暗闇

東風和人(こちかずと)

暗闇

 ――今日、私は死んだ。——


 四月十一日。今日はとてもいい天気で、天気予報でも傘は必要ないと言っていた。

 しかし、実際のところ、外はバケツをひっくり返したような土砂降り。そんな中、天気予報を信じて傘など持って来ていない私は、極力雨に濡れないよう、持っていたカバンを傘代わりにし、建物の屋根下から屋根下へ、まるで忍者のように小走りで移動していた。


 駅まであとは歩道橋を渡るだけだった。私は、雨が弱まった瞬間を見計らい、一目散に歩道橋を登り切り、道路の上を走り、下り階段に差し掛かった。

(駅構内にさえ入れば、あとはこっちのもの!)

 と、ほんの一瞬浮足立った私に訪れたのは、いくら足掻こうとも回避し得ることの出来ない『死』であった。


 あの瞬間、私は、下り階段の二段目からローファーを履いた足を滑らせた。駅構内から『雨は止むかな』と心配そうな表情で空を見上げる人々の目の前で。またある人は、『迎えの車はまだか』と苛立ちを隠せない表情の人々の目の前で転落した。


 転げ落ちていく最中、まるでスローモーションになったように、視界は天と地が頻繁に入れ替わる。駅構内にいた沢山の人々の表情が次々に驚きに変わっていくのを私は見た。そしてまた、今までの浅いながらも十七年間という人生の中で経験した、様々な記憶が鮮明に思い起こされる。『妹の誕生日プレゼント買ったのにな』、『家族旅行で知らない土地へ行った時のお父さんはなんであんなにも頼れるのだろう?』、『お母さん、わがままばかり言って本当にごめんね』。


(ああ、これが有名な走馬灯というやつか……)

 と、悠長に考えていたのも一瞬で、次の瞬間には、プッツリと暗闇の中へ落ちていった。痛みなどは全く無かった。即死だったのだろう。解らないが。


 今は、永遠に感じる暗闇の中で、意識だけが浮かんでいる。


 別に、死んだ後に行くところは『天国か』『地獄か』、などという話を信じていたわけではない。しかし、死んでしまったらどうなるのだろう?という疑問は幾度も浮かんだことはあった。しかし、実際に死んだことなどない自分に、その疑問の答えなど出せるわけないのである。


 しかし、その時とは逆に、死んでしまった今となっては、『天国か』『地獄か』なんて生温いものではないと体感している。いや、体はとうにないのだが……




 ――私は、永遠とも呼べるこの暗闇の中で、今を『生きている』——

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暗闇 東風和人(こちかずと) @kochi_kazuto

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