Ruin of the DoLL

夕凪あすか

1. 邂逅

 滅びゆく星

 忘れさられしいにしえは生と死のしんえんたり

 のこされしあいの運命よ

 脈打つ刹那せつなの生命よ

 未来を望む黄昏たそがれ

 黒き大地が時をきざみ、白き海が過去を示さん

 来たるべきはせいらんの少年としょこうの少女なり



 かつて星を支配し、その全てを手にした超古代文明《失われた旧世界》。

 彼らは自然と生物を意のままに創造・改変する力を持っていた。

 その力はぜつみょうな加減で制御され、洗練されたちつじょは数万年も続いた。


 しかし、そのはんえいも永遠に続くことはなかった。


 わずかなゆがみが社会の基盤をむしばみ、

 内部で争いをまねき、

 世界の安定に使われてきたその技術は

 やがて戦争の道具へとへんぼうした。


 生命工学と機械工学の融合により生み出された人工生体兵器《戦闘生物》の登場は

 戦いのしゅうえんをもたらすとともに、結果として文明のしゅうえんを告げた。


 そんな世界で残された現人類はわずかな資源とわずかな希望を手に、死と隣合わせながらもけんめいに生活をいとなんでいた。

 時には戦闘生物を狩り、時には戦闘生物とともに暮らすという具合に。

 

 ところが、ここ数十年で大きく世界が動き始める。

 《失われた旧世界》の遺跡を発掘し、一部だが《失われた旧世界》の力を得ることに成功した集団が現れた。

 

 彼らはその技術を元にこの時代で初めての国家『帝国』を築き上げ、その勢力を拡大していった。

 再びかつての人類の栄光を取り戻すことをちかう帝国は、その圧倒的な軍事力を行使することで世界を手中に収めようとしていた。

 

 そして、帝国が造り出した最強の戦闘生物『ヴェーガ』は、他の戦闘生物や反帝国勢力をちくしながら、帝国の恐怖の象徴として君臨することとなる……




 クローラ砂漠の、特にここフェゾンきょうこくから見上げる夜空は、季節や時間帯によって表情を変える。

 その表情は非常に豊かで美しいもので、見ているものを飽きさせることはない。満天のかがやきは宇宙のそうだいさ、そしてその星空が見えることは、同時にこの星が生きていることのあかしであった。


 そう、この星はまだ死んではいない。夜空は旅人の心の渇きをいやすだけでなく、希望の道しるべだった。


 しかし、その雄大な星空を見上げている者は誰一人としていない。

 聞こえてくるのは乾いた砂の道を走る音、そして乱れたあらい呼吸だけ。

 

 走る少年の表情はとても苦しそうだ。星のかがやきなんて彼の瞳には映っていない。

 星の代わりに脳裏に映っているのは背後から追ってくる者達。光を照らして少年を追っているのは村人でもなければ、商人でもとうぞくでもない……帝国軍だ。

 

 少年は帝国軍に追われる理由がわからなかった。確かに少年はこのきょうこくの村フェゾンにひそかに入り込み、何か使えるものや売れそうなものはないか探していた。これはれっきとしたせっとう、犯罪行為だ。言い逃れはできない。

 だがこれは帝国軍に関係のない話だ。ここは帝国領ではない。ここに帝国軍がが問題だった。


 少年の名はセイル・ナツァス。セイルは幼い頃からトレジャーハンターでもあり、そしてようへいでもある。両親の顔を知らず、あるようへい部隊とともに育ち、部隊が特定危険種に襲われた時、彼はゆいいつの生存者として何とか逃げのびた。それ以来、彼はこのすたれきった世界を転々としながら生きてきた。もちろん、生き抜くために何でもこなしてきた。

 盗みや殺しも一度や二度じゃない。子供ではあるが、腕前は高く評判もあった。一番多くった仕事は特定危険生物の討伐や古代遺跡発掘調査の護衛で、このすたれきった世界では当然ともいえる。


 それでも、帝国と関係をもった仕事も、帝国を相手にした仕事も今まで一度もなく、今日もたまたまこの村に侵入しただけだった。まさか村人が一人もおらず帝国軍がこんな辺境のきょうこくに、しかも中隊規模で来ていたとはセイルは想像もしていなかった。


「ハァ……ハァ……くそっ!なぜ帝国軍がこんなところに」


 帝国軍に見つかってしまったのはセイルのミスだった。

 村の広場と思われる場所に、多くの明かりと人のはいを感じ、彼は村人たちが夜の集会あるいは祭りをしているものだと考えた。そのため、村長の家らしき住居に忍び込み価値がありそうな地図や書物、あとがたなを頂いた。辺境の集落や町が広場や丘で集会や祭りをすることはよくあることだ。

