補助金戦争 ~文化祭の前のお祭り~

六畳のえる

補助金戦争 ~文化祭の前のお祭り~

「ということで、麗秋祭れいしゅうさいにおける各部の補助金の金額案は、お配りした資料の通りになりました」


 9月下旬、水曜日の放課後。

 麗総れいそう高校の大会議室に、生徒会長白鐘しろかね美加みかのよく通るアルトが響く。


 配られたプリントの数字にどよめく教室。


「静かにしてください、まだ案の段階です」


 1ヶ月後に迫った文化祭、麗秋祭に向けての、各部の部長を集めての会議。ここで決まった補助金と毎年の部費の中で、文化祭の企画をやりくりする。


「来週、調整会議を行います。ただし、増額申請したからと言って、必ず増額できるかどうかは分かりません」


 流れるように話す美加。ベージュに近い茶色のショートに小さめのリボンバレッタ。会長就任後、最初の大仕事として麗秋祭を切り盛りするその表情には、可憐さの中に凛々しさが映る。



「各部、持ち帰って検討をお願いします」


 補助金の金額決定。それは3年生の引退とともに任命された新部長にとって初の大仕事である。

 そして「学生自治」という校風を押し出す麗総高校では、この補助金に関するやりとりに一切先生は口を出さない。予算配分は全て生徒会と各部長に一任されている。



「ここまでで、何か質問はありますか?」


 皆、無言のノー。それはそうだろう。いきなりここで「もっと補助金をくれ」と言ってすんなりもらえるはずがない。作戦を練ることが肝要である。


 そのまま誰も手を挙げなかった。たった1人を除いて。


「はい、白鐘さん」


 教室のほぼど真ん中で堂々と手を挙げる女子。


 天文部部長2年、海賀かいがくゆり


 さっきまで話を聞いていたときの落ち着いた表情が一転、唇をキュッと結んで、目に活気が宿る。


 そして、高校入学から事あるごとに彼女と言い合いをしてきた好敵手である白鐘は、眉間に一瞬だけシワを寄せた。


「……なんでしょう、海賀さん」


 美加が言い終わる前に、燻がガタッと立ち上がる。


「案の作成ありがとうございます。が、ちょっと納得いきません。なんで天文部の補助金が去年と同じ4万なんですか? 希望額は5万だったはずですけど」


 さっきまで釘付けになって燻を見ていた他の男子部長達の目が、途端に丸くなった。


 肩から胸にかけてフワフワと巻かれた黒髪ロング、ブラックホールかと思うような黒く大きな瞳、整った鼻と口にファンデーション要らずの肌。見た目だけで言えば校内でもトップクラスの美人。

 だが、そんな彼女から放たれた言葉は、直球のクレームだった。



「天文部は部員も極端に少ないですし、例年そこまで高額を補助していないので、今の額になっています」


 美加の返事に、燻は即座に「でも」と返す。


「人数が少ないからって企画も安上がりになるとは限らないと思いますけど。それに毎回同じ企画をやっているならともかく、前回と違う企画なのに例年の額面を参考にされても困るなあ」


