ハルニア

仲仁へび(旧:離久)

第1話



――春を迎える前にその世界は滅亡した。


 それは、世界が滅亡を迎える数分前の話。


 勇者は世界を救えなかった。

 魔王の塔で、攫われた聖女が歌うのは、滅びの歌。

 自我を奪われた清き乙女は、世界を壊すための歌を口にし続けた。


 魔王を浄化するための浄化の歌を紡ぐ、そのはずの口で。


 魔王の塔に集った勇者達は己の無力を嘆いた。


 なぜもっと力がなかったのか。

 なぜもっと早くたどり着けなかったのか。

 なぜもっと注意深く行動できなかったのか。


 なぜ。

 なぜ。

 なぜ。


 たくさんの嘆きを抱きながら、世界の終わりと共に、勇者達の命はついえた。








 そんな勇者たちと世界の終わりから、幾千年。


 その時の記憶を持った少年が、とある小さな村で生まれていた。


 かつて存在していた、世界の破滅を食い止められなかった勇者と同じ名前を持って。


 確かに過去、勇者は敗れた。世界は滅びた、多くの人々が死んだ。


 けれど、ごく一部の人間は生き残っていた。


 徐々に数を増やしていった人類は、やがて確かな文明を築いていった。


 世界は再生し、長い時間をかけて魔王に傷つけられた場所を癒していった。


 やがて古の出来事が忘れ去られていった頃、眠っていた魔王が目覚めの兆候を見せる。


 おとぎ話の存在である勇者と魔王。

 かつてあった悲劇を知る者はだれもいない。


 その世界に住む誰もが気が付いていない脅威に立ち向かうのは、記憶を持って生まれた少年、ただ一人だけだった。






 転生した赤子はすくすくと育った。

 しかし、彼は周囲と違っておとぎ話を信じたまま成長した。


 修行をこなして力をつけた少年は、仲間を探して旅に出た。


 心優しい回復魔法使いに、陽気な攻撃魔法使い。


 あわてんぼうの弓使いに、憎めない盗賊。


 彼らは少年の言葉を信じて、魔王が復活する時に備えてひたすら己を高め続けた。


 そして、彼らが十分に力を付けた頃、魔王が復活し、世界が混とんに包まれた。


 人々は恐怖に膝を屈し、明日をも知らない世界の中で膝を抱える。


 少年の訴えに耳をかさなかった事を、人々はなぜと後悔した。


 けれど、その脅威に心折られる事が無かった少年達は、魔王の塔にたどり着き、魔王に向けて剣を向けた。




 心優しい回復魔法使いに体を癒してもらいながら、陽気な攻撃魔法使いに元気をもらう。

 あわてんぼうの弓使いの努力に叱咤激励され、憎めない盗賊のふんばりに背中を押された。


 少年は頼れる仲間と共に、何日もの激戦を戦い抜いて、魔王を倒した。


 二度、滅びる事のなかった世界は、歓喜の声であふれかえった。


――二度と見る事が無いと思われていた、春の季節の中で


 何千年ごしに救われた世界の中で、過去かつてあって悔恨をすべて晴らした少年は、信頼できる仲間達と共に心安らかな余生を送った。


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ハルニア 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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