2020年度novelberまとめ
新矢晋
Day.1 門
その門の脇には高い椅子がある。そこには背に翼、頭頂に光輪を持ったひとが腰かけていた。長く黒々とした髪は地面へ滝のように流れ落ち、濡れたように光る目は虚のように黒一色であった。
一人の男が門の前に立ち尽くしている。裸足で、襤褸切れのような服を着ている。世界の果てから歩いてきたかのように疲労困憊しており、薄く唇を開けたまま門を見上げている。
翼人はその男を気にもせずただ宙を見ていた。門以外には何も存在しない、ただ広々とした空間にはかれと男しかいない。門は何も隔ててはいないが固く閉ざされている。
「通ってもよろしいですか」
掠れた、猫の足音のように小さな声だったが、翼人には聞こえたらしく目線がそちらへ向いた。深い穴のような目に見詰められた男は息を止めた。
「門とは通るものである」
空気が震えた。翼人の声は様々な楽器を一斉に鳴らしたような響きであった。男は門へと近付くと、恐る恐る手をかけ押し開いた。音もなく開いてゆく門の向こうには暗闇と、その向こうに一筋の光がある。男はそっと唾を飲むと暗闇の中へと歩き出した。その姿はすぐに見えなくなり、門はひとりでに閉じた。
その直後か、あるいは数百年後か、また一人の男が門の前に現れた。歩きやすそうな靴と温かそうな外套を着た、若々しい男である。門を見上げた男は眩しそうに何度かまばたきをした。
「通ってもよいでしょうか」
溌剌とした声だった。翼人は男の方を見ると、ゆっくりと唇を開いた。
「門とは通るものである」
空気の震えに身震いをしてから、男は門へと手をかけた。開いた門の向こうには暗闇がある。その奥に見える光を目指し、男は歩き出した。闇に飲まれた背の後を追うように門は閉じた。
翼人は身じろぎ一つせず椅子に腰かけている。すべてのひとびとがこの門を通るその日まで、かれはそこで待っている。
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