閑話4 少女が見ていた世界
※第三部で語られなかったディーリアとキルイェの会話です。
イルヤ達が屋敷を去る直前、少女は幼馴染みの少年と二人きりにさせて欲しいと願い出て、手を取って建物の外へ連れ出した。
「悪かった」
キルイェは今回の自分の行いを悔い、謝る姿勢を崩さない。俯き加減にディーリアを見つめようと目を上げ、かち合う寸前で落としてしまう。
そんな様子に彼女の方もため息をつき、どうしたものかと思案した。
ディーリアはやがて意を決し、視線を合わせてきた。相手を掴んで離さない、強い瞳だ。キルイェはぎくりとして体を強張らせたが、もう俯くことはなかった。
「キルイェのこと許してあげるから、私のことも許してね」
意外な申し出だった。交換条件とは、一体どういうつもりだろう?
キルイェがそう思っていると、ディーリアは暗がりを振り返った。
「いいよ、出てきて」
声と共に冷たい空気がどこからともなく吹いてきて少年の頬を撫でた。何故か足が竦んで、立っているのがやっとになる。
「……これで良かったの? ディーリア」
透き通る高い声にキルイェははっとし、同時に震えの理由も知った。
建物の影から現れたのは、白い肌とふわりと
「こ、これって」
声が掠れて、きちんと発音出来ているのか怪しかった。彼が驚いたのは、突然のことだったからだけではない。
その女性は、階段の踊り場に大きく飾られていた肖像画にそっくりだったのだ。
「こんにちは、キルイェール。ねぇ、私もキルイェって呼んでもいいかしら?」
「……!」
紅を薄く塗った唇が優雅に動き、今度はそこから目が離せなくなる。
女性はにこりと人形のように笑った。けれどもキルイェの口から零れる空気は返事にならない。それが気に障ったのか、彼女はむくれてみせた。
「ほら、びっくりさせちゃったじゃない」
「大丈夫、キルイェ? もう分かってると思うけど、この屋敷に住んでいたお嬢様よ」
ディーリアは当たり前に会話している。それがどれだけ奇異なことかを教えたくて、キルイェはうまく動かせない口をなんとか操りながら「お、おかしいじゃないか!」と叫んだ。
途端、関を切ったように言葉が溢れてくる。
「一体、何がどうなってるんだ? なんでここにいるんだ? だって、その人は死――」
「……そう。肉体はもう朽ちてしまった。今の私は簡単に言うと、“幽霊”なの。ごめんなさいね」
女性はゆっくりとキルイェに近寄った。
言いながら手をひらひらさせるお嬢様は、幽霊という割に生前の肖像画よりも生命力を感じさせる。
体など今となってはもうどうでも良い、彼女はそう感じているように見えた。
目の前の透ける美人の悪戯っぽい微笑とは逆に、ディーリアの口は重い。
「私、知ってたの」
「え……」
「この屋敷で起こっていること……なんとなく分かってた。まさか、キルイェが関わっているとは思いもしなかったけど」
彼はそこで、ディーリアがしつこく幽霊の存在を主張していたことを思い出した。幼馴染みは幽霊を信じていたのではなく、居る事実を知っていたのだ。
ここへ遊びに来るのも、このお嬢様に会うためもあったのだろう。
「なぁ、お前は何を隠してるんだ? 幽霊と話したり出来るなんて、そんなこと一度も言わなかったじゃないか」
二人は今よりもずっと幼かった頃からの付き合いだ。
だが、その末に彼女が出した結論は「ごめん」という謝罪だった。彼は、なんでだよと荒げかけた声を呑み込んだ。
幼馴染みが、これまで見せたことのない表情をしていたからだ。その唇もきつく引き絞られている。
先程の、自分を許して欲しいという言葉が耳に蘇る。
「どうしても、駄目なのか?」
「ごめん」
決意を秘めた瞳の光が一層輝きを増した。キルイェはその時になって初めて、お嬢様の姿はどこにもないことに気が付いた。
キョロキョロする彼を見て、ディーリアはようやく僅かに顔を緩めた。
「大丈夫。行くべきところに行っただけだから」
少女は祈るように瞳を閉じ、ぽつりと呟いた。
終
◇後書き
巻き込まれっ放しだったディーリアにも秘密がありました、というお話でした。
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