零日目・第二章『魔王と勇者』

 目を覚ました、そこは当然のように知らない場所であった。

 魔王はそれに混乱しつつも、周囲を冷静に眺めていた。


「ここは……」


 周囲は鉄の壁に囲まれ、唯一光が差し込めるのは鉄の柵から。


「ようやく起きたか。魔王よ」


 魔王はその声の主を辿り、そして檻を挟んで立っている一人の大人びた少年を見た。


「僕はラファエル。輪廻転生を司る天使さ」


 初対面のラファエルに屈することなく、魔王は静かに呟いた。


「で、そんなお前が何の用だ?」

「いやー。このままじゃ君は死ぬでしょ。で、君は魔王だから。今から百年以上も昔に起きた戦いで負けたから、君は永劫の輪廻転生から抜け出せない。そこで名案がある。もし僕の作戦にきょ……」


 話している最中のラファエルへ転がっていた石を投げた。当たりはしなかったものの、石はラファエルの頬をかすった。

 ラファエルは頬に触れ、血が少量出ていることに目を鋭くさせた。


「調子に乗るなよ。今からお前は死ぬというのに」

「死ぬ……か」

「あの少女とも会えなくなるぞ」

「…………」


 魔王は黙り込んだ。

 何も言わず、ただ静かに黙っていた。

 彼が何を考えているのか、ラファエルには到底分からないことであった。


「なあラファエル。その少女は、今どこにいる?」

「彼女ならば、恐らく今勇者に拷問を受けているよ。死ぬほど苦しい拷問をね。きっとあの時魔王と歩いているのを見られなかったら、彼女はあんな目に遭うことはなかっただろうに。それなのに君は、相変わらず愚かだね」


 魔王は拳を握り、静かに立ち上がった。


「おや。魔王さん。協力する気になったかい?」

「ああ」


 目まぐるしく低い声に、ラファエルは震えた。

 何千年と生きているラファエルですら、それほどまでの恐怖を覚えたことは一度としてなかったのだから。

 ラファエルは鍵で檻を開け、魔王を出した。


「では魔王。行くとするか」

「連れていけ。シスターのもとに」


 魔王が案内された場所は、鎖に繋がれたシスターが身体中に傷を負っている姿であった。魔王がシスターを見ている時の表情を見て、ラファエルは後ろで笑っていた。


(あーあ。幻覚なのに)


 魔王はシスターのもとへと駆け寄った。だがしかし、彼女はシスターではなかった。


「魔王。なぜ脱け出している」


 その声は、忘れるはずもない。

 あの時手足を斬った勇者、リーフィアに他ならない。

 魔王はふと後ろを振り向いた。するとラファエルが笑顔で手を振っているところだった。

 魔王はその時気づいた。


「ふざけるな。結局死ぬんじゃないか。あいつに会えないまま……せめて最後に……」


 幻覚が解け、シスターの姿はリーフィアの姿へと戻っていた。リーフィアは剣を抜き、魔王の心臓へと突き刺そうとしたその時だった。

 魔王は、我を忘れた。


「大嫌いだ。全部全部、大嫌いだ。こんな世界ならば、壊れてしまえ」


 魔王はみるみる巨大化していき、やがて天井を破壊し、さらにはその城をまるごと破壊するまで大きくなった。その巨大さは、恐怖を感じざるを得なかった。

 リーフィアとラファエルはその場から離脱するも、その国の者たちは魔王の恐ろしさに国を飛び出した。


 巨大な一つの目が高くから国を見下ろし、全身は骨という硬い鎧で覆われていた。口からは黒煙を溢れ出させ、手は骨になっており、その手は一瞬にして住宅街を破壊した。

 四足歩行で国を徘徊するその化け物は、まさしく"魔王"であった。


「なあラファエル。お前たち天使はかつて奴を輪廻転生という地獄に封印したんだろ」

「ああ。ですが魔王にかけた輪廻転生はなぜかねじれてしまいました。彼は死ぬ度、どういうわけか魔王として甦る」


 リーフィアとラファエルは魔王の振るう腕を避けつつ、話をしている。


「ふざけるな。奴を輪廻転生させているのは誰だ?」

「輪廻転生を管理しているのは僕です。それに魔王を輪廻転生という地獄に閉じ込めたのは僕だ。だが僕は魔王を彼自身が望んでいない種族に転生させた……はずだった」

「なるほど。そういうことか。つまり魔王は……」

「ああ。そうだろうな。でなくては、魔王が魔王として生まれ変わる理由が見つからない」


 リーフィアは剣を抜き、魔王の額へと風を纏いつつ飛び込んだ。リーフィアを魔王の瞳が見ると、魔王の瞳からはレーザーが放たれた。


「あっぶねー」


 リーフィアは寸前で避けた。が、死角から振り上げられた手を避けられなかった。

 リーフィアは血反吐を吐き、瓦礫だらけの地面に転がった。


「おいおいリーフィア。魔王ごときに足止めされているなよ」


 ラファエルは背中に漆黒の翼を生やし、魔王へと飛び込む。だが足に何かが絡み付き、前に進めない。


「木の根か!?」


 ラファエルの足を捕らえていた木の根はラファエルを投げて吹き飛ばす。


「ぐはっ」


 ラファエルは石に背をつけ、頭から血を流しつつ魔王を見ていた。


「魔王。やっぱお前は魔王だよ。」

「ラファエル。リーフィアはどこだ?」


 ラファエルはその声を辿り、振り返った。


「ノーアイズ。お前も戦うのか。盲目なのに」


 ノーアイズという男は二本の剣を抜くと、何十人もの勇者を引き連れて言った。


「目が見えないのはハンデだよ。ハンデくらいないと、釣り合わない」

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