第40話 横風が吹く

「昨日の放課後、どこ行ってた?」


 席に着くなり、前席の男が詰め寄ってきた。険しい表情に、問い詰めるような口調。まったく朝っぱらから面倒くさいことこの上ない。


「どうした、いきなり。穏やかじゃないな」


 視線を外して、鞄を整理しながら答える。話題が不明な今、様子見が正解だろう。気にしていない素振りで、机の中に教科書類を入れていく。


 素っ気なさげにしていると、机が大きく揺れた。とっさに詰め込んだばかりの教科書類を抑え込む。

 ちらりと視線を前方に戻すと、犯人の一層小難しい顔が目に入った。両手で抱え込むように机の端を掴んでいる。

 

「とぼけるつもりかい? 悪いが、証拠は挙がってるんだぜ」

「昨日は刑事ドラマでも見たのか。取り調べを受けてる気分だな」

「残念だが違う。俺が昨日見たのは、仲良さげに校舎から出ていくとある男女カップルだ」


 丸林の口元がニヤリと歪む。それこそ、マジで捜査一課の刑事っぽい。ニヒルな悪役チックのやつ。


 ここまで言われて、俺もさすがに理解した。どうやら俺と斎川のことを言っているらしい。

 ……カップル、というのはいかがな表現だと思うが。普通に2人組でいいじゃないか。不思議と鼓動が早くなる。


 だが、それはおかしい。こいつは昨日、さっさと帰っていったはず。部活もないし、俺の掃除が終わるのを待つのも怠いとか言って。


 きっとカマをかけているんだろう。そう考えて、毅然とした態度で応じることに。


「お前が見た二人と、昨日俺がどこにいたかにどんな関係があるっていうんだ」

「ほう、この期に及んでまだ認めないか。いいだろう、ほれこれを見ろ」


 すると、丸林はポケットからスマホを取り出した。手元でいくつか操作してから、画面を突き付けてくる。


 映し出されていたのはとある画像。靴箱のところで、2人の男女が並んで立っている。


「盗撮だ。いい趣味してるな」

「そりゃ写真に収めたくもなるさ。自分の友人が校内一の美女と下校しようとしてるんだから」


 その男女とは俺と斎川。証拠、というのはこれのことか。そりゃ自信満々にもなるな。


 しかしまあ、なんとも微妙な写真。我がことながら、写真の中の2人はあんまり親密そうには見えない。ただ居合わせただけの瞬間。

 これに特別な意味を見出せるのは、放課後の勉強事情を知っている丸林だからだろう。


 やがて、新聞部員はスマホを机の上に置いた。指を動かして、俺にもわかるようにその写真を削除する。


「いいのかよ」

「あのな、こんな写真で何ができるっていうんだ。面白おかしく記事にするとでも思ったか?」

「いや、それはないけど」

「じゃあ問題ないだろ。勝手に撮ったりして悪かったな」


 どうやら、単に事情を聴きたかっただけらしい。先週の木曜日の記憶が軽く蘇る。あの時もまた、こいつは妙な態度を取っていた。 


 友人の真意をいまいち図りかねながら、俺は気になっていることを訊いてみることにした。


「なあ、お前昨日さっさと帰ったじゃないか。どういうことだ」

「図書室に先回りしたんだよ。テスト近いし、2人が来るんじゃないかってな」

「そういうことか。いやにあっさりしてると思ったら」


 その時のことを思い出す。この男にしては珍しくすぐに教室を出ていったのだ。特に用事はないと言いながら。


 丸林の話によると、目論見通り斎川は図書室にやってきたらしい。その時はひとりで、すぐに出て行ってしまったらしいが。

 そのあと、しばらく待っても彼女は戻ってこなかった。もちろん、俺も来ない。それであきらめて帰ろうか、といったところであの現場に出くわした、とか。


「だったら声かけてくれればよかったのに」

「いや、邪魔するのもあれだしな。ほれ、先に帰ってることになってたし」


 謎の気遣い。そのわりには、勉強会に加わろうとしてたくせに。相変わらず、つかみどころのないやつめ。