 用が済み帰ろうとした時、大勢の足音と光がこちらに来た。当然、セイルは見つからないように裏口からしんちょうに出たのだが、相手の目はごまかせなかった。まさに運がなかった。

 

(ちっ、このまま逃げ切るのは無理だ)


 彼がすぐにそう判断したのは当然だった。相手は村人ではなく帝国軍。

 帝国軍の砂漠での作戦においては〈デュプラ〉と呼ばれる小型の恐竜のような二足歩行生物に騎乗している兵士がいる。デュプラはこの時代の代表的な移動用動物であり、様々な地域で運用されている。デュプラの足は速く、鼻も鋭い。乗り手をにおいによって判断しており、敵味方識別能力が高い。ただ若干、視力が悪いのが欠点だった。


 セイルは一応、デュプラの鼻をさせるような煙玉を地面にまいてはいるが、軍用デュプラに効果があるのかはわからなかった。訓練すれば耐性の獲得もありうるからだ。それに帝国軍のデュプラは速いというでも有名だった。そのため、セイルは落差やがけの多い北の方向に逃げていた。少しでも追っ手をまくにはこれしかないのだ。


 ここに来る前の町でセイルは北に行くほどきょうこくは複雑に、そしてより深くなるという話を聞いていた。それは事前に地図でも確認していた。それにときおりきりも出るという話だ。きりが出れば帝国軍は安全のため捜索活動を一時中断し、撤退するだろう。これは人間の知覚能力よりも野生戦闘生物の方がはるかに優れているためだ。きりの中では戦闘生物に襲われる可能性が高く、その危険性は非常に大きい。


 セイルはきりが出ることを祈りつつ、大きな岩の後ろに隠れた。


「ハァ……ハァ……」


 全力で走り続けたために足は限界だった。頭の中ではもっと遠くに逃げるべきだと思っているのに、身体は動かない。

 悲しい現実だった。


(この状態で見つかったら終わりだ……)

 

 この場から逃げると仮定した場合、立ち上がりからの姿勢変更と、完全に走るまでの体勢移行時間で、デュプラに勝てないという予測がようにできた。また、すぐに走ることができるよう体勢を準備していたとしても、デュプラの走行速度に勝てるはずがない。つまり、逃げることは事実上不可能。それすなわち死だ。


(誰も来るな……誰も来るな……)

 

 セイルは心の中で祈り続ける。

 一分一分が一時間程に感じられるほど時の流れは遅い。

 まさにごくの時間だ。恐怖で心臓が高鳴り、脈が速くなっている。

 

 ドクンドクンドクン……

 

 心音があまりにも大きい。大きすぎる。この心臓の音を帝国軍が聞きつけるのではないかと思い始めてしまうほどに。静めたくても静まらない。


 だが、ここで事態は急変する。

 

きりだ)

 

 セイルは気が付いた。きりだ。彼の祈りが通じたのかきょうこくに白いきりが出始める。

 白いきりはセイルが想像する以上の短時間で、どんどんフェゾンきょうこくを覆い視界をさえぎっていく。


のうだ。これはありがたい)


 彼は心からあんした。

 こんなにもタイミングよくきりが出るなんて、奇跡としかいいようがなかった。帝国軍は安全面をこうりょし、一時的に捜索を中止することだろう。


「これで助かる……」


『こちら第五小隊。本部、応答せよ』

『第五小隊、こちら本部。どうぞ』

『北のきょうこくで目標の捜索を行っていたがきりの発生を確認。目標を完全に見失った。指示をう』

『第五小隊、周辺を。目標を生かしておいてはならない。必ず始末せよ。間もなく、フェベル大佐率いる特別こう大隊がこちらに到着する。どうぞ』

『こちら第五小隊。本部、了解した。目標の捜索を継続する。通信終わり』


 ところが、帝国軍は通常の任務規定を適用せず、そのままセイルの捜索を継続する。

 そして、きょうこくまで探索域を拡大させた。セイルが隠れている岩の近くまで、帝国軍兵士が迫ってきていた。

 

 ザッザッザッ

 

 足音が段々と近づいて来る。

 セイルが見つかるのは時間の問題だ。だが、疲れきっている身体はなかなかいうことを聞かず、彼は全くその場から移動することができない。


(もうダメだな……)


