魔法使い少女は帰りたくない
青キング(Aoking)
プロローグ
朝のリビングのテーブル上で倒されたコップが、リンゴジュースを絨毯にぶちまける。
「あちゃ、絨毯が」
途端に椅子から立ち上がった学校制服の青年梶崎 渉は、短めのざんばら髪の下で慌てた表情になって滴る牛乳を目の当たりにしていた。
「ごめん、渉。肘が当たっちゃった」
渉の真向かいに座る浅葱色をした髪の、毛先が外にはねているストレートカットの少女が誠意なく謝った。
彼女の手抜きな詫びに渉は眉根を寄せる。
「謝る気ないだろ、お前」
「そんなことないよー」
見向きもせず答え、少女はジャムの塗られたトーストにかぶりついた。
「はぁあ」
暢気に朝食を食べ始めた少女に、渉の嘆息も致し方ない。雑巾をとりにキッチンに向かう。
自身が肘に当てこぼした薄黄色の飲料には気にもかけず黙々とトーストをかじる少女を尻目に、渉は雑巾片手で染み込んでいく牛乳を拭き取ろうと絨毯を叩く。
「ダメだ、ほとんど染みてる」
「渉、パン冷めちゃうよ」
「ったく、朝は時間ねぇーのに」
「私がもとに戻してあげるよ」
「いいよ」
深く考えずに言った少女に、気だるく手を振って提案を却下する。
彼のいいよ、を肯定と間違って汲み取りすぐに手の届く所に立てかけておいた先端を星に模した木の杖を、シミになりかかっいる部分に振りかざす。
杖の先の星が内側から強く光る。
急な杖の発行に、渉は気圧されつつ尋ねる。
「なんの魔法だ、これは」
「これを吹きかけるとシミが綺麗にとれるんです」
「通販番組の売り文句か」
彼の突っ込みの終わりと偶然同時に、シミの部分に光の礫が降り注ぐ。
光の礫が降りやむと、杖の先の光も薄れていく。
「見てくださいシミが消えています」
「す、すげぇ。ほんとにシミがない」
魔法って日常生活にすごい役立ちそう、まじまじとシミを宣言どうり消し去った少女の魔法に圧倒され大きく見開いた目で眺めた。
驚くを隠せない渉に、使った少女は寂しい胸を反らして得意がる。
「これくらいなら寝起き前だよ」
「朝飯前だろ、寝ながら魔法使う気か」
「細かいことはさておき、早く食べようー渉。魔法使いが魔法を使うにはエネルギーがたくさん必要なんだから」
魔法のあることが世の常識みたいにそんな会話をして、二人は平然と朝の食卓に戻っていった。
__魔法。
それはファンタジー世界やドラマでしかあり得なかった、特定の事象を引き起こす超常的な力。
その力をいともたやすく発揮した彼女こそ魔法を操る魔法使いであり、渉を含める普通の人間が住むこの世界とは全てを異にした魔法世界の人間なのである。
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