「で、結局どこ行ったんだ?」

「別に大した話じゃないぞ。ただ俺の家で勉強を――

「マジでか!?」


 すごい食いつきようだった。こちらが言い終わる前に、大げさな反応を見せる丸林。


 もちろん、その騒音は周りに大迷惑なわけで。


「あのー、丸林君。毎朝毎朝、ほんっと―にうるさいんだけど?」


 東が首を突っ込んできた。長い付き合いなだけに、こいつの騒がしさには散々迷惑をかけられてきたんだろう。その顔はとてもうんざりしている。


「仕方ねーだろ。だって、ライジンが俺を驚かせてきたんだから」

「國木が? なに、どういうこと」


 一瞬不思議そうな顔をしたあと、東は厳しい目を俺に向けてきた。返答次第ではただじゃおかない。そんな雰囲気が漂っている。


 それはまったくもって濡れ衣だ。今のはこいつが勝手にびっくりしただけ。まあその気持ちもわかるけど。

 しかし、聞きたがっていたことを話したのにその反応はないだろう。それほど、予想外だったってことかもしれないが。


「別にそんなことをした覚えはない」

「とか言ってるけど」

「……ぐっ。そりゃないぜ、ライジン!」

「うるせーよ」


 縋りついてくる丸林の腕を無理やり剥がす。これ以上、俺を巻き込むのはやめていただきたい。


 そんなやり取りを目の当たりにして、東があきれたように鼻を鳴らした。頬杖をついて、じろりと俺のことを見る。


「まあなんでもいいわ。お詫びにノート見せてよ、國木」

「あのな、騒いだのは丸林だ。こいつに言ってくれ」

「えー、丸林字汚いからダメ」

「……あのな、もうちょっとオブラートに」

「汚いもんは汚い」


 むしろ悪化している気がする。実際、丸林はかなりダメージを受けているし。間庭が気の回数が異常に多い。

 でも、それは紛れもない事実だ。何度か、こいつの文字を見たことがあるが本当に読みづらい。斎川の字を知った後だとなおさらだ。2人とも、かなり勉強ができるくせになぜこうも違うのか。


「そういうことなら仕方ない。でもそろそろテストなのに、大丈夫かよ」

「ま、なんとかなるなる。それにそっちだって大した準備してないでしょ」

「ああ、可哀そうに。この女、旦那に小テストでボロ負けしたこと忘れてるみたいですぜ」

「誰が、旦那か。復活が早すぎんだろ」


 元気を取り戻した丸林は、さっそく旧知の仲に突っかかっている。さっきの復讐のつもりだろう。

 それにしても、見事なまでに小悪党なふるまい方。そんなんだから、悪徳記者とか言われるんだ。


 指摘を受けた東は悔しそうに黙り込むだけ。どこか余裕そうだったのに、今や見る影もない。

 それなりに、この間のことを気にしているのかもしれない。あるいは、危機感でも芽生えたか。


「むむむ、丸林に言われるのはすっごいムカつく! ねぇ、もしかしてもうテスト勉強始めてるわけ?」

「そこそこにはな」

「ライジンには優秀な味方がいるのさ」


 また余計なことを……苦々しく思って、丸林の顔を軽く睨む。斎川との件はこれ以上誰にも話すつもりはないのに。

 まあ、今のだけでそれに気づかれるとは思わない。事実、東は先ほどから表情を少しも変えてないわけで。


 楽観視していると、彼女の顔が突然パッと明るくなった。何か、とんでもないことに気づいたような感じだ。


「なるほど、ね。ようやく謎が解けた。この間の小テストといい、アンタら2人で勉強会してるんでしょ。こうなったら、あたしも仲間に入れて!」


 東の顔にはまるで迷いというものがない。今の結論にかなりの自信を持っているようだ。


 盛大な勘違いはどこへ向かうのやら。ひとまず、校舎裏でわが友をぼこぼこにしたい気分だった。

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