 抵抗しても勝ち目はない。そう思い、セイルは覚悟を決めた。人が死ぬ瞬間というものはいつくるかわからないが、いつか必ずくるものだと彼は日々思っていた。


(ああ、死ぬんだ……)


 それに彼はこの荒廃しきった世界からおさらばできるということがまんざらでもない。

 

 今、人類は少しずつ数を減らし、確実に滅びの道へ突き進んでいる。生態系の頂点だの、この星の支配者だの、というのは太古の話だ。人間が人間として生きるのは極めて厳しい。毎日が戦いという人も多いだろう。へいおんな世界、平等な世界というものは影も形もない。弱肉強食の世界。環境に適応できないものはただ死ぬだけだ。そんな世界のため、自分が死ぬことなんて大したことではない。いずれ、全ての人間が死ぬのだ。この世界に未練なんてないのだから。

 

 だが、彼の予測は外れた。

 セイルの右手が後ろの何か固いものに触れたその瞬間、彼の目の前は真っ暗になり、身体の様々な感覚がなくなっていた。


「なんだ!」


 帝国軍に追われているということを忘れ、思わずセイルは大きな声をあげる。

 彼の声は上下に反響しており、どうやらセイルは上から下へすべっている、あるいは落ちているようだ。段々と周囲が明るくなり、セイルは自分が落ちていることを確信した。


「うわあああああああぁぁぁぁーーーー」


 下をのぞいても底は全く見えない。かなりの高さから落ちているようで、セイルはやはり死の覚悟を決めた。どう考えても、こんな高さから落ちたら死確定だ。

 ところが、全然下が見えてこない。かなりの時間落ち続けているのだが、不思議なことに底に着かないのだ。それに落下速度は徐々に遅くなってきているように彼は感じている。いや、確実に落下速度は遅くなっていた。身体や顔に当たる風の勢いがだいに弱くなっているのだ。


(一体、これは……どうなっているんだろう、それに地面だ)


 下を見ると白い地面が見える。

 さっきまで底は見えていなかったはずなのだが、今見れば底が見えた。まるで地面に着地するために落下速度が減速していくようだ。落下速度は最初に比べてかなりゆるやかな速度になっていた。

 そして今まさに止まりそうな速度までに減速。

 接地まで間もなくだ。セイルは目に見えない力に身を任せるしかできなかったが、彼の身体はれいに地面に立つように着地した。かすり傷一つ付かなかった。


「ここは一体……」


 足から伝わる感触で、足元の白い地面は非常に細かい砂であることがわかった。だが、その砂の層の下にかたい感触が有り、足が地面に食い込むことはない。ゆっくりとセイルは周囲を見渡す……帝国軍の姿はない。というより、人の気配そのものがなかった。


「ひとまず大丈夫そう……」


 気温は適温という感じだ。湿度もちょうどいい。乾ききった砂漠とは大違いの心地よい感じだ。空気もみ切っている。有毒ガスがまっていることもなさそうだ。呼吸に問題は感じられなかった。


「ここは、どこだろう?」


 セイルが見上げると天井を確認できた。

 このことからここは地下空間のようである。が、それにしても通路の幅は広く天井は高い。それに、前も後ろも奥が見えないほど、先が続いている。さっきいたフェゾン村の人達が、このような地下空間を作り上げたとは非常に考えにくい。


「全てが荒廃したこの世界で、このような建築技術をもっているのは帝国ぐらいだ」


 セイルはまだ帝国軍が自分を追ってきていないか、十分に周囲を警戒しながら先へと進んでいく。ここが帝国軍の秘密基地という可能性を簡単に捨てることはできない。


「だが、このあたりはそもそも帝国の領土ではないはずだ……」


 セイルは手帳を取り出し、今まで集めた情報をもう一度確認する。


「帝国軍がこんな辺境の地に来ているなんてありない。資源もない。やはり基地を作る場所にもならない。近くに奴らの基地もない。ここが基地という可能性は低いはず」


 ようへいとして、トレジャーハンターとして今日まで生きてきただけに、どうもここ最近の帝国軍の動きはおかしく感じる。彼のかんでは非常にやっかいな話に首を突っ込んでしまったようだ。


「帝国軍の連中、またどこかで戦争でもする気か?そういえば、うわさで聞いた気がする。かつてない強力な部隊ができたとか……」


 長く広い通路を左側の壁伝いに歩いていると、地面や壁、天井の材質が変わった。セイルの足元からは粘土と岩の中間ぐらいの「やわらかくもかたくもない」という感触が伝わってくる。砂はなかったし色も少し灰色がかっている。


