2.トマト

「はぁ~、たまらない…!」


 自宅に帰ってきて、ベランダ菜園のプランターへまっしぐら。この苗の成長、実の成長を毎日確認することが、俺の日常だ。


 プランター栽培などと言うと女子供主婦年寄りの趣味だと思われがちだが、自身で育て、その成果を食らい、己の血肉にすることに俺はたまらないロマンを感じる。


 栽培するのは個人の趣味も大いに反映されることだろう。何と言っても、俺はトマトが大好物なのだ。あのプリンっとしたフォルム、つややかな手触り、愛らしい色、甘みも酸味も感じられる個性豊かな命の味。どれもが俺を刺激して止まない。


 実をつける前から、トマト固有のあの少しだけ青臭い香りが苗からも漂い、その匂いに満ちた空間で深呼吸することは、育てていないと味わえない癒しである。


「今日もいい色になったね」


 声をかけようなどと考えて言葉を発している訳ではない。これはごく自然に、俺の口をついて出てしまう類のものなのだ。


 楕円型の握りやすいこの形、これでもトマトである。これはアイコという品種で、トマト独特のあのジュルジュルとしたゼリー部分が少ないのが特徴だ。トマト好きにはあそこがたまらないポイントなわけだが、以前仕事が忙しすぎて熟したミニトマトを落としてしまったことがある。その時の大惨事といったら……。それにこのアイコというトマトは、普通のミニトマトに比べて病気などにも強く、多少水やりができなかったとて枯れたりなどしない初心者向けのありがたい品種なのだ。


 シャツの袖をまくり上げ、赤と黄色にほどよく熟れた実をプチプチと収穫していく。ああ、俺は今、命を摘み取っている。こんなに美味しそうに実を生らし、色をつけ、今にも食べてくださいと主張している。


 たまらなくなって、スラックスで軽く表面を拭き取り、口の中へと放り込んだ。


 夕刻まで日に当たっていたせいで、ほんのりとあたたかいことが一層命を食べていることを実感させる。つるんとしたその表面に歯を立てると、ぷつりと中に閉じ込められていた果汁や種などが口の中へ広がっていく。しっかりとした果肉に、少なめの種とゼリー状の部分が口内を埋め尽くしてく。


「ああ、美味い」


 今年はだいぶ甘く育てることができた。お天気にも恵まれたことも大きいだろう。


 一つだけでは収まる訳もなく、もぎ取ったばかりのトマトをぽいぽいと口に放り込んでしまう。こんな贅沢はやはり、育てなければ分からない快感だ。


 ミニトマトは一度生りだすと、毎日収穫しないと追い付かないくらいに大量に育つ。摘果したりしても、その数はなかなかの量になる。だから俺がこれだけ食べたとしても、まだまだ楽しめるということだ。


 キラキラとまるで宝石のようにその生命力を漲らせているトマトたち。土を配合し、苗を植え、水をやり、毎日様子を見守ってようやく収穫できた喜び。不味いはずもない。


 手のひらいっぱいにトマトを包み、キッチンへと移動した。


 トマト料理はだいたいやり尽くした。さて今夜はどんな料理でいただこうか。それに頭を悩ませることも、俺にとってはたまらないポイントなのだ。




栄養満点、フォルムも可愛い食べ物度 ★★★★★

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る