 少し静まる教室に、美加が細くフウッと息を吐くのが聞こえた。


「今年の企画はもちろん見ています。ただ、部員数や過去の支給実績なども見ながら総合的に判断していますので」

「ふうん。でも、貰いすぎている部活もあるように思えますね。ちょっと気になります」


 騒然となる会議室。そのざわめきは、始めに案が配られたときよりも大きい。

 一方、震源地である彼女は、プリントを手に持ったまま、美加に不敵な笑みを見せながら髪をかき上げた。




 海賀燻は、変人である。


 自分のこだわりがあること、執着したことには、異常な情熱を持って首も体も突っ込んでいく。その好奇心と探究心、そして度胸と実行力が変人の域。


 疑問や不満があれば徹底的に追いかけ、必要とあらば敵を煽り、戦闘状態を作り上げることも厭わない。目標を定めたらどこまでも飛んで行く、追跡ミサイル系女子。




「というわけで白鐘さん。私は、来週の調整会議で、怪しい部活を徹底的に攻めます。つきましては、万が一その部活の過ちが発覚した場合には然るべき対応をお願いしますね」

「……明確な証拠が出るとは思えませんが、善処します」


 やれやれ、と言わんばかりに白鐘美加は額を手で押さえた。




 ***




 あっという間に1週間が経ち、調整会議当日。


「お集まり頂きありがとうございます。それでは調整会議を始めます。何か要望がある方、挙手して下さい」


 生徒会長、白鐘美加の一言に続き、各部が様々な理由をつけて増額の申請をする。意見の嵐は小1時間ほど吹き荒れ、出尽くした会議室は再び静寂に包まれた。


 しかし、ここからが本番である。


「はい、白鐘さん!」

「……海賀さん、どうぞ」


 やや怪訝そうな美加に促されてくゆりが素早く席を立つ。前の席の人が皆、振り向いて彼女に視線を向けていた。


「私が確認したい相手は鉄道部です。部長の桐岡君、いいですか?」


 どよめく教室内を、美加と別の生徒会役員がタッグで静める。


「こっちは特に話すこともないけどね」


 会議室前方で桐岡が起立し、事もなげに答えた。一見すると爽やかそうな顔立ち。黒髪ミディアムヘアーを、ちょっとだけワックスで遊ばせている。


「企画を調べたけど、今年鉄道部は、先月廃線になった安島あじま線という鉄道を撮りに行ったのよね。8月7日に出発して、この都心から4時間くらいかけて田舎の方まで旅行して、動画と旅行冊子にまとめた。その面白さと使用経費が認められて、一押し企画扱いで2万円増額になってる」


「別におかしいところはないよね? 面白いけどお金かかる企画をやったら、生徒会が認めてくれました、ってだけの話で」


 桐岡の問いをつまんで食べたかのように、口に手を当てて考えた後、燻が口を開いた。


「引っかかってるのはそこなのよ。もしこの企画が一押しにならなかったら経費は自腹だったかもしれないんだけど、どうする気だったの?」

「そのときは払うだけさ」


「これまで20年間、変わらずに毎年フリーペーパー作って模型走らせてただけの部活が急にそんな博打打つかしら?」

「……驚いた、過去のことも調べてるなんてね」


 目を丸くする彼に「あら、今のことだって調べてるわよ」とケロッと返す。


「アナタ達が上映する予定の映像、友達の部員に借りて見せてもらったわ。とても面白かった」

「ありがとう。自信作だからね、喜んでもらえて嬉しいよ」


 どちらも目は笑っていない。楽しさも喜びも、顔に貼り付けた演技。



「ただ、二つだけ気になったわ。まず、出発のシーンでは部員のみんなが映ってるのに、列車のシーンになったら誰も映らなくなるってこと」

「せっかくの貴重な画に僕らが入っちゃいけない気がして」


「なるほどね。私は別の意味があったのかと思ったけど」

「別の意味?」

「あの映像、誰かが撮った電車の映像に、鉄道部の声を乗せてるんじゃない?」


「……どういうことかな?」

「鉄道好きは全国にいるし、広いネットワークを持ってる部員もいるはずよね? その部員が、あの安島線の映像をもらうの。で、そこに自分達の音声を合成して、まるで撮ってきたかのように見せてるってこと」


「じゃああの旅館はどう説明するの? 僕らもちゃんと映ってたじゃないか」

「そこが気になったところの二つ目よ。アナタ達、『藤野屋に泊まってます』って映像の中で言ってるわよね? 確かにあの近くには藤野屋って旅館があったわ。でも、映像の中で旅館の名前が出てるシーンが全然なかった。つまり」


