ!」
佐有さんに缶を突き付け突っ返した乃恵は自分の水筒に口付け一気に煽る。お茶で口直しした後も眉間の皺の深さでカボス抹茶オレのマズさがどれほどのものかうかがえる。佐有さんも笑っているとこを見ればわざとだな。
「何してんだ?」
今まで購買でパンを買いに行っていた重朝がのんきに帰ってきた。その右手には大量にパンの入っている袋が握られている。重朝曰く部活が終わった後腹が減るらしいので帰りがけに食べるらしい。
「シュット、丁度いいところに! このジュースめっちゃおいしいから飲んでみて!」
「なになに?」
佐有さんの手から再び受け取った缶を次は重朝に差し出す。重朝は疑うことはなく、そのまま缶に口付け飲む。そしてむせた。
「ごっほごほ……。なにこれ、無茶苦茶マズい! 乃恵お前騙したな!」
コントかってほどに想像通りの反応を見せた重朝に、爆笑の渦が巻き起こる。佐有さんもヒーヒー言って笑ってる。
最近気が付いたことだが、佐有さんは意外と笑いの沸点が低い。そして一度笑うと長く引きずる。突如思い出して思い出し笑いも結構する。二カ月前には知らなかったことだ。
「忠世、おまえ飲め!」
佐有さんたちと一緒になって笑っていると、俺にもお鉢が回ってきた。
「味がとうにわかりきってるのに誰が飲むか!」
どんな味なのか少しだけ気になるが、自ら飲みたいとは一切思わない。しかしそうは問屋が卸してはくれなかった。
「マキマキだけ逃れるなんて許さん! シュット羽交い絞め! さゆゆんは首固定して!」
「ラジャー!」
「了解」
乃恵は某モンスターのトレーナーの如く二人に指示を出す。それに従い俺は二人に捕縛された。
「くっそ、放せ!」
「悪いな忠世。乃恵の命令には逆らえないんだ」
「やっぱりここは皆で一つのことを共有することが大事だと思うよ」
重朝お前はいつもは乃恵にそんなに順応じゃないだろ。佐有さん、笑顔でもっともらしいこと言ってるけど大きく間違ってるからね。
「よーし、観念しろ。マキマキ!」
そして俺は抵抗虚しく満面の笑みの乃恵にカボス抹茶オレの缶を口に突っ込まれた。口に広がるゲロマズの液体。せめて佐有さんの口移しだったら最高においしく感じられたろうに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます