シンデレラ・ウォーズ

ヒロシマン

第1話

 かつて混沌とした中に精霊の世界がありました。

 精霊は、しばらく孤立していましたが、グループを造りはじめ、複数の勢力が誕生しました。

 複数の勢力が乱立したことで争いとなり、魔法を使った攻防で多くの犠牲者がでました。


 やがて二大勢力だけとなり、戦いは膠着状態となりました。そこで、北と南に分かれ、緩衝地帯として境に人間界を造りました。


 人間は、魔法が使えませんでしたが、知恵が与えられました。

 しばらくは何事もなく平和な時が続きましたが、こんどは人間が争うようになりました。

 人間は、それぞれが国を造り、勢力の拡大をはかりましたが、奪ったり奪われたりの状態が続きました。

 精霊はそんな人間につけこむため、国王に近づき、国と国との争いを長引かせました。

 精霊の二大勢力は、それぞれが国を奪い合い、代理戦争を起こしていたのでした。


 ある国に、大富豪が住んでいました。

 主人は家を継いだ二代目で、妻を早くに亡くし、一人娘がいました。

 大きな屋敷には多くの召使がいて、身の回りの世話をしていたので、主人も娘も何不自由なく、幸せに暮らしていました。


 南の精霊は、この大富豪に目をつけ、ここを足掛かりに国を乗っ取ることを計画しました。

 主人に近づくために、主人の好みそうな女性の姿に化けた精霊と、二人の召使を娘に化けさせました。

 主人はその女性を一目見ただけで愛してしまいました。そして、すぐに結婚を申し込み、二人の娘もひきとると約束しました。


 夫人となった精霊は、屋敷内のすべての実権を握り、主人を仕事だけに専念させました。

 目障りだったのは、主人の実の娘で、徐々に召使同然の扱いをするようになりました。


 実の娘は朝から晩まで、掃除や洗濯、料理作りや後片付けにこき使われ、召使以上に働き、屋敷から出たいとさえ思えないほど、ぐったりと疲れていました。

 召使の中には同情する者もいましたが、夫人にそそのかされて、次第に実の娘を軽蔑するようになり、灰まみれでみすぼらしくなった娘を「シンデレラ」とあだ名するようになりました。

 

 ところで、この国の王様には世継ぎとなる王子がいました。

 王様はいずれ、王子と隣国の王女を結婚させるつもりでいました。しかし、王子はこれに異を唱えました。

「隣国の王女と結婚すれば、その国との関係は良くなるかもしれませんが、他の隣国との関係が悪化します。そのうえ、勢力拡大が難しくなり、結局は国を危うくします」

「なるほど」

「それよりもこの国の娘を妃に迎えれば、国民の信頼を得られ、国を強化することができます」

「それはいい。早速、お前にふさわしい娘を探させよう」

「父上、この国の娘全てを舞踏会に招待してはどうでしょうか?まだ結婚していない若い家臣にも舞踏会に参加させ、結婚相手を選ぶことができれば、大いに喜び、国は富むと思います」

「いい考えだ。お前にすべて任せる」

 こうして国中に舞踏会の布告があり、娘たちは喜び、着ていくドレスや装飾品の購入で商売は繁盛しました。


 このことはシンデレラの屋敷にも伝わり、夫人や二人の娘は、国を乗っ取るチャンスだと喜びました。しかし、シンデレラには何も知らされませんでした。

 二人の娘は、最高のドレスと最高の装飾品を金に糸目をつけずに買いあさり、できる限りの美しさを装いました。

 その間もシンデレラは、屋敷の仕事で忙しく働き、体も服も汚れてボロボロの雑巾のようでした。


 舞踏会の日、夫人と二人の娘は、きれいに着飾り、いそいそと出かけて行きました。


 シンデレラはというと、まだまだ屋敷の仕事はたくさんあり、クタクタになりながらも一生懸命働いていました。

 そんな時、屋敷の窓から傷ついた一羽の鳥が入ってきました。


 みすぼらしく汚れた鳥は、シンデレラの側に落ち、うずくまって動かなくなりました。

 シンデレラはいそいで鳥を手に取り、傷の手当てをしてやり、自分の質素な食べ物を柔らかくして与えてやりました。


 不思議なことに、鳥の手当てをしてやり、食べ物を与えるたびに鳥は輝きを増し、やがて精霊の姿に変わっていきました。

「ありがとう。おかげで助かりました。あなたのほうが疲れていて私にかまっている暇はなかったろうに。今度は私があなたを助けましょう」

「いえ、私は大丈夫です。ところであなたは誰ですか?」

「私は、北に住む精霊です。南に住む精霊がこの国に災いをもたらそうとしているのを阻止するためにやって来たのですが、人間の協力者がどうしても必要で、探していたのです」

「それは大変。お力になってあげたいけど、私にはどうすることもできません」

「いいえ、あなたにしかこの国を救うことはできません。そしてそれがあなた自身をこの苦難から救うことにもなるのです」

「でもどうやって?こんな私に何ができるというのです」

「まず、あなたの疲れをとり、元気にしましょう」

 そう言うと、精霊は手に杖を呼び出し、シンデレラに振りかざしました。するとシンデレラは、みるみる元気になり、顔色もよく、汚れていた体もきれいになっていきました。

「次に、ドレスと装飾品を用意しましょう」

 精霊は、再びシンデレラに向けて杖を振りかざしました。今度は、シンデレラが着ていた、汚れたボロボロの服が光り輝くドレスに変わり、見たこともない装飾品がシンデレラを美しく飾り立てました。


 シンデレラは戸惑って言いました。

「こんなドレスではお掃除や洗濯や食器の後片付けができません。早く元に戻してください」

 精霊は、にっこりと笑いながら言いました。

「そんなことは私がやっておきますから心配いりません。それより、今日はお城で舞踏会が開かれ、この国のすべての娘が招待されているのを知らないのですか?」

「舞踏会?ご冗談を。私が舞踏会になんて行けるわけがないじゃないですか」

「どうしてですか?ドレスも装飾品も誰にも負けません。そもそもあなた自身が美しいではありませんか」

「私が美しいですって。こんなのは本当の私ではありません。すぐにバレてお城には入れないでしょう」

「大丈夫。この国の娘ならだれでも参加できるのですから。あなたこそ本当の自分を知らないのです」

「だけど、舞踏会ならダンスをしなければならないのでしょ?私、ダンスなんてできません」

「それも大丈夫。ダンスがうまくなる靴を用意しましょう。そして、王子様に身を任せればいいのです」

 精霊が、手を広げると輝くガラスの靴が現れました。

「私が王子様とダンスを?」

「さあさあ、話はこれくらいにして、舞踏会はもう始まっています。あなたにかけた魔法は午前の零時にとけてしまいます。それまでに帰って来てください。馬車はもう外に待っていますよ」

 シンデレラが屋敷の外に出てみると、王女様が乗るような輝く馬車が停まっていて、御者とお供の召使が待っていました。

 シンデレラが召使に促されるように馬車に乗ると、馬車は飛ぶように走り出しました。


 馬車はあっという間にお城の門の前に着き、門番はどこかの王女様がやって来たのかと驚いて、馬車から降りて来たシンデレラに頭を下げました。


 舞踏会には、きれいに着飾った娘たちと正装をした若い兵士たちが楽しそうにダンスをしていました。しかし、娘たちの本当のお目当ては王子でした。その王子は、笑顔を振りまいてはいましたが、気に入った娘には出会っていませんでした。そろそろ舞踏会が終わろうとしていました。そこに、シンデレラが入って来ました。

 そこには夫人と二人の娘になった精霊がいましたが、灰まみれでやつれたシンデレラとは別人のように美しかったので、シンデレラとは気づきませんでした。


 遅れてきたシンデレラは、よく目立ち、その美しさにも皆後ずさりして場所を開けました。その様子に王子も気づき、シンデレラを見ました。

 王子は、ゆっくりとシンデレラに近づき、シンデレラのあいさつを受けると、ダンスを申し込みました。


 シンデレラと王子はすぐにダンスを始め、シンデレラは北の精霊に言われたとおり、王子に身を任せました。すると、ガラスの靴が自然と足を滑らせるように動き、二人のダンスはとても息があっていました。


 二人の間には永遠に時が止まったように感じられました。しかし、10分もたたないうちに別れの時がきました。

「私はもう行かなくては。ありがとうございました王子様」

「待ってください。お名前は?もっとお話がしたいのです」

 シンデレラも名残惜しそうに王子を見ましたが、背を向けて走り出しました。

 少し走るとシンデレラの履いていた右足のガラスの靴が二つに割れました。

 走りにくくなったシンデレラは片方のガラスの靴もぬいで走って馬車に飛び乗り去っていきました。

 

 あとを追いかけていた王子は、脱ぎ捨てられたガラスの靴を大切そうにひろい、シンデレラの乗った馬車を見送りました。


 王様は、王子がたいそう気に入った娘が見つかったのを喜び、すぐに家臣に命じて、ガラスの靴を履いていた娘を探させました。


 家臣は、残っていたガラスの靴を使って、国中の娘に履かせ、ぴったりと合う娘を探しました。


 シンデレラの屋敷にも家臣はやって来ました。

 夫人は、ガラスの靴を見た時、最後に舞踏会に現れた娘の物だと気づき、二人の娘のひとりをその娘と同じ姿に化けさせました。そうとは知らず、家臣は二人の娘にガラスの靴を履かせてみました。

 二人の娘は、足のサイズをガラスの靴に合うように変化させたので、ぴったりと合いました。


 屋敷にいた娘の召使にもガラスの靴を履かせましたが、夫人はシンデレラを部屋に閉じ込めていたので家臣は気づきませんでした。


 家臣が屋敷を後にしようとした時、部屋から娘の唄う声が聞こえました。それは、北の精霊がシンデレラに唄わせていたのでした。

 家臣は、そのきれいな歌声に誘われるように部屋に入り、シンデレラを見つけました。

 夫人はとっさに言いました。

「この娘は、ご覧のように灰まみれで、舞踏会には行ってません」

「そんなことは関係ない。私は、王様に命じられて国中のすべての娘にこのガラスの靴を履かせて、ぴったりと合う娘を城に連れて行くだけだ」

 家臣はそう言うと、シンデレラにもガラスの靴を履かせました。もちろん、ガラスの靴はぴったりと合いました。

 こうして、ガラスの靴がぴったりと合った娘たち数人が、お城に連れていかれました。


 お城に連れてこられた娘たちは、王様と王子に謁見しました。


 王子は、娘の中に舞踏会で出会ったガラスの靴を履いた娘がいるのに気づきました。しかし、それは南の精霊の一人が成りすましている姿でした。それでも王子は、すぐにその娘に近づき、ダンスを申し込みました。

 少しダンスをすると、王子は他の娘ともダンスをしたいと言いました。


 王子は、すべての娘とダンスをしました。


 灰まみれで汚れた服を着ていたシンデレラともダンスをしました。

 シンデレラはガラスの靴を履いていなかったので、ぎこちなくダンスをしました。


 すべての娘とダンスをし終わった王子は王様と話をしました。そして、シンデレラを指さして言いました。

「私の妃となるのは、あなたです」

 娘たちは驚きました。特に、ガラスの靴を履いていた娘に成りすましていた精霊が怒って言いました。

「舞踏会で王子様が好きになったのは私ではありませんか。なぜ、こんな薄汚い娘を選ぶのですか?」

「たしかに、あなたは舞踏会で私が好きになった娘の姿をしています。しかし、手が違います。あの時の娘の手は荒れていました。どんなに辛い仕事をしていたのか私にも分かるほどひどい荒れ方でした。そんな辛いことにも耐えられる娘こそ、私の妃にふさわしいのです。私が選んだ人はあの舞踏会の時の手と同じです。あなたこそ私が好きになった人ですね?」

 その時、夫人が家臣たちの制止を振り切って現れました。

「せっかく、争わずこの国を奪おうとしてやったのに、どうやら死人を出したいらしいね。しかたない。力づくで奪うまでだ」

 そう言うと、夫人はドラゴンに変身しました。二人の娘もそれに続いてドラゴンに変身しました。


 ドラゴンは王子とシンデレラに襲いかかろうとしました。そこに、大勢の家臣がなだれ込み、王子とシンデレラを守りました。


 ドラゴンは暴れて、家臣に襲いかかりました。


 王子も剣をとり、ドラゴンと闘いました。


 ドラゴンはとても強く、炎をはいたりしたので、人間が太刀打ちできる相手ではありませんでした。


 王子が負けそうになった時、北の精霊が現れ、王子に魔法の盾を与えました。


 光り輝く魔法の盾に、ドラゴンは一瞬、目がくらみました。その隙をついて、王子が剣をドラゴンにつき刺しました。それを見た家臣たちも勢いづき、北の精霊の助けを借りて、他のドラゴンも倒しました。


 ドラゴンはみるみる灰になって消えていきました。それと同時に、シンデレラはあの舞踏会の時の姿に変わっていきました。


 ドラゴンを倒した王子とシンデレラはお互いの手を取り、抱き合いました。それを見た王様も喜んでいました。


 仕事から帰って来たシンデレラのお父さんは、事の次第を聞いてびっくりすると同時に、シンデレラに辛い思いをさせていたことを謝り、王子との結婚を祝福しました。


 王子とシンデレラの結婚式は、国を挙げて盛大に行われ、このことは精霊の世界にも伝わり、この国を襲おうとは思わなくなりました。


 王子の妃になったシンデレラでしたが、辛い仕事をしていた時のことを忘れず、王子と一緒に国民の生活に気を配ったので、国民から愛され、国中が幸福になりました。


終わり

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