Day.4 琴

 音楽だけを道連れに、冥府の底へと降りてゆく。竪琴を弾きながら歌う娘はめしいのようであったが、その足取りに迷いはなかった。炎がそこかしこから舌を伸ばしているが娘の足を舐めることはなく、深い闇も目を閉じている娘にとってはなんら障りにはならず、魔物たちは頭を垂れて道を空ける。娘を阻むものはなにもない。

 娘が知っている歌の半分ほどを歌い終えた頃、坂道は終わり川が現れた。娘は足を止めず歩き続けた。ごうごうと鳴る川へと娘が足を踏み入れようとすると音もなく水が割れて彼女を迎え入れ、対岸につくまでその水は大人しく控えていた。

 娘が知っている歌をひとつ残してすべて歌い終えた頃、大きな扉が現れた。巨大な神殿のような、正確な四角い箱のような建物につけられた扉である。そっと表面を撫でると、まったく凹凸がなく、金属でも石でもない。

 開かぬ扉の前で、娘は最後の歌を歌い始めた。その歌は扉の前で渦を巻き、そして、扉がゆっくりと開き始める。隙間から歌が流れ込んでいく。娘の歌は扉を開き、向こうにいるものへ呼び掛ける。闇が扉の向こうからかいなを伸ばす。娘は歌いながらその腕に抱かれた。

 ──冥府の誰もが娘を歓迎していた。魔物も、炎も、水さえも。闇が地上へ向かうための入れ物となるべく娘の献身を、冥府のすべてが讃えていた。あの光あふれる場所へ至るための手段を、彼らはようやく手に入れた。

 娘が目を開く。そこには目玉がなく穴ばかりがあり、そのうろへと闇が吸い込まれてゆく。娘が目を閉じる頃には扉の向こうにはなにもなくなっていた。すべてが娘の中にあり、娘は闇を孕む母となった。

 闇の母は地上へと向かう。歌だけがその道連れである。すべてを歌い終えた筈の彼女が歌うのは、地上ではもう誰も歌わなくなった歌だった。

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