コロナ散歩

@ahab

第1話 二宮編 計画

 コロナウイルスのせいで、なかなか自由に出歩けない日々が続いている。


 マスクをして、手をアルコールでびちゃびちゃにしながら、見えない存在にビクビクする毎日。もういいかげん我慢の限界なのだが、自分に関わる人達に迷惑をかけるわけにもいかないので、しぶしぶ自宅でYouTube鑑賞にいそしんでいる。

 よく見るのは、ゲーム実況と野球関連だ。よく妻に「他人がゲームしているのを見ていて楽しいの?」と言われるが、かつて親にゲームを買ってもらえず、友達のプレイしているドラゴンクエストをただ眺めていたことを考えると、何の不思議があろうか。なんなら、YouTubeは早送りができる分、ぜんぜん良心的だ。ドラゴンクエストのレベル上げを何時間も黙って見る苦痛と言ったら、そりゃもう大変なものなのだ。

 むしろ、高校時代から付き合いのある妻ならば、私が野球関連動画を観る方を不思議がって欲しい。高校3年間を補欠で過ごした私は、二度と野球に関わる事はしまいと誓ったのだ。それなのに、なぜか気付くとペナントレースの結果を追い、大谷君の隠れファンみたいになっている(本当に応援したいのは筒香選手。でも、公言すると結果が悪くなりそうなので言わない)。

 ようするに、私は精神的に成長していない、ひねくれ者ということだ。そして、そんな男を選んだ妻は、そうとうの変わり者ということになる。いや、互いに選ぶ余地がなかっただけか。


 前置きが長くなったが、私(達)はそういう人間である。

 だから、これから書こうと思っている半径数十キロの旅行記は、偏見と無知によって彩られている。だが、あえて言わせてもらえば、無知は新発見の必要不可欠なステップであるし、偏見は想像の重要な糧である。なので、何一つ恐れずに、あるがままの記録をここに記そうと思う。そして、まかり間違って、この駄文を目にした人がいたら、一緒に旅をしたかのような雰囲気になってくれると嬉しい。また、無知な私達に、より楽しそうな場所を紹介してくれる奇特な方が現れたのなら、それはもう幸運といえるだろう。

 とにもかくにも、最初の行先は二宮町だ。知らない人も多いだろう。


 神奈川県二宮町は、海沿いの町だ。

 ここでウィキペディアの情報か、市のホームページの情報を入れると、間違いのない具体的なイメージが浮かびやすいのかもしれないけれども、そういうのは野暮だと思うので、今は私のイメージ先行で話をさせていただく。

 二宮町は小さい町である。東海道線では大磯と国府津の間に位置する。まことに失礼な言い方になるが、観光地というイメージからは程遠い。近隣市町村に住んでいる人間からすると、市役所のすぐそばに鎮座されます吾妻山(アスレチック+頂上が整備されて綺麗)に子供を連れて行くぐらいで、あとはなかなか足を運ばない地である。

 コロナになる前は、海水浴場もやっていたらしいのだが、同じ県内の江の島とか茅ケ崎の海岸をイメージすると、ぜんぜん違う。チャラついた雰囲気はいっさいなし。こんなところでウェイウェイ言いながら酒を飲んでいたら、地元のヤンキー感がほとばしってしまう。どちらかといえば、そういう喧噪を避けたい人が来る感じだ。

 そんな二宮町を目的地に選んだ理由は、妻の一言であった。


 私達夫婦は、知らない街をふらふらと散歩するのがとても好きなのだが、コロナになってからというもの、人混みを避けるためにコテコテの観光地というのは行き難く、出かける日の前日まで行先に悩むことがある。

 この日も休日を前にしてウンウン悩んでいると、妻が洗い物をしながら「私、神社はけっこう好きだよ」と言った。

 いやいや、初耳である。

 もっぱら神社仏閣&城郭が好きなのは私の方で、妻はそれに付き合っている感じだと思っていた。それが、まさかの神社好きをカミングアウト。訝しんで、何か神頼みしたい事があるのかと聞いてみると、なんてことはない、何年か前に行った熱田神宮がお気に召したらしいのだ。

