超克のディザイア ー小さな太陽ー

和風(wakaze)

序章 「光 The beginning of everything」

 薄暗い空があった。

 分厚い雲が空にふたをしており、空の青と太陽の赤を覆い隠している。

 灰の色をした曇天、その下には幾つかの山脈の姿があった。


 山脈の間を流れる風が、木々を騒めかせる。

 多くの木々が並ぶ空間、森だ。

 ならば生き物の声も聞こえて然るべき。しかし、獣の姿は一切見えず森に響くのは木々の騒めきだけであった。


 騒めく森を頂く山々に囲まれた平地は、盆地と呼ばれる。

 盆地の北側に存在する山々から、幾本かの水の流れが集まり、平地で一本の川となる。 その川は、海に面した南側に存在する二つの山を分かつかのように海へと流れていた。

 川の中流、盆地の中心となる川の合流部分、支川しせんと呼ばれる地点の周辺に点在しているのは家屋かおく。 村だ。


 木材と藁で組まれた家屋の群、今は太陽の見えるはずの時間帯であり、本来なら人間の動きがあってしかるべきだ。だが家屋の扉や窓は締め切られており、こちらもまた静まり返っていた。


 風の音だけが支配する空間に、変化があった。

 変化の起こりは、揺れ。

 地を突き上げるような縦揺れが、村を、森を、山を、そのすべてを揺らした。


 突き上げとともに響いたのは、轟音。

 大地を割り穿つような音が、最初は籠るように、段々と叩きつけるような音に変わっていく。

 揺れと音、その二つの始点は、盆地の東側、盆地を囲む山脈の一つ。ふもとに小さなやしろと洞窟を備えた山であった。


 山の麓、社の傍には村に住んでいるのであろう人々の影。

 彼らは、全員が同じ白装束しろしょうぞくまとい、白い布で顔を隠している。

 白い布で隠された人々の表情を、確認することはできない。ただ騒然そうぜんと山を見あげていた。

 彼らが見つめるのは山の中腹、轟音の始点となる場所だ。


 そこは何の変哲へんてつもない森。

 突如とつじょ木々の底、地表が浮き上がり、耐え切れず大地が割れた。

 割れ目の隙間から光が溢れだす。

 木々がなぎ倒され、大地の割れは一瞬で大穴となり、そこから現れたのは、一束の極光きょっこう

 今までの揺れも轟音も、すべて光が大地を穿っていた音だったのだ。


 極大の光は、いくつもの光の束がひとまとめになったかのようで、破壊の力を持ったそれは、だが優しく祈るかのような光だ。

 極光は一直線に空へと向かい、天井となっている、分厚い雲に突き刺さる。

 雲が極光を受けてたわむ。一瞬の抵抗の後、何かを砕くような音が響き、光が雲を突き抜けた。


 そして、祈りの光は確かに空へと届いた。それと同時、暗雲あんうんと立ち込めていた灰色の雲は失われ、現れたのは晴天の空。

 青い、蒼い空と赤い、朱い太陽であった。


 すえを見上げていた人々の一人、誰かが小さくつぶやく。


「……あぁ、あぁ、神よ。我らの願いを聞き届けて下さったのか」

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