「困ったな、方向感覚がまるでない。風の流れもない」


 何とかしたいが、すべもないのでただ途方に暮れながらとにかく前に進んでいくセイル。


「さっき射殺されていた方がよかったかもしれない……」

 セイルはなおにそう感じた。

 射殺されるよりもする方が苦しい死に方だからだ。


「何か目印になるものはないか……」


 一応、通路みたいな空間であるからセイルは何か標識や印がないか探しながら歩いている。

 すると、水色の線がひとすじ、壁に書いてあるのを見つけた。それはペイントのように見えたがどうやら違うようだ。


「これは、何だろう?液体?流れているように見える。一体どこから?」


 後ろを見ると水色のりゅうたいは壁伝いにずっと続いており、下にれることなく一直線に流れていた。とにかく、セイルはこの液体の流れる方向を目印に歩いてみることにした。

 通路はときおり、右や左、あるいは正面など多くのぶんが存在した。左の壁を伝う水色液体はずっと先まで続いており、ある時は地面を横切り右の壁へ、ある時は地面に下りて十字路を直進して壁に戻ることもあった。これによりセイルは、左側の壁の目印という意味でこの水色の液体が流れているわけでなく、流れているということを確信した。


「ここは《失われた旧世界》の遺跡かもしれない」


 《失われた旧世界》は、この荒廃しきった世界のはるか昔に存在した文明であり、世界が荒廃する原因を作った文明でもある。

 世界には《失われた旧世界》の遺跡がいくらか残っていることが確認されている。それらの調査から《失われた旧世界》は、あらゆる分野で驚くほど進んだ技術を持っていたことがわかっているが、ほとんど遺跡は解析されていない。あまりに技術の次元が違うからである。だが、それ以前の問題があった。まず大半の遺跡は入ることができない、あるいは内部における十分な調査ができないという問題である。

 しかし、《失われた旧世界》の力を一部だが手に入れた集団がいた。。帝国はこの荒廃した時代最初の〈国家〉であり、〈軍隊〉と呼ばれる強大な戦闘集団を有している。


「もし、ここが《失われた旧世界》の遺跡だとしたら、奴ら……」


 帝国は建国と同時に、領土拡張政策を開始。その圧倒的な軍事力と統率力で次々と周辺地域を支配下に置いていった。特に《失われた旧世界》の遺跡がある地域は優先的に侵攻していた。


「やはり、なんとかしてここから出ないと。ここも安全とはいえない」


 相当長い距離を歩き続けていると大きな壁に突き当たった。その扉はセイルが押しても引いても動かない。この大きな壁の下に水色の流体が集中している。


「この先に、何かありそうだけど……」


 この壁はセイルが今まで見たことない物質で構成されていた。試しに彼が触わると若干冷たかった。鉄ではない。それ以上のかたさだ。この重厚感……やはりこの時代のものではない。


「やっぱり、《失われた旧世界》の物質か」


 セイルは古代遺跡発掘調査団の護衛任務を受けたことがあり、《失われた旧世界》の遺跡の構成物質はここと同じく非常にかたい。ようへい兼考古学者助手として、雇われた彼は非常に興味深い事実も遺跡内で発見していた。


「ここの遺跡は、どうやら危ない遺跡のようだ」


 遺跡の多くは地上から地下にまで続いており、所々に案内標識らしきものがあった。文字も多く書かれてはいるが、その大半は解読されていない。だが、セイルは特定の規則があることを発見した。決まって、その文字列がある場合……調査団は〝壊滅〟あるいは〝行方不明〟になる。前回の遺跡調査でも同行したセイルは生き延びたが、依頼主も含め当時同行していた調査団員は全て死亡した。

 今、目の前に書いてある文字をセイルはいくも見てきた。


 ……そこにはこう書いてある。


〈生体兵器 第二評価試験場〉


「 ……生体兵器。だが、ここしか行く先のあてもない。ここがまさか戦闘生物のそうくつとはね」


 彼の手には自作した小型の銃が握られている。装弾数は五発。弾はこの時代では珍しいさくれつ弾を使用している。


 《失われた旧世界》の戦争でつくり出された負の遺産〈戦闘生物〉

 《失われた旧世界》の技術により生み出された人工生命体である。

 遺跡の守護者として立ちはだかる種《古代種》はいるが、戦闘生物のほとんどは自然界へと拡散していった。彼らはぞんの生物と争いながら新たな生態系を築き上げ、独自の進化をげている。弱肉強食、自然淘汰とうたの原理が人間にようしゃなくきばをむき、力のない人間は殺されるだけ。