 目線を桐岡から外さず、燻がはっきりと言った。


 静まる大会議室。グラウンドで響く運動部の声だけが、窓越しに響く。


「藤野屋じゃなくて、この近くのテキトーな旅館に泊まったんじゃないかなって」

「ふうん。海賀さんは、僕たちが安島線に乗りに行く旅行をしたフリをしてるって言うんだね。なんでそんなことする必要があ――」

「決まってるじゃない。補助金をもらうためよ」


 彼の言葉を遮り、ありったけ強調する燻。それを聞いて、桐岡はワザとらしく溜息をついた。



「憶測にすぎないね。もう元々の動画ファイルは消しちゃったから、口でしか反論できないのは残念だけど。藤野屋に電話して確認してみたら?」

「あら、知ってるでしょ? あの旅館、もう閉館したの。私疑り深くてさ。わざと電話確認できないような旅館を選んだ、とか妄想しちゃうのよね」

「ふふっ、ホントにただの妄想だね」


 2人の口の端から、クックと笑い声が漏れた。




「じゃあ海賀さん、もう終わり——」

「さて、本題はここからよ」


 桐岡の言葉を、低い声で遮る燻。


「面白いニュースがあるの」


 ゆっくりと話し始めた彼女は、クリアファイルからプリントを取り出して、桐岡に渡す。


「アナタ達が見てきたっていう安島線のニュース。大筋はこんな感じね、『町は安島線の車両を労い、花束の描かれたステッカーを車両の前に貼った。運行最終日まで貼られる予定』。このニュース知ってた?」

「ううん、知らなかったよ」

「まあ知らないわよね。この町の地元ニュースのサイトからようやく見つけたんだもの」


「で、それが今回の話と関係あるのかな?」

 燻が目を細めて、口を弓なりに曲げた。


「大アリよ。それ、

「…………」

 穏やかな表情のまま、言葉を返さない桐岡。


「花束のステッカーは少なくとも5日には貼られてたってことになるわ。でも映像ではステッカーは映ってなかった。つまり、あの映像はアナタ達が行ったと言っている8月7日より前、8月4日以前に撮られたものってことよ」

「……ふうん。まあ確かにステッカーはついてなかったね。汚れたから外して掃除したりしてたんじゃないかな」


 感情を揺らさない彼のリアクションに、燻はやれやれという感じで手を開いた。


「そう言ってかわすと思っていたわ。でもね、桐岡君。私、納得いかないことはとことん調べないとダメな性分でね。アナタ達が8月7日、実際にはどこに行っていたのか。ちょっと調べてみたの」

「参ったなあ。ホントに物好きなんだね」


 呆れたような笑い顔でパンパンパンっと拍手してみせる。燻は、クリアファイルから数枚のカラー写真を取り出した。


「旅館の食事に一瞬だけ映ってる白玉の入った汁物。群馬の郷土料理、鏑汁かぶらじるよね。それにこのお茶請け。包み紙が白っぽくて、赤い紐が結わえてあるおまんじゅう。これも群馬土産、しかも主に県北でしか販売してないお土産よ。ここから近いし、良い地域選んだと思う。群馬のその地域の旅館は約1000軒、候補は絞れたわ」


