魔王になる
糊口梅太郎
第1話 始まりは日常に
俺は魔王になる。そう誓ったのは、なんてことはない、いつも通りの日常だった。いつも通り貴族のもとで田を耕し、疲れを見せれば鞭で叩かれるそんな日常。『なぜ俺が叩かれなくてはならない?お前ではなく、なぜ俺なのだ?』物心ついた時からそのことを考え続けてきた。答えはなんとなくわかっている。『生まれ。』どうやらこの世界ではそれが重要らしい。どれだけ俺が憎もうとも、世界はそうなっているのだから仕方がない。そう自分を納得させ、この世界に順応しようと試みる。何度も試みてきた。しかし、無理だ。順応することなどできぬ。ならば仕方がない。壊そう。こんな世界など壊してしまえば良い。魔王になればそれができる。
・・・・・
『おい!お前!何をサボっている!』
貴族が怒号を放ち、俺は
左腕、左腿、右脇腹に当たり、それぞれに痛みが駆け抜ける。
痛い。焼けるように痛い。なぜ俺がこのような痛みを感じなくてはならない。
痛みは殺意へと変わり、貴族を睨みつける。
『ヒィッ...』
貴族が一瞬たじろいだ。
『お、お前のような下等な人間が、俺をそんな目で見ているんじゃねぇ!』
貴族が俺の顔を目掛けて鞭を振りかぶる。
俺は両手が空いているので、顔への直撃を防ごうと思えば防げる。だが、俺は防がない。殺意を込めて睨み付けることに意識を向け続ける。睨みだけで殺してみせる。
どれほどの時間がたったのだろうか。ふと、俺は新たな痛みを感じないことに気がついた。鞭が振り下ろされないのである。
睨むのを緩め、貴族の目に意識を向ける。
怯えていた。
奴は人を鞭打っておきながら、睨まれると怯えてしまうそんな人間なのだ。自分が殺される覚悟もなく、ただ世界がそうなっているからという理由だけで、何の気なしに人間を鞭打つ。そのような人間だ。怒りと同時に哀れみを覚えた。自分の頭では何も考えずに、ただ貴族という与えられた役割をこなすだけ。なんて哀れな人間なのだろう。
・・・・・
『お前、貴族に反抗するのもうやめろよ。』
味のしないスープに硬いパンを浸しつつ、奴隷が話しかけてくる。
俺は何も返さずに硬いパンを咀嚼する。
『そんなことして一体何になるんだよ。俺たちは無力だ。どうすることもできない。反抗したってただ辛いだけだろ。』
『お前らと一緒にするな。何も未来を変えようとしない、辛い境遇をただ嘆くだけのお前らと。お前らに待ち受けているのは、人生で何もできなかったことに対する虚無感を伴った死だけだ。』間髪入れず俺はそう答える。
『お前だって...お前だって、何もできていないだろうが...』
奴隷は顔に悲痛を貼り付け、俯きながらそう言った。
『足に括り付けられている鉄球だって外せやしないお前に一体何ができるんだよ。』
確かに俺もなにもできていやしない。その点においてはこいつらと同じかもしれない。
しかし、明らかにこいつらとは違う点がある。
俺には夢がある。
世界を壊すという夢だ。
俺は硬いパンを食べ終えると、立ち上がり、奴隷の寝床として用いられている馬小屋から夜の街へと向かう。
『おい!どこに行くんだよ!こんな時間に出歩くと殺されるぞ!』
後ろで奴隷の叫ぶ声がする。
その声に、俺の歩みを止める力はなかった。
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