アップルシナモンロール
黒猫
二月五日
午後の空隙
その先生への取材のために、
「へえ、いいところですね」
三太郎が間の抜けた調子でそんな言葉を発するも、由加子はそれを無視してすたすたと店の奥へ進んでいき、何の迷いも見せずに、壁際のボックス席をそこと定めた。淡い色をしたコートの中から、するすると生意気なパンツスーツの御姿が現われた。さすがの美尻だが、三太郎には、彼女がスカートでない事が不満だった。
「何、突っ立ってんの」
「あ、はい」
三太郎が椅子に座るや否や、由加子がウェイターを呼ぶ。
「はい、お伺いします」
「え、ちょっと待ってくださいよ」
しかしそこで由加子のスマホが振動した。
「あ、すみません。ミルクティーとアップルシナモンロールと灰皿」
それだけ言うと、彼女は電話に出てしまった。ウェイターの青年はさらさらと伝票にオーダーを書き込み、三太郎を見る。
「ええっと、じゃ、じゃあ、えっと……」
急かされた気がして卓上のメニューに目を走らすも、文字が頭に入ってこず、三太郎はへどもどしてしまった。
「ブレンドで……」
「はい、ブレンドで」
「以上で……」
「はい、以上で」
青年が去るや、すぐに由加子の通話は終わった。壁を背に座る彼女は、細い指でスマホを操作し、画面を消して脇の鞄の中に落とす。三太郎はその指の動きに目を吸い付かせた。
「
「えっ?」
「三十分遅れるって。だから一時間」
「は、はあ」
元々、取材は十四時からの予定であった。三十分早く現地入りしたところへの、三十分遅れるとの連絡だった。よって二人には、一時間ばかりの暇ができた。
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