 なるほど。たしかに熱田神宮はよかった。街中に突然現れる森というのは、明らかに俗世と切り離された感がある。ふだん音が反射しまくるコンクリート界にいると、音が吸収される森(杜っていうのか?)に放り込まれるだけで、異世界に入り込んしまったかのような感覚になる。さらに、そんな素敵空間に、霧雨なんぞがしっとりと降れば、妻のような歴史建造物に興味が無い人間も「いいよね神社」ってことになる。っていうか、これまで仏像ラブだった私も、最近は神社派に浮気しつつあるくらい熱田神宮は良かった。

 しかし、である。わざわざ足を運ぶ神社って、そうそうあるものだろうか。たしかに、熱田神宮しかり、伊勢神宮しかり、日本には人々がこぞって詣でる神社があるのは知っている。しかし、そうそう数はないと思う。っていうか、私は知らない。少なくとも、家の近所にある神社は、観光の目的地にはふさわしくないと思う。

 これは困ってしまった。妻に「神社とか知らんし」と言うか?いやいや、それはできない。珍しく彼女の方から出してくれた提案を、袖にしたらもったいない。彼女は奥ゆかしい女性なので、自ら「これがしたい」とかはなかなか言わないノダ。


 とりあえず、私は虎の子のグーグル先生に「ここらへん・神社・有名・おススメ」などのキーワードを投げつけ、回答を待った。しかし、結果は今一歩。どうも食指が動かない。なんとなく「関東最大級のパワースポット」とか言われると興ざめしてしまうし、かと言って、地域の人だけがそっとお参りにいく場所へ部外者が行くのも違う気がする。これがお寺なら、好きな仏像から絞り込んでいくのだが、どうも神社となると絞り込みが難しいのだ。

 困ったもんだと、皿を洗う妻を横目にグーグルマップをスクロールしていると、そういえば近隣市町村の中で、二宮に行く機会が極端に少ない事に気が付いた。見落としがあるかもしれないと、さらにグーグル先生と戯れていると、見知った名前に行きついた。

 日本武尊ヤマトタケルである。

 言わずと知れた古事記のヒーローだが、彼の妻があの二宮最大の観光地である吾妻山に祭られているらしいのだ。日本武尊といえば草薙剣。草薙剣といえば熱田神宮。熱田神宮といえば私の妻が大好きということで、目的地(候補)が決定。さっそく、妻に報告をする。

「明日でかける場所が決定しました」

「どこにするの?」

「二宮」

「二宮?」

 彼女は不思議そうな顔をした。きっと「二宮で何をする気なの?」と言いたいのだろう。失礼な人だ。

「吾妻山に行こうと思うんだよね」

「菜の花は終わってるよ?」

 たしかに、吾妻山公園の菜の花はとても綺麗だ。しかし、今回の目的は花ではない。

「神社に行こうと思います」

「神社なんてあったっけ?」

「日本武尊の奥さんが、海に入水自殺をする話って知ってる?その人にちなんだ神社があるらしいよ」

 日本武尊が、三浦半島から房総半島へ渡ろうとすると、海がめちゃめちゃ荒れたらしい。そこで、彼の奥さんが海神を沈めるために、海へ身を投げたという話があるのだ。

「え、それって人身御供じゃない?」

 たしかに、一般的な意見はそうなるだろう。しかし、彼女が自ら進んで入水したことを考えると、積極的に事態を好転させようとする行動的な女性にも見えるし、もちろん、夫の為に自らを犠牲にする愛の人にも見える。

 いずれにしても、古事記の話である。現代を生きる私としては、妻を失くす目にはあいたくないので「まあ、それだけ歴史がある神社ってことなんじゃない」ていどでお茶を濁すことにした。間違っても「夫の為に自らを犠牲にするけなげな女性なんだよ」とは言わない。

「それじゃあ、明日は吾妻山ね。登れるかな」

「歩きやすい恰好でお願いします」

「お昼はどうしようか」

「いつものごとく、現地で適当に調達しましょう。なければコンビニおにぎりやね」

「は~い」


 以上、二宮行が決定したところで前半は終了である。




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