 ただ、ある種の戦闘生物たちは環境適応のために、本来もつ戦闘能力は低下しており生殖能が発達。通常の生物と同じく自然の中で暮らしている。それに、デュプラのように人間に使われている戦闘生物もいた。《新生種》である。だが、かつての人類の繁栄は今や遠い過去の話だ。

 

「最悪」


 セイルは戦闘生物がうごめく、多くの《失われた旧世界》の遺跡を調査し、生き延びたことがある。もちろん、銃の弾なんてすぐにきる。戦闘生物を相手に武器なんて気休め程度である。彼の本当の武器は、どんな状況下でも的確な判断することができるその才能だ。いかにして生き延びるか、すなわち、いかにして切り抜けるかという判断力である。

 実際問題、武器があったとしても戦闘生物を倒すのは至難のわざだ。特に携帯武器だけでは、まず倒すことができない。帝国軍でさえ、多大な被害がでるのだから。特に遺跡に生息する戦闘生物の場合、自然環境中にいる種に比べ、再生能力と攻撃力が非常に高い傾向にあった。


「……………………」


 彼は壁に埋め込まれた透明なプレートに《失われた旧世界》の言葉を入れていく。プレートに文字をなぞるだけで、文字が認識される仕組みだ。大半の遺跡はセイルが知っている言葉を透明プレートに入力すると扉が開いた。今回も、どうやらうまくいきそうだ。

 セイルは開き始めた壁から素早く退き、銃を構える。


「ちっ!!」


 扉が完全に開く前にセイルは素早く身体を横に寄せた。


 壁の先にいたのは大型の二足歩行戦闘生物である。そいつはこちらを見るなり、突進してきたのだ。おそらく、ちゅう類とこうかく類をもとにつくり出されているのだろう。大きな尾と縦のどうこうを持ち、内骨格とは別に外骨格……これは強化外骨格と呼ばれる、装甲のようなかたこうかくに覆われている。通常の生物には存在しない。右腕は大きな盾のように肥大化しており、左腕にある目玉がセイルをしっかり捉えていた。

 この戦闘生物は《失われた旧世界》では〈試作型デバスタ改〉と呼ばれていた存在で、知能が比較的高い部類に入る。生物系寄りの戦闘生物だが、一部臓器を人工物と置き換え、さらに神経系を改良することで運用可能期間の延長に成功していた。


「デュプラの上位種?腕に目玉とはご先祖様、恐ろしいもん造ったな」


 銃の一発を試作型デバスタ改頭部へうが、盾の右腕で防がれた。その間に二発目を左腕の目玉に撃ち込む。が、


「うそ!」


 試作型デバスタ改はその巨体に似合わず、びんしょうな身のこなしで右に飛び避け、そのままこちらに向かって消化液を飛ばしてきた。セイルもかんいっぱつ、消化液を回避する。それを見た試作型デバスタ改は、大きくうなり声をあげ、さらに興奮していた。


さくれつ弾、全然効いていないな。このまま逃げるにしても、すぐに追いついてくる」


 ちらっと、試作型デバスタ改の奥の方に道が続いているのが見えた。それに障害物となるような段差や細い通路が少し先にある。


「あそこまで何とか行くことができれば……っ来る!」


 そう思った瞬間、試作型デバスタ改の巨体は跳躍した。全くの助走もなしに。


「まずい!」


 跳躍に気づいた瞬間、セイルは前に走って大きくダイブする。セイルの身体の上を、試作型デバスタ改が飛び越えた。下手をしていれば試作型デバスタ改に押しつぶされていただろう。


じょうだんじゃないぞ、あの大きさで跳ぶというのは。何なんだあいつ!」


 すぐにセイルは体勢を立て直し、こちらに振り返ろうとしている試作型デバスタ改の脚に向かって銃の引き金を引く。銃弾は試作型デバスタ改の脚に命中し爆発。緑色の血液が飛び散った。銃弾がさくれつした箇所は傷ができている。試作型デバスタ改の背面側はこうかくに覆われていない。通常の銃弾でもおそらく損傷を与えることができる。


「どうやら、後ろ側が弱いみたいだな」


 そう言いながらもセイルは全く喜んでおらず、すぐに銃弾を再そうてんする。


「だが、こういう大型タイプはしぶとい」


 彼の予想通りその傷は段々と治っていく。しかも、身体前面部分と同じようにこうかくで覆われ始めた。


「どうやら、相当やっかいな相手だな」


 さらに驚くべきことに、試作型デバスタ改の攻撃パターンが変わった。先ほどまで突進や跳躍といった、勢い任せの攻撃だったのだが今、こちらの様子をうかがうようにゆっくりと間合いを詰めてきている。


(知能が高い。学習したのか?)


