零日目・第五章『魔王と天神』

 無慈悲に転がる勇者たち。それを見るや、ロンギヌスたちは固まった。


「なあロンギヌス。リーフィアたちの音がしないのだが……血の臭い?そうか……。なあロンギヌス、リーフィアはまだ生きているか?」

「はい……。ですが今生きているのは、リーフィアとアンヌ。そして二人とも重傷を負って戦うのは困難かと」

「そうか……」


 ノーアイズは吐息を漏らした。

 魔王という存在を少しばかり舐めていた結果、敗北を期そうとしていた。


「リーフィア。アンヌ。下がっていろ。後は私に任せておけ」

「あの魔王に一人で……無謀です」

「盲目の私には何も見えない。だからこそ、どんな攻撃も効かない。だから安心しろ。全て私に任せ、お前たちはその間に遠くへ逃げろ」


 ノーアイズは目の前の敵ーー魔王を前に、歩みを進めている。すくむはずの足が、今に限ってはちゃんと真っ直ぐと歩めている。

 彼は背に仲間を、そして足場には多くの仲間の屍を踏み越え、彼は剣を握る。巨大な一つの眼光が、真下にいるノーアイズを見下ろしていた。


 ノーアイズの頬をつたり、汗が地面へと流れた瞬間、魔王は巨大な足でノーアイズを踏み潰す。だがノーアイズは颯爽と避け、足の上を駆け抜けて魔王の眼光目掛けて無数の剣を投げた。剣は見事に魔王の瞳を潰し、魔王はじたばたと暴れる。

 その時、ノーアイズは魔王の頭上で無数の剣を構え、魔王を眺めていた。


「そこか。魔王」


 狙いを頭部へと定め、無数の剣を投げた。

 剣は魔王の巨大な頭部へと突き刺さり、まるで水風船が破裂するかのように黒い液体が周囲へと流れ込んだ。


「出てこい。魔王」


 ノーアイズは破裂した頭部へと意識を向けたーーがしかし、そこから放たれる圧倒的な殺意に、ノーアイズは押し潰された。


「そうか……。そうだったのか。あの時感じた殺意は、ホムラのものなんかではない。魔王の殺意だったのか……」

失せる者ノーアイズ


 その殺意を放つ、骸骨の仮面を被った人間大の大きさの魔王は、ノーアイズを殺意だけで吹き飛ばした。そしてその後、魔王は仮面越しの眼光をノーアイズへと送る。

 ノーアイズは鼓動が高まり、心臓の音が早まった。そして直後、ノーアイズは全身が闇と変わり、その闇は魔王の中へと取り込まれた。


「ノーアイズ……」


 ノーアイズの最期を見届けたリーフィアたちは、悲しさや悔しさで涙を流した。

 だがそれとは裏腹に、ラファエルは笑みをこぼした。


(予想通りだ。これで僕の計画を実行に移せる)


 先ほどまで巨大な姿で地を駆けていた魔王の中からでてきた人間大のその魔王は、周囲を見つめ、そしてリーフィアたちを見つけた。


(そうだよ魔王。勇者を許すな。勇者など、存在することに価値はないさ。さあ、殺れ)


 ラファエルが心で強くそう願った。だがその願いを閉ざすよう、天から天使が舞い降りてきた。


「何をしている?勇者よ」


 そう言って現れたのは、天神であるムーンであった。


「魔王、先ほど、一人の魔族が展開を滅茶苦茶にした。だが安心しろ。彼は天界の檻の中で永久に捕らえたままだ」

「構わない。私さえ生きていれば、他の者がどうなっていようと関係ないことだ」


 そんな話が交わされている中、ロンギヌスはドラキュスがいないことに気づく。


「で、お前は天界が荒らされた仇のため、私を殺すのか?」

「いや。何年も前にも、お前は世界を滅ぼした。もう繰り返すことに意味はない。まあ、全てラファエルとかいうガキが身勝手にしたことに過ぎない。だから今ここで、お前をこの国に封印する」

「無駄だ。私を封印することなど、どれほどの力が必要か分かっているか?」

「分かっているからこそ、私は命を懸ける」


 そう言うと、天神は魔王の体に抱きつき、そして翼を広げた。


(さらばだ。ゼルドエル。私がいなくなった後を、お前に託すぞ)


 天神は光を天へと放ち、そして眩しいまでの光が消えた途端、そこには巨大な樹が生えていた。


「なあリーフィア……。何が起きた?」

「分からない。けど、突然現れた彼女は、きっとこの世界を救ったのだろう。だからこそ……その象徴として、魔王が消えたその象徴として、この樹がある」


 多くの犠牲を出しながらも、魔王は封印された。

 封印される直前、魔王の脳裏にはシスターの言葉が焼き付いていた。


「ねえ、もし世界に勇者が必要なくなったらさ、それはきっと良い世界だと思わない?勇者は人間に戻って、魔王もモンスターも皆、優しい人になったとしたらさ……それはそれで……良いと思わない?」




 そんな世界なんて、創れはしない。

 だって世界には、英雄なんていないのだから。

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