雨の通学路
実川えむ
第1話
いつもの朝の、いつもの登校。
同じ時間。同じ道。
ただ黙々と歩く。
美輪は、高校ニ年生。
電車で三十分のところにある女子高に通っていた。
家から駅までは、歩けば二十分ほど。バスがあったけれど、帰宅部だったから、天気のいい日は、せめてもの運動と思って歩いて通学していた。
同じように駅まで行く人々の流れ。その横を通っていく満員のバス。
そのバスの中から、美輪を見つめる薄暗い瞳の存在を、まだ知らない。
* * *
朝から雨で、玄関から出た途端、美輪は顔を顰める。天気予報では、今日は一日ずっと雨と言っていたのを思い出す。こういう日は、制服が雨に濡れてしっとりして重く感じるから嫌なのだ。
普段は乗らないバスに乗るために、バス停に急ぐ。大きめの傘を持って出かけたせいで、人でいっぱいのバスでは、邪魔で仕方がない。
だからこそ、自分の濡れた傘を、他の人に当たらないように抱えるように持つのだけれど、そのせいで、余計に濡れてスカートが重くなる。
そんなことを考えもしない不届き者が、美輪の背後で蠢いていた。確実に美輪のスカートから足にかけて、濡れた傘が触れている。
バスでの移動時間はたかだか十分にも満たない。だから気にしなければいい、と自分に言い聞かせるが、気持ち悪い。
冷たい雫が、ふくらはぎを濡らす。
ムッとした美輪は、後ろを振り向くと、美輪と同じくらいの身長の高校生の男子が立っている。目があっても、すっと目をそらすだけで、彼の傘からしたたる水滴は動かない。
「はぁ」
美輪は大きくため息をついた後、あと少しで駅だから、と、我慢することにした。
* * *
駅のホームには同じ高校に通う葉月がいた。
美輪も葉月も、どちらかというと大人しい文学少女。一緒にいても、そんなにおしゃべりするでもなく、にこっと笑みを浮かべると、それぞれの鞄から文庫本を取り出す。それがいつもの通学風景だった。
でも、その日、美輪の視野に、いつもなら気にしないモノが目に入った。
――黒い学生服と濡れた傘。
視線を向けると、バスで一緒になった男子高校生が、同じ車両に乗るのか、他の男子たちとともにたむろっている。
視線が一瞬かすめて、無意識にそらしてしまう。
男子高校生の暗い、暗い、爬虫類のそれを思い起こさせる瞳。
雨で濡れただけではない寒気が、背中をかけのぼる。生理的な嫌悪感で、ブルリと身体が震えた。
その寒気を忘れるために、すぐに手元の不思議の世界へと目を落とした。
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