 セイルの後ろには奥へと続く道がある。これはおそらくチャンスだ。しかし、このまま試作型デバスタ改から逃げようとすれば、確実に殺される。


「これで!」


 銃を二発放ち、腰のベルトにあったせんこう弾を試作型デバスタ改に向かって投げた。そして、すぐさま後ろに振り返り走る。走りながら、かばんの中にあるきゅうかく煙玉を地面に落とす。

 こちらをぎょうしていた試作型デバスタ改は突然のせんこうに驚き、視力を一時的に失った。さらに、不意を突かれたことできゅうかくの感度も低下したため、セイルの居場所が正確にあくすることができない。


「ハァハァ……」


 そんな後ろの様子を見るゆうも、考えるゆうもなく、セイルは大小の段差を越え、壁側にあった細い道に入り込む。そしてそのまま一気に道を突き進み、大きな部屋にたどり着いた。


「なんだ、ここは?」


 セイルは奇妙なところだと感じた。

 何の飾り気も、文字もない部屋。扉もない。


「何だ」


 セイルが周囲を見ていると急に部屋全体が下降し始める。


「これは、部屋が下りている?」


 部屋の動きが止まると新たな道が現れ、セイルは再び歩き出した。

 周囲の雰囲気がさっきまでと違っている。なんというか重い感じだ。全体の構成物質もよりがんじょうで無機質なものへと変わっている。入ったらいけないような感じだ。


「また、危ない感じがするが…………ん、行き止まり?」


 一方向の通路を歩いてきていたので、他に道は存在しない。引き帰ろうとする。


「うわっ。何だ!また動いているぞ」


 また足元が前触れもなく動き始めた。床は下へ下へ。

 動きが止まると、《失われた旧世界》の透明プレートが壁に表れ、セイルはちゅうちょすることなく《失われた旧世界》の言葉を入力した。今回も入力した言葉が正しかったのだろう。

 青色にプレートが光り、何重にも重なっていた壁が開いた。


「……………………」


 非常に大きな場所だ。ここにはあの水色流体が集まっている。しかも、その全てがこの先にある扉に向かっていた。


「あそこに集まっているようだ。もしかして出口?」


 セイルはためらうことなくその扉に近づく。


「この扉、どうやって開くのだろう」


 見たところ何も特徴的な部分がない。取っ手もない。文字を入力するための透明プレートもない。


「どこかに何か仕掛けが……なさそうだ」


 扉が開きそうもないとあきらめていたその時、突然、セイルの首飾りが光始めた。

「えっ!」

 困惑の表情とともに自分の首元を覗くセイル。この首飾りは、彼が昔からずっと肌身離さず持っているお守りである。信じられないことに、このしなはどうやら、《失われた旧世界》のものらしい。認証を終えたのか、扉が左右にスっと音もなく開く。

 セイルはおそるおそる、その中へ進んでいく。セイルが中へ完全に入ると後ろで扉が閉まった。部屋は少し薄暗い。周囲のりんかくがちょっとあいまいだ。


「出口じゃないのか?」


 水色流体は奥の奥へと続いている。それを追いながら、先に進むと今度は床が動き始める。床はセイルを乗せたまま、前に移動していく。そして停止。


「出口じゃないみたいだ」


〈対生命体兵器及び特殊任務用試作型DoLLドール 研究開発棟 最終調整室〉


 こう書かれた扉が目の前にある。

 セイルがたどってきたもの以外にも多くの水色流体がここに集まっていた。再びセイルの首飾りが光始め、扉が開いていく。

 とっさにセイルは後ろに下がった。戦闘生物の襲撃に備えてのことだった。が、中から飛び出してくる戦闘生物はいなかった。完全に扉が開くと、セイルは足音を立てないように中へと進む。しんちょうに、しんちょうに。


「ここは……一体?」


 大きなつつ状の物体が一つあり、そこへ水色の流体が集まっている。さらにその周囲には光る未知の物体も多くあり、分厚い紙のたばも山のように積まれている。トレジャーハンターとしては宝の山だ。しかしセイルは周りのものには目もくれず、つつ状の物体に吸い寄せられるかのように、そこへ向かって歩いている。

