第278話 海底火山

「またクラーケンが出て来るかなぁ」



 甲板で海を眺め、少しだけワクワクしながら言うとエンリケが首を振った。



「いや、この辺りの海は前回の海と違って浅いから大きな魔物は来れないよ」



「ふーん、だから波が向こうの海より穏やかなのかな?」



「今は天候に恵まれてるからだと思うよ、浅いと言ってもそれなりの深さはあるし、海の荒れ具合は深さより風の影響の方が大きいからね。海底火山の噴火とかあったら『コブバファーッ』……別だけど」



 いきなり遠くの海上で大規模な水蒸気爆発の様なものが見えた。

 チラチラと赤いものと、黒煙と蒸気、そして大きな波が迫ってくるのがわかった。



「船首を煙の方へ向けて!」



 いざとなったら魔法で何とか出来そうだが、普通に対応出来るならそれに越した事は無い。

 私が怒鳴ると甲板に居た船員が操舵室へと走って行った、しかし船員が到着するより早く船が向きを変えた、どうやら船長は経験豊富な人の様だ。



「船内に入るか、どこかに捕まって下さい!!」



 中から出て来た船員が甲板に居る人達に注意を呼びかける。

 その頃にはすぐ近くまで大波が迫っていた、乗客はすぐに周りの固定されてる椅子やテーブル、手すりにしがみついた。



 船首が持ち上がり、次に浮遊感と共に船尾が持ち上がる、1番大きな波はやり過ごせた様だ。

 甲板に出ている乗客達からも安堵の声が漏れている、私も思わず止めていた息を吐いた。



「びっくりしたわねぇ」



「何が起こったんだろうね」



「まだあんなに煙が出てるぜ」



「アイルはどうして船首を動かせと言ったんだ?」



 まだ動揺しているらしく、皆もいつもより饒舌じょうぜつになっている。



「エンリケが言ってた海底火山の噴火で新しい島が出来たんだと思うよ。白いのは水蒸気で黒いのは噴煙、その噴火衝撃でさっきの大波が発生したんでしょ、船は前からの波には強いけど、横からの波には弱いから転覆しやすいの」



 エンリケは知っていたけど、他の皆は海底に火山があるという事に驚いていた。

 そうだよね、潜水艦も無いこの世界じゃその存在を知る事なんて普通は無いか。

 溶岩が冷めて島になってから上陸したとしても、溶岩を知らなければ神様が新たに島を作ったのだ、とか誰かが言ったら信じてしまいそうだし。



 そういえばどうしてエンリケは知っていたんだろう、いくら長生きでも情報を仕入れるのには限界がありそうだけど。

 ジッとエンリケを見つめていたらコソッと耳打ちして教えてくれた。



「200年前にもこの近くで島が出来る瞬間を見た事あるんだ、5年くらい住んでたからコッソリ海に潜って色々調べてたら火山の中身と同じものが海の中の地中深くにある事がわかったんだ。いや~、海の中なのにあの辺りは凄く熱かったから二度と潜らないって心に決めたくらいだよ」



「おおぉ…、歴史の生き証人…!」



「たぶんここから3つ目に見える島がその時の島だったはずだよ。地面が溶岩な分コケると凄く痛いから、上陸したら気を付けないといけないよ?」



「あ~、なんか凸凹してるイメージだもんねぇ、気を付けるよ」



 大きな波が過ぎ去って穏やかな海面が戻ると、船は方向転換し直して寄港きこうする島へと向かい、甲板に出ている人達も落ち着きを取り戻した。



「なぁ、そろそろ飯の時間じゃねぇ?」



 エンリケと2人でコソコソ話していたら、ホセが間に入って来た。



「わぁっ、びっくりした。もうそんな時間か、じゃあ…あそこの屋根の下のテーブルで食べようか」



「じゃあ俺は皆に知らせてくるね」



「うん、よろしく。その間に料理並べておくね」



 甲板の一部にほろの様な屋根が取り付けられていて、その下には固定されたテーブル席が並んでいる。

 ホセは私について来たので洗浄魔法を掛けたテーブルにカトラリーを並べてもらい、ドンドン料理を並べて行く。



 今日の昼食はホセのリクエスト通りクラーケン料理だ、ストレージから取り出すと同時に食欲をそそる香りが辺りを包み込む。 

 すると方々から仲間や聖騎士達が集まって来た。



「あはは、俺が呼びに行くより料理の匂いの方が早く呼び出せたね」



 結局エンリケが連れて来たのはカリスト大司教とアルフレドだけで、残りは匂いに釣られて集まって来たのだからそうかもしれない。



「だってこの匂いはこの辺りじゃアイルの料理だけですもの、食事の時間だってすぐ気付くわ」



「そうそう、ホセが昼はイカが良いって言ってたからすぐにわかったよ」



「それにバター醤油の匂いは引き寄せられるくらい美味しそうだからな…、実際他の乗客も引き寄せられているぞ」



 事実席に着いた私達を遠巻きに見ている人達は10人どころではない。



「こう見られてると食いづれぇな…」



「だよねぇ…、う~ん…」



 私は意を決して立ち上がり、周りを見回した。



「皆さん、今香りがただよってる料理は商業ギルドに格安で登録されてます、食べたい人はレシピを買い取って料理してみて下さいね。調味料の入手方法も商業ギルドで教えてくれるはずですから。もし船の食堂がレシピを買っていたら食堂で食べれるかもしれませんよ?」



 そう言うと、周りの人達が静かにフェードアウトして行った、きっと食堂へ確認しに行ったのだろう。



「よし、今の内に食べちゃおう! 食堂がレシピ買ってなくても、食べちゃったらもう見られる心配も無いもんね」



「アイルは悪い子だねぇ」



「いやいや、エリアスには負けるよ~」



「「ふふふふふふふふ」」



 笑顔で睨み合う私達を放置して、皆は順調にクラーケン料理を消費していった。

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