第28話 狂犬
学生と言えば勉強、勉強と言えばテスト。六月も後数日で終わるという頃、俺たちは期末テストを控えていた。
いつも騒がしいクラスメイト達もテスト前となればどことなくピリピリしている。勿論俺もテストとなればのほほんしていられない。成績は下の上から中の中くらいを行ったり来たりしている俺なので、うかうかしていると赤点を取りかねない。折角の夏休み中に補習なんて受けたくはないのでテスト勉強はそれなりに頑張るつもりだ。
「なあなあ、今度の土曜に勉強会しないか?」
珍しく朝早くに来ている重朝が話しかけてきた。テスト一週間前なので部活は休みだそうだ。
重朝と俺はテスト前になるといつもどちらかの家で勉強会を開いていた。とはいっても毎度テストで上位十名に入るくらいに頭がいい重朝に、俺が一方的に教えてもらっているという形なのだが。
「今回はお前んちでいいよな?」
「えー、こないだも俺んちだっただろ」
別に交代という訳ではないが、ここ何回か俺んちでの勉強会が続いている。
「仕方ないだろ。俺んちは今姉貴が、子ども連れて里帰りしてんだよ。乃恵んちは飼い犬が子供を産んだばかりで気が立っているらしいし、佐有さんの家は遠い。結果お前のとこしかないんだよ」
今、さらっと衝撃的なこと言わなかったか?
「はあー? 佐有さんも居るとか聞いてないぞ!?」
「乃恵に毎回テスト前になると忠世と二人で勉強会やってるっていったら「私も行きたーい」ってさ……」
「っで、そのまま乃恵が佐有さんも誘ったってことか?」
「そうそう」
その時の情景がありありと想像できる。
決まってしまったものは仕方ない。どちらにしろ勉強会はするつもりだったわけだし。
しかし二人っきりじゃないとしても、自分の家に佐有さんが来るという事実にドキドキしてしまう。変なものは見られないよう隠しておかないと。とりあえず今日は帰ったら掃除しよう。
◆
日曜日
掃除は完璧に終わらせた。見られたらマズいものも押しいれの奥底に隠した。消臭スプレーも振りまくった。完璧だ。
あと数時間もすれば匹田さんが我が家にやってくる。そう考えるだけで、緊張してしまう。
とりあえず気持ちを抑えるためにテレビでも見とくか。再放送のドラマがやってる。何の気なしに見てみるも、全く内容が頭に入ってこない。そんな時おふくろが俺が呼んだ。どうしたのかと思いキッチンに向かうと、千円札を渡される。
「重朝君来るんでしょ? 何か適当におやつ買ってきなさい。お釣りはそのままあげるから」
ここ最近の物価の値上がりに、ほとんど残ることはないだろうなと思いつつも二つ返事で承諾した。どうせい待っていてもやることないのだ。緊張をまぎわすには丁度いいだろう。
俺は近所のコンビニへと自転車を走らせた。
◆
青い看板のコンビニに入ると俺は適当にお菓子と飲み物を買い物かごに入れるとレジへと持っていく。俺以外の客は今店内におらず、店員はたばこの補充のため背中を向けていた。小柄な女性の店員だ。アルバイトだろう。
「すみませーん、会計お願いします」
「はーい」
爽やかな返答共に店員が振り向いた。
「げ」
振り向いた瞬間呟いたのは店員の方だった。
小柄な店員は数日前に俺を思いっきり罵倒し、その次の日に爆弾発言をしたお騒がせ後輩こと犬童羽美だった。
「……なんであなたがここにいるんですか?」
顔を歪めてあからさまに嫌そうな顔をしないでほしい。俺は一応客だぞ。
「家が近くなんだよ。……犬童さんは?」
「いい心がけですね。センパイ方に便乗してあなたまで『ワンちゃん』と呼んだらその喉笛食いちぎるところでした」
こわ、狂犬かよ。そして俺も一応先輩なんだけどな。
「私はバイトですけど? むしろそれ以外に何に見えるんですか?」
言い回しがいちいち嫌みだ。よくもそうポンポンと辛辣な言葉が出てくるものだと逆に感心する。
「あー、折角のアルバイト日和だというのにあなたに遭遇してしまうなんて最悪です」
アルバイト日和ってなんだろうか。愚痴りながらも犬童さんは手際よくかごの中の商品をレジに通していく。
「一人でこんなに食べるんですか? デブリますよ」
袋に詰めながらもまたもや嫌み。この子は俺に嫌みを言わないと死んでしまう病気か何かなのか?
「ちげーよ。今から友達と勉強会するんだよ」
「あなた友達いたんですねー。あなたのような人と友達付き合いしてくれるなんて奇特な方ですね」
「……佐有さんも居るぞ」
流石に言われっ放しも何なので、ちくりと反撃してみる。こいつが佐有さんに弱いのは把握済みだ。
「はあ? ずるい! バイトさえなければ私も乱入したのに!」
サラっと流されると思っていたが、意外と効果はテキメンだ。ホントこの子佐有さんのこととなったら見境ないな。
これ以上噛みつかれてもたまらないので、お釣りがないようキッチリお代を支払うと早々と退散する。後ろから「佐有センパイに変なことしたら噛み殺しますからね!」と聞こえるが無視だ。
それにしてもなんで俺はここまでこいつに嫌われているんだろうか。親の仇を見る眼だぞあれは。乃恵相手にはそこまで噛みついていなかったようだし……。謎は深まるばかりだ。
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