第25話 強い恋愛

「モリー・リベラのクリマスパーティー」


 わたしは、手にした招待状の予備を見て、冗談だと思いたかった。でもエルウィンに冗談はつうじない。そうだった。お金と権力を持っていて、冗談がつうじない男、これは恐ろしい。


 きっと招待状を見た人は首をかしげる。そのあと、差出人が城主エルウィンであることに、おどろく。そんなことを予想していたが、もっと反応は早かった。


 一時間もしないあいだに、次々に車があらわれる。ある一台は、老夫婦らしき男女が降りてきた。老婦はメイド服であり、老夫のほうは、つなぎを着ている。手には大きな道具箱。大工だろうか。


 また次の一台が来る。降りてきたのは執事だろうか。バトラースーツに身を包んだ老紳士が降りてきた。


 おそらく、前メイド長のドロシーと同じだ。むかしに引退した使用人にとって「じっとしてはいられない!」という状況なんだろう。ほんとに大変なことになってきた!


 お城の、すべての部屋にあかりがついた。あちこちの屋根裏から、物を運びだす音も聞こえる。


 わたしと、エルウィン、モリーの三人は、そのようすを主人用の食堂から眺めていた。なにか手伝いたかったが、やんわり断られた。邪魔にならないようにするには、紅茶でも飲んで待つしかない。


 ノックの音がして入ってきたのは、執事グリフレットと、メイド長ミランダのふたり。エルウィンに、いくつかの確認や、許可をもとめに来たようだった。晩餐会の進行表や、来賓者リスト。また、夜に帰れない者には、城の客室をつかう許可など。


 横で聞いていると、とても胸が痛い。すべての始まりは我が子のせいだ。生きた心地がしないとは、こういうことだろう。


 エルウィンは「すべてまかせる」と言った。客室の使用に関しては、帰れない者だけでなく、希望者は、すべて泊まっていくようにと付け加えた。


「それは酒飲みがこぞって、よろこびますな」


 眉をひそめたのは執事だ。


 いくつかの中で「給仕を二部に分けてだす」という案に、モリーが「だめ!」と猛反対した。どうしても料理を作る人、運ぶ人は必要だった。それをメイド長が説明しても、モリーは、がんとしてゆずらない。


「みんな一緒に食べるの!」


 顔を真っ赤にして、怒っている。


「困りましたな。これは」


 執事がけわしい顔になった。


「そうだな」


 エルウィンが口をひらいた。


「皆、確認しておこう。今日の主催者は、誰なのかを」


 その言葉に、執事とメイド長のふたりが、はっとしてモリーを見た。


「形式やマナーは無視していい。モリーのやりたいことを実現させてくれ」


 メイド長は、大きくうなずいた。


「では、お姫様。今日の献立こんだてを一緒に考えてもらいましょう」


 執事はけわしい顔のまま、考え込んでいる。


「かつての晩餐会におとらぬものを、お見せしとうございました」

「僕は、皆が楽しんでくれれば、それでいい」


 執事はしばらく考え込んでいたが、意を決したようだった。静かに、うなずいた。パーティーの総監督となったモリーが加わり、三人は出ていく。退室ぎわに執事が言った。


「我がきみ、思いきってやってみますが、使用人の諸先輩も多くこられております。お小言こごとの三つ四つは、ご覚悟を」


 これにはエルウィンも、苦笑してうなずいた。


 部屋には、わたしとエルウィン、ふたりだけが残された。ふと思えば、はじめてのふたりきりだ。ちょっと緊張する。


「モリーのせいで、こんなことになってしまって」


 わたしが言うと、エルウィンは首をふった。


「あの子の言うことが正しい。食事は、皆で食べたほうが楽しい」

「そこね、胸を、えぐられた思いがするわ」

「というと?」

「朝なんて、なんとか食べさせて、送りだすのが精一杯。夜はベビーシッターに食べさせてもらうことが多いしね」

「きみは働き者だから」


 エルウィンの気遣いに、わたしは心がすこしほころんだ。


「でも娘は、ひとりで食べることに、飽き飽きしてたんじゃないのかって」

 

 窓ぎわに近づいて庭を見る。庭師が走っていくのが見えた。


「なぐさめの言葉をかけるべきだが、モリーは、そう思っているだろう」


 意外に非難めいた言葉だ。おどろいて、ふりむいた。


「僕も飽き飽きしている。いままでは意識してなかったが、実は、そうだとわかった」


 エルウィンが、わたしのティーカップを取り、紅茶をそそいでくれた。


「ありがとう」

「感謝するのは僕のほうで」


 エルウィンの言葉の意味がわからず、わたしは首をかしげた。


「この時期になると、眠る準備をするだけの日々になる」


 眠る、という言葉が、わたしには重く響いた。


「なにが失敗だったのか、今回もちがったのか。そんな、らちが明かないことばかりを考えて過ごしてしまう。それが今年はあまりない」


 エルウィンが憂鬱ゆううつになるのは、当たり前だと思う。一年におよぶ「彼女を探す旅」が終わるのだから。はじめて城を見た時の、どこか薄暗い雰囲気もそこからだろう。


「これまでに」


 そこまで言って、言葉につまった。聞くことではない、と思いながら聞いてみる。


「魔法がとけたら、と思ったことはないの?」

「彼女が見つからないままでかい?」

「そう」

「それはない。もし彼女の魂が失われているのなら、もはや目覚めないほうがいい」


 強がりでもなく、はっきりと彼は言った。愛や恋とは、これほど激しいものなんだろうか。わたしは自分の人生をふり返った。そんな恋は、どこにもない。


「まあ、魔法使いが言うには、恋という魔法は、運命をたぐり寄せるらしい。その言葉を信じて気長に待つさ」

「会えるといいわね」


 そう言いながら、嫉妬心のような感情をおぼえた。それは、彼に好意を持ってしまったのか。または、わたしの人生では決して出会えない「恋」を見たからなのか。 


 ふたりで紅茶をすすっていると、けたたましい音が急に聞こえた。思わずびくりと首をすくめる。


 窓辺に近づいて見あげると、二機のヘリコプターが見えた。どちらも下に、大きなコンテナを釣りさげて飛んでいる。


「心配しなくていい。離れた場所にヘリポートがあってね。急ぎの買い物でもあったのだろう」


 もはやスケールのちがいに言葉を失う。あいた口は塞がらないが、ちがう不安もあった。


「うちの子、巨大なクマさんの、ぬいぐるみ! なんて言ってないわよね?」

「それぐらいなら叶えてあげたいが、すこし見てまわるかい?」


 もちろんだ。わたしはすぐに、うなずいて席を立った。

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