「絞れたって、海賀さん、1000軒じゃどうしようも——」

「簡単じゃない。全部電話して確認すればいいだけよ。8月7日に男子高校生9人が泊まりに来なかったかって」

「は……?」


「1軒だけあったわ。『渓流苑』って旅館ね」

 彼は「よくやるね、ホントに」と聞こえないくらいの小声で呟いた。


「でもさすがね、桐岡君。万が一のことも考えてたのかしら。アナタ、偽名使って泊まってたわね。代表者の名前が違ってたわ」


 ここまで聞いて、今までの柔らかいオーラが消え、桐岡の表情が少し強張った。


「あのさ、海賀さん。違う名前の人が代表者になってるなら、それが僕と別人ってことじゃないか」

「でも泊まったのはアナタよ、多分ね」

「だからどこにそんな証拠があるんだ!」


 ついに桐岡が声を荒げた。目を見開いて、今まで聞いたことのないようなトーンで怒鳴る。


「偽名が咄嗟に浮かばなかったのね。自分の名字から一文字取って使うなんて、見破って下さいって言ってるようなものよ」

 調子を崩さず、クールに嘲笑してみせる燻。


「何で漢字が一文字一緒だっただけで僕ってことになるんだ!」

「桐が入ってる名前なんて、そうそう見ないもの」

「どこにでもいる名前だろ、片桐なんて! これ以上変な言いがかりはやめてくれ!」



 そこで下を向いて、一息つく燻。顔を上げると、ギンッと光る目に、不敵な表情を湛える。



「ねえ、桐岡君。なんで、? 私は『桐が入ってる』としか話してないけど」

「あ…………」

 瞬間、彼の表情が固まった。


「あんなに大声で断言していて『たまたま片桐って名前が浮かんだ』なんて言わせないわ。アナタが偽名を知る方法はないのよ、アナタ自身がその名前を名乗ってない限りね」


 口を開いたまま、桐岡はしばく立ち尽くす。


 やがて、穏やかな表情に戻り、あーあ、と一言だけ漏らした。


「……僕がさっきみたいに答えなかったらどうするつもりだったの?」

「だから、答えてもらえるように十分煽ったのよ」


 人差し指で桐岡の胸をトントンと叩く。


「参ったね、信じられない執念だ。もともと群馬の私鉄に乗る旅行だったんだけど、電車が動かないトラブルに巻き込まれて、出発駅まで3組に分かれてタクシーで移動することになってね。赤字が出たんで急遽補填案を考えたんだ。悪いことはできないもんだね、負けたよ」

「ふふ、補助金懸かってるからね! さて、白鐘さん!」


 そう言って、彼女は会長に向き直った。


「ご覧頂いた通り、鉄道部が企画通り旅行していたという可能性はほぼゼロです。生徒会が一押し企画に認定するのは妥当ではありません。よって、鉄道部への補助金額を再考して頂きたいです。もちろん、余剰金が出た場合、徹夜で調査したことで生徒会の正しい補助金配分に貢献した天文部には便宜を図って頂けるものと考えてますよ!」


 立て板に水の発言を聞き、白鐘美加はフッと微かに微笑んで見せた。



「調査ありがとう、海賀さん。鉄道部は一押し企画からは外しますが、補助金は現状のままにしようと思います」

「…………へ?」


「動画と冊子の原案を見ましたが、非常に素晴らしい出来でした。これなら、群馬旅行のバージョンに差し替えても良い企画になると思います。それに、タクシー代もトラブルということであれば必要経費でやむを得ないでしょう」


 両手をバタバタさせて、燻が「ちょ、ちょっと!」と叫ぶ。


「待ってください、白鐘さん! せめてこっち側にも多少お金が回ってくるのが妥当な筋じゃないですか!」

「海賀さん、この調査のためにどのくらいの時間を使いましたか? 過去の企画、映像の確認、料理から群馬県の割り出し、そして1000軒の旅館に電話。そんなに暇な部活に1万円増額する必要はないかと思いますが」

「そんなあ!」


 燻はガックリと肩を落とし、美加は机の下で小さくガッツポーズをした。






















「……うん、オッケー。桐岡君、誓約書、確かに受け取りました。『鉄道部の増額の2万のうち、1万を天文部に譲るものとする』」

「ったく、厄介な相手にトリック見破られたぜ」


 苦笑する桐岡の前で、燻が嬉しそうに誓約書をひらひらさせた。


「告発しても丸く収まるようにするから増額の半分よこせ、とはね」

「実際丸く収まったでしょ? 白鐘さんは私の鼻を明かそうとするに決まってるから、あんな感じでやれば絶対に増額2万は通すだろうなあって」


「で、1万何に使うんだい。臨時収入?」


 違うわよ、と燻はピースサインを見せた。


「これで補助金の目標額達成だからね」


<了>

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