 目の前にするとつつ状の物体の大きさはそこまで大きくはない。つつ状の物体にはさっき壁で見たのと同じ言葉が書かれていた。


『DoLL 型式00』


「DoLL?これは?」

 手でその物体に触れてみると少しだけ、振動しているように感じられるが、それは非常に機械的なものだ。温度は冷たい。正面部分には何かの表示があるがセイルにはわからなかった。

 つつ状の物体を観察した後、彼はこの部屋を調べ始めた。トレジャーハンターである彼でもここまで完全な状態で残されている《失われた旧世界》の遺跡を見たことがない。どうやら、ここはかなり特別な部屋のようだ。まるで、誰にも知られていない、誰にも知られてはならないように、ただひっそりとここにある、そういうふうにセイルは感じた。


「まさか、本物?」


 ようやく彼は《失われた旧世界》の機器の一つを手にした。セイルは知らなかったが、手にしたのは小型の個人用電子端末であり、彼が手にした瞬間、自動的に電源が入った。


『ようこそ、マスター。お久しぶりです。現在、この端末は機密保持のためセントラル・コンピュータに自動アクセスしません』


 表示された言葉はこの時代のものではない。間違いなく《失われた旧世界》のものだ。


「《失われた旧世界》の遺産だ……」

 セイルは自作の《失われた旧世界》文字表をかばんから取り出し、文字を解読しようと試みる。が、読み解く前に次々と画面が移り変わっていく。


『最新の報告を致します。最新自己学習制圧兵器

 DoLLドール(Dominate the Latest self-Learning weapon) Type:00

 最終調整完了。

 内装に異常なし。

 外装に異常なし。

 兵装に異常なし。

 エネルギー自給システムに異常なし。

 全点検項目に異常なし』


「っ!?」

 部屋の奥にあるつつ状の物体が少しずつ動き始めた。


『外部からのエネルギー供給停止。

 試験運用のため、DoLLドール起動します』

 

 つつ状の物体が開いていく。セイルは素早く銃を構えた。心臓の鼓動が早くなり、首筋に冷たい汗が流れ落ちる。


DoLLドール……」


『秒読みを開始します。解放まで5、4、3』


(どうする?相手は何者かわからない……逃げる時間はない)


『2、1、0』


 DoLLの姿が今見えた!

 

「えっ」


 それは人間の女性……少女だ。

 髪は銀髪、服は上下一体の白色。

 そして白い服の縁は水色で、すでにくつのようなものも履いていた。

 セイルは少女の顔を見た。

 瞳は全てを見通すように青い。

 拘束具から解き放たれたその子は意識がないのか、そのまま地面に倒れそうになった。


「危ない」


 セイルが彼女を支えようととっさに歩み寄る。しかし、その前に少女……DoLLは自分で体勢を立て直し、そしてセイルの顔を見上げた。


『マスター、おはようございます』


 姿勢を戻したDoLLの姿を見たセイル。その瞬間、固まってしまっていた。

 言葉がわからないということよりも、その姿に困惑していた……彼は思考がパンクした。


(人間だよな……こんな子、見たことない。やはり人間ではないのか?そもそも、ここは《失われた旧世界》の遺跡なんだぞ。第一、帝国軍の目的は? そしてDoLLドールって何だ? もう何が何だかわからない)

 

『あ、申し訳ありません。、マスター』


 目の前の少女はセイルに対し全く危害を加える様子はない。セイルは反射的に腰の銃に手をかけていたがゆっくりと放していく。


「……大丈夫か。どうすればいい?」


 セイルの口から思わず言葉がもれた。すると、彼女がそれに反応する。


『基本言語の設定を変更しています……がいとうなし。解析開始』


 セイルは再び口を開いた。今度は《失われた旧世界》の言葉を使用して彼女に話しかける。


『きみは?』


 その問いかけに少女が反応した。


『はい、マスター。対生命体兵器及び特殊任務用に開発された、試作型DoLLドールTypeタイプ:00オーオーです』


 だが、その言葉の意味はほとんどセイルにはわからなかった。無理もなかった。どんなに優れた考古学者でも流れるように続く《失われた旧世界》の専門用語を解読できる者はいないだろう。ただ、問いに対しては答えてくれるということはセイルに伝わった。


