五十六日目『正義と悪』

「魔王。これがお前のやり方か」

「それが魔王というものだろ。私はもう。どれだけ振り返りたくても、もう進んでしまった道は引き返せない。だから私は、魔王なんだよ」


 魔王は悲しい声でそう呟いて、天神ムーンの体へ手をかざした。


「天神ムーンの体には膨大なエネルギーが眠っている。その力を使えば、世界を思いどおりにできり」


 それを見ていたロンギヌスは、ドクエルとアイスエルと距離をとり、槍を地に刺した。


「何をしている?ロンギヌス」

「私の槍には二人の天使が封印されている。それは多くの犠牲を出した戦いの中で、私が敵と認識したからこの槍に封印したんだ。だが今、私はこの槍に封印されし天使を解放する」


 空気がざわめき始め、どことない空気が漂い始めていた。ちょうどそこへ戻ってきたラファエルは、その気配に気づいていた。


「何だ……。この気配は」

「なあお前たち。今の天界に天神はいるか?」

「いないさ。そんなもの」

「では会わせてやるよ。あの戦いで命を落としたとされていた天神はは、今ここで甦る。封印は解かれた。出てこい。天神ゼルドエル、サソリエル」


 目映いまでの光とともに、二人の天使は現れた。

 一人の天使は天神ムーンへと手をかざす魔王の前に。もう一人は道を歩み間違えたアイスエルの前に。


「アイスエル。お前は一体、なぜ道を間違えた」

「サソリエル……。生きていた!?」


 アイスエルの前に降り立ったのは、死んだと思われていたサソリエルであった。


「魔王。ムーン様の体に貴様が触れるな」

「おいおい。せっかくお前らを消したと思っていたのだが、どうやらそう簡単には死なないようだな。天神ゼルドエル」

「魔王、お前を倒すまでは、死ねないさ」


 ゼルドエルは羽を広げ、魔王へと手をかざす。だが魔王によって操られた勇者たちはゼルドエルへと襲いかかる。


「眠れ」


 ゼルドエルは視線をコウタロウたち勇者たちへと向けると、彼らは一斉に眠りについた。


「魔王。来い。我が相手だ」

「ゼルドエル。お前など、相手にしている時間はないんだよ。失せろ」


 魔王はゼルドエルへ火炎を放つ。ゼルドエルは水の槍を無数に生成し、それを火炎にぶつける。火は音を立てて消失し、水蒸気が舞っている最中、ゼルドエルは魔王へと蹴りをいれた。だが蹴りは魔王の体を通り抜けた。


「やはり実体がないか……」

「無駄だ。降り注げ」


 天から雷が降り注ぎ、ゼルドエルはそれを身軽な動きで避ける。が、右足に雷を受けた。ゼルドエルは体勢を立て直し、光の矢を生成して魔王へと投げるも、これまた通り抜けた。


「ゼルドエル。あれは魔王の実体ではない。だからこそ魔王には私たちの攻撃は効かない」

「ではどうすればいい?」

「恐らく……あの樹の中に魔王の実体はある」

「そういうことか。勇者リーフィア、我が魔王を食い止める。その間にあの樹の中へ」


 割れた魔王樹の中には、大きな種か実のような謎の球体が存在しており、そこにリーフィアは目をつけていた。だがしかし、リーフィアが樹へと駆けた瞬間、それを妨害するように樹は再生し、中へは入れなくなった。


「私の野望の邪魔はさせない」

「ふざけるな。世界を壊す?そんなことをすれば、シスターが悲しむぞ」

「別に構わないさ。誰が泣こうと、誰が苦しもうと、もう私の知ったことではない。私は世界を壊し、創り変える。たった一つの種族しか存在しない、な世界に」


 魔王はリーフィアへと冷気を放ち、動きを鈍らせた。魔王の背後からゼルドエルは蹴りをいれるも、実体でない以上はすり抜ける。


「効かないと言っているだろうが」


 魔王はゼルドエルを風で吹き飛ばした。

 その横でアイスエルとドクエルのコンビと戦っているロンギヌスとサソリエルは、倒れたゼルドエルへ目を移した。その瞬間、アイスエルはサソリエルの足を凍らせた。


「もう後戻りはできないんだ。だからぁぁあ」


 アイスエルはサソリエルへ氷の剣を振るう。


「させるか」


 ロンギヌスは槍でアイスエルの剣を受け止める。だがドクエルはロンギヌスの顔に蹴りを入れ、ロンギヌスは吹き飛ばされた。隙をついてアイスエルがサソリエルへ剣を再び振るった時、一人の天使は舞い降りた。


「天使同士で争うな」


 そう言って現れたのは、背中に神聖なる羽を生やしたアリアンヌ。

 皆の動きは止まり、空に浮かぶアリアンヌを凝視していた。


「久しいな。マオ」


 その名を呼ばれ、魔王はアリアンヌを見て驚きを隠せなかった。


「その呼び名、そうか。お前……」

「リーフィア。その剣をよこせ。魔王との決着は、いや、マオとの決着は私がつけなくてはならない。それが私の背負った罪だから」


 リーフィアは戸惑いつつも、アリアンヌへとムーンアイが創ったとされる剣を投げた。その剣はアリアンヌの手へと自ら進んでいた。


「なあマオ。お前を斬るのは、私になってしまったのだな」

「仕方ないだろ。最初からそうだったのだから。私は魔王でお前は天神。正義は悪を倒す。その法則は絶対に揺るがない。だから手は抜くなよ。その代わり、全力でいく」


 アリアンヌは思い詰めた表情をするも、魔王の覚悟を知るや、抹茶のような苦い笑みを浮かべ、魔王へと斬りかかる。


「最後にしよう。

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