Day.2 吐息

 微睡む彼がときおり漏らす吐息が花を産むため、その洞窟の中にはさまざまな花が咲き乱れていた。春の色鮮やかな花が爛漫と咲き誇る隣に、秋の白い花が静かに佇んでいる。背丈の低い黄色い花が絨毯のように広がる一角も、高く生い茂る草で視界が遮られるような一角もある。……彼はその花々に埋もれるようにしてそこにいる。その姿は隠れきっておらず、大きくねじれた四本の角が花の陰から突き出ている。雄大な山々のような曲線をえがく背中がゆっくりと上下して、それに伴い漏れる吐息が花を咲かせた。

 一方洞窟の外である。

 闊歩する彼女が漏らす吐息が木々を枯らすため、その森には生き物の気配がなかった。若木は育つ前に枯れ、かつては神木として天高く枝を広げていた大樹も倒れている。鳥も獣も消えてしまった。……彼女はその身を隠すものなどない枯れ果てた森を歩む。鱗は所々剥がれ落ち、背に何本も剣が刺さっている。六本の足で歩く度、その背から血が流れ細い滝のようになっていた。

 彼女と彼はかつて夫婦であった。刈り取る白い竜と、咲き誇る黒い竜。ふたりが共にいた頃は問題なく世界が巡っていた。けれどふたりは袂を分かち、洞窟は花で埋もれかけ、森は滅びかけている。

 竜殺しが成るその時まで、彼らの吐息は花を産み、枯らし続ける。

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