「うーん。色々と答えてくれそうだけど、この子は何者なんだ?」


 セイルは手にした電子端末を見た。画面にはこの遺跡の立体地図が表示されており、セイルとDoLLの位置が緑色の丸点で示されていた。


「腕に装着できそうだ。一応、この機械は持っていこう」


 《失われた旧世界》の言葉を完全に理解しているわけではないので、セイルはこの時代の言葉を独り言としてしゃべった。それを彼女はただじっと見つめている。


「さて、どうしようか。きみを置いていくべきではないよな。でも、言葉は通じないし困ったな」


 腕を組んで考え込むセイル。言葉による意志つうができないのだから、身振り手振りで意思つうを図るしかなさそうだ。


「マスター、どうかされましたか?」

「! きみ、言葉わかるの?さっきはわからなかったんじゃ……」


 セイルは耳を疑った。確かに少女の言葉が理解できたのだ。


「少々、時間がかかりましたが登録された言語をもとに、マスターの言語解析を実施しました」

 きっぱりと少女は言い放った。

「……きみ、すごいね」

 これにはセイルも驚くしかなかった。

「いえ、とんでもありません。マスター。しかし、解析は完璧ではありませんので、なにとぞお許しください」

「それは大丈夫。とにかく、言葉が通じてよかった。ところで、そのマスターって呼び方、どうにかならない?僕はきみのマスターなんかじゃないし。そんなにかしこまられると、僕の方が困るというか……僕のことは普通にセイルって呼んでくれ。僕はセイル・ナツァスだ」

「わかりました、セイル」


 見れば見るほど、彼女は普通の少女に見えた。確かに学習能力は高いし、何か力を秘めているのかもしれないが、それでもセイルは彼女を普通の少女として接したいと考えていた。


「ところで、きみの名前は?」

「私の名前はTypeタイプ00オーオーですが……」

「それは名前というより番号?そうだな……新しい名前を考えよう。それがいい。きみの新しい名前は……名前……よし、イシュタルかな」

「イシュタルですか?」

「そう、イシュタル。確か昔の言葉にあったはず。これがきみの名前だ。改めてよろしく、イシュタル」

「はい、こちらこそ、よろしくお願い……セイル、何者かがこちらに接近中」


 イシュタルの表情が変わった。セイルの左腕に付けた端末でも、複数の赤い点が示されており、二人の近くまで接近している。


「どうやら、帝国軍みたいだな。すっかり忘れていた」


 帝国軍が遺跡の探索を行っているようだ。セイルは銃を取り出し、弾数を数える。残りの弾は全部で二十二発、うちさくれつ弾が三発で、四発がしょう弾、残りの十五発が通常弾だ。どう考えても弾は足りない。それに、この遺跡には大型の戦闘生物試作型デバスタ改までいる。下手してそうぐうしたら極めてまずい状況だった。


「まずは、ここから出て出口を探さないと」

 セイルはイシュタルの手を引いて、部屋の外に出る。そして二人は移動する床に立った。二人の搭乗者を確認した床が移動を始め、セイルが来た道順を引き返す。


「セイル、帝国軍というのは敵ですか?」

「どうも、そうみたいだ。追われている。僕の手持ち武器じゃ、二個小隊相手は厳しいかも。デュプラがいないことを祈るしかないな。とにかく、イシュタルは僕の後ろに……」


 帝国軍兵士の主武器は射程距離が長く、装弾数が多い〈長銃〉または強力なさくれつしょう反応を引き起こす〈対戦闘生物砲〉である。携行武器としては対戦闘生物用さくれつ球を所持している。また、帝国軍デュプラも兵士が騎乗していなければ、かなりの機動力を発揮し、鋭い爪により標的を切り刻む。何より、帝国軍は戦闘に特化した集団だ。


「では、私が全員を相手にします。セイルは後ろに下がってください」

「えっ、イシュタル何言って……きみは武器を持っていないじゃないか」

 そう言い合っているうちに床が停止した。目の前には扉があり、この先に帝国軍がいる。イシュタルは何のためらいもなく扉に向かって歩き出す。そんなイシュタルの手をつかみ、セイルは彼女を引き留めようとする。あまりにもぼうだ。


「確かに今は持っていませんが、心配ありません。これでも私はDoLLドールですから。セイル、できるだけ陰にいてください。セイルは私が守ります」

「…………わかった」


 彼女の自信に押され、セイルは引き下がることしかできなかった。しかし、いざとなれば自分が出てすぐにイシュタルを援護するつもりでいる。

 イシュタルはセイルが完全に腕を放すのを見てから、扉に近づいた。

 扉は彼女に反応し開いていく。そして開いた扉の先には長銃を構える帝国軍の兵士達の姿が現れた。デュプラの姿も多数確認できる。


「敵対対象を確認。すみやかに処理します」

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