第393話 森の異常

『アイル! 助けて!! テディが!!』



 トレラーガから帰って来てひと月程過ぎた頃、けたたましく玄関のドアを叩く音と共に孤児院のグレゴリオの声がした。

 慌てて玄関を開けると先日B級に昇格したばかりのサウロ(38話参照)に背負われた泥と血にまみれたテディが。



「テディ!? 『洗浄ウォッシュ』『治癒ヒール』」



「うおっ!? スゲェ…」



 傷口を綺麗にする為にサウロごと纏めて洗浄したせいで驚きの声が上がった。



「サウロさん、テディを運んでくれてありがとう」



 孤児院で冒険者登録をしているグレゴリオがサウロにお礼を言うと、サウロはいかつい顔に笑顔を浮かべた。



「いいってことよ、お前らが採取してくれてる薬草には助けられてるからな」



「う……」



 サウロの背中でテディが身動みじろぎしたかと思うと、次の瞬間カッと目を開いて暴れ出した。



「うわぁぁぁ!!」



「テディ! 大丈夫だ! サウロさんが助けてくれたから!」



「ハッ! あ……サウロさん…ごめんなさい…」



 テディはグレゴリオの言葉で自分がサウロの背中にいる事に気付くと、消え入る様な声で謝った。



「ははっ、流石さすが賢者様の治癒魔法だな、これだけ動けりゃ問題ねぇだろ、下ろすぞ」



「はい…、ありがとうございました」



 テディは頷くとサウロの背中から降りた。



「……で、何があったのか説明はしてもらえるのかな?」



 一連の遣り取りを腕組みしたまま見守っていた私の言葉に、後から出て来たホセとビビアナ、エンリケとおじいちゃんも頷いた。

 ぞろりと並んだ皆を見回してグレゴリオが口を開く。



「あ…、うん。俺達森で薬草採取してたら突然腕熊アームベアが出て来たんだ、あんな浅い場所に出た事なんて無かったのに。俺…、薬草を取るのに夢中でテディと離れちゃってて、気付いたら目の前で腕を振り上げる腕熊が見えて死ぬんだって思った瞬間テディが俺を庇って…っ、ひっく、腕の肉がえぐれて血がいっぱい出て…っ、ぐすっ、頭が真っ白になったんだけど、えぐっ、その時…っ、サウロさんが助けて…っ、くれて…っ! テディが死んじゃうかと思った~! うわぁぁ~ん!」



 話している内に段々目に涙が溜まってきたと思ったら、話し終わった瞬間号泣し始めた。

 自分が殺されかけた事より、自分のせいでテディが死ぬかもしれないと思って怖かったのだろう。

 私はグレゴリオを優しく抱きしめて背中を撫でた。



「よしよし、怖かったね、もう大丈夫だから安心して良いよ」



「いやぁ、本当に俺達が運良く通り掛かったから良かったけどよ、じゃなきゃ2人共死んでたぜ。腕熊は仲間達が引き受けてくれたからテディの腕だけ縛って…って、ほどかねぇと血が止まったままになるな」



 そう言ってサウロはテディの肩口にキツく縛ってあった布を解いた。



「でよ、テディを背負ったままグレゴリオの手を引いて森から走って来たんだよ。あれだけ肉が抉れてりゃポーションじゃ効かねぇからな、幸い門のところにセシリオが居てアイルが家に居るって教えてくれたから連れて来たんだよ。それにしてもあんな場所に腕熊が出るなんて異常だぜ…、これからギルドに報告してくるよ」



「サウロ、ありがとな。今度1杯奢るぜ、パーティのやつらも一緒にな」



「おぅ、忘れんなよ!」



 奢る約束をしたホセに手を上げて挨拶すると、サウロは冒険者ギルドへと向かった。



「アイルさん、ありがとうございました! ぉ…ととっ」



 サウロを見送ったテディが振り返ると、ふらついてたたらを踏んだ。



「出血した分だけ血が少なくなってるから暫くは大人しくしてるんだよ? ちょっとテディを教会まで連れて行くね」



「オレが運んでやるよ、ほれ、背中に乗れ」



「ありがとうございます…」



 ホセがテディに背中を向けてしゃがみ、お礼を言っておずおずと乗った。



「な~んだ、身体強化してお姫様抱っこで連れて行こうと思ったのに」



「お前それやったら完全にテディがさらし者だろうが! 今後も絶対やるなよ!?」



「だってテディの身長が私より大きいからさ、背負ったら足が着いちゃうかもしれないもん」



 唇を尖らせて文句を言ってみたが、ホセは馬鹿を見る目を向けてきた。

 テディが青い顔をしてるのは貧血だからだよね?

 さっきより強くホセにしがみついているのはどうしてかな?



「とりあえずテディを治してくれてありがとな、ホセ兄ちゃんが運んでくれるからアイルはいいよ」



 グレゴリオが私を宥める様に肩をポンポンと叩いた、生温かい視線を向けられていると感じるのは私の気のせいだろうか。



「テディの血が減ってるからレバーの甘辛煮を分けてあげる、孤児院のお鍋に移すから私も行くよ。皆、夕ご飯までには帰るからね、行ってきます」



「行ってらっしゃい。ふふっ、たまにはメルチョル司教の愚痴でも聞いてあげてくれば?」



「あはは、そうするよ」



 メルチョル司教とは教会本部から先月ウルスカにやって来た人だ。

 驚くべき事にこのメルチョル司教、なんというか…すごくまともな人だったりする。

 聖女だと熱い眼差しを向ける事も無く、変わった性癖を持っている事も無く、老若男女に優しく誠実という完璧な聖職者なのだ。



 ただ定期連絡でカリスト大司教から羨ましがられ、私の近況報告を求められているらしく月イチ程度で良いからお話しをさせて欲しいと泣きつかれた事はある。

 


「アイル、知ってるか? メルチョル司教様だけどさぁ、マザーにすっげぇ優しいんだぜ」



 テディを背負ったホセの後ろを歩きながらグレゴリオが言った。



「うん? そうだね、凄く紳士だと思うよ」



「違うって、俺達にも優しいけど、マザーには優しいんだよ。あとお祈りに来るばーちゃん達にもな、貴族みたいにエスコートしたりするんだぜ。お陰でばーちゃん達がお祈りに来る頻度が増えて寄進も増えたから良いんだけどな」



「え…、それって…」



「いっつもアイルはメルチョル司教の事完璧な人だって言ってるからさ、ちゃんと人を見る目を養わないといつか痛い目見るぞ。賢者だったら色んな奴が寄ってくるだろうから気を付けろよ」



「はい…」



「「ぶふぅっ」」



 グレゴリオから金言を頂いていたら前方から吹き出す声が聞こえ、キッと睨んだが上下に並んでプルプルしてる尻尾に免じて聞かなかった事にしてあげた。

 だらしない顔するなとか女の子に言っちゃダメなんだよ、グレゴリオ。

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