五十二日目『たった一つの勘違い』

 リーフィア、ロンギヌス、リンネはノヴァが進む道を追っていた。

 ノヴァによって案内された場所は、周囲が石畳の壁で囲まれた一室で、その部屋にあった一つの書物を手にし、ノヴァは皆に向かって語り始めた。


「この書の名はシスター予言書。著者は題名の通りシスターです」

「そういえばサリエルが言っていた。シスター予言書という存在について」

「恐らくこの書を読んだ魔王の記憶の一部がサリエルに流れたのだろう。ではこの書について解説をしていきましょう」


 ノヴァは書をめくりめくり、呟いた。


「まずこの書には、この世界のことではないあることが書かれている。それは天界について」

「天界か。この世界の遥か上に存在する世界のことか」


 リーフィアは解説口調で呟いた。


「何が書かれているかというと、ムーンは二代目の天神であり、初代天神はムーンアイという者だったらしい」

「ムーンアイ……。なるほど」

「ムーンアイは死んでいる。だが全ての世界では輪廻転生をし、生き返る。記憶を有したまま生き返ることもあれば、赤子にならず、文字通り元の体に生き返ることもある。それが輪廻転生。ムーンアイの死後、天界では天神の座をめぐってムーンとラファエルによる争いが起きたが、結果はムーンが勝った」


 ノヴァはその物語に溶け込むようにして引き込まれていく。


「ラファエルは負けた代償として、永遠の生を手に入れた。だがその数百年後、世界には再び魔王が現れ、世界を滅ぼそうとした。それをムーンアイは全身全霊をかけ、巨大樹の中へと封印した」


 リーフィアとロンギヌスはかつての出来事を思い出していた。

 あの日あの時、一人の天使が魔王を巨大な樹の中に閉ざした出来事を。


「だがしかし、壊れた世界は見ていられないほどに悲しい現実が広がっていた。だからこそ、一人の少女は決意した」


 ノヴァが続きを言おうとした時、リーフィアは言った。


「勇者がいらない世界を創れるのなら、これ以上誰も悲しまない世界が創れるのなら、私はその世界のために生け贄となろうとも構わない、と。そう誓った少女が、この本を書いた者、シスターだよ」


 リーフィアは小さな声で言った。


「なあリーフィア。お前はその少女を知っているのか?」

「ああ。魔王が封印された後、シスターは涙をこぼしていた。悲惨な世界を見て」


 そう語りながら、リーフィアの中にあった記憶は呼び起こされていた。



 巨大な樹に背をつけ座り込む少女ーーシスターは、分厚い書に文字を刻んでいた。だがしかし、彼女は時折血を吐いていた。それもそのはず、彼女の腹には大きな穴が空いていたからだ。


「シスター。今なら治療すれば間に合う」


 リーフィアは必死に説得していた。だがシスターはその樹から離れようとしない。

 リーフィアとともにアンヌも説得しているが、シスターはそれでも文字を刻み続けていた。


「これが最期になるからさ……この書に書き記しておきたいんだ。せっかく記憶を思い出したんだから」

「記憶?」

「ねえ二人とも。名前は何?」


 羽ペンを置いたシスターは、唐突にリーフィアとアンヌに訊いた。


「私はリーフィア」

「私はアンヌ」

「そう……なんだね……。じゃあ私、決めたよ。次生まれ変わったらさ、マリアンヌ、なんて名前で生まれ変わろうかな」


 お腹を押さえつつ笑みを浮かべるシスターに、リーフィアは問う。


「マリアンヌ?」

「マリアンヌのアンヌはアンヌの名前からとってさ……、マリアンヌのリはリーフィアの頭文字からとったんだ。それでさ……マリアンヌのマはさ…………」


 最期に言いかけた途中で、シスターは樹に背をつけて永い眠りについた。



 記憶の奥底にしまっていた記憶を思い出したリーフィアは、感慨に浸っていた。胸が引き締められるように苦しくて、痛い気持ちだった。

 過去の記憶を思い出したリーフィアは、ふとあることに気づいた。そしてリーフィアは気づいたことを躊躇いつつも、口を開いて言った。


「その書を書いたシスターは勇者がいなくても平和な世界を望んだんだ。でもさ……その書を読んだ魔王は勘違いしたんだ。勇者は悪であるから、勇者がいなくならないと、世界は平和にならないのだと」


 リーフィアはそのことに気づき胸が先ほどよりも強く引き締められていた。


「そうか……。そうだったんだ。たった一つの勘違いのために、魔王は自ら悪となり、勇者を滅ぼそうとしている。そしてラファエルたちは、それを利用している。真の黒幕は、ラファエルたちだったのか……」

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