なまオーシャン
ナタリー爆川244歳
なまオーシャン
――あの夏の日のことは今でも忘れらんねェ。なんてったって俺ぁ、伝説を目の当たりにしちまったんだから。
〈ロックDEナッシング〉って知ってる?
そうそう、あのロックフェス。忘年ヶ浜海浜公園でやってるやつ。
俺も観に行ってた。運良くチケットが取れてよ、まあダフ屋から買ったんだけど、定価の五倍したんだぜ。フザけんなっての。まあ、そんな話はどうでもいいや。
で、俺ぁ客席の最前列を確保すんのに必死だったワケ。とにかく暑くてよ、体中、汗と泥まみれで気持ち悪かった。でも、なるたけ近くでスイート・キャンベラ観たかったから、歯ぁ食いしばってモッシュに耐えてた。えっ、スイート・キャンベラ知らねえの? おいおい、ありゃあ、マストだぜ。日本のロック語るならゼッテー聞いとけっての。つーか、スイキャン聞いてねえのにロック語ってんじゃねーよ。
え、語ってない? もうその反応がロックじゃないね。
ともかく、その時ステージで演ってたのは、明日に向かって突っ走れズ、ってバンドでよ、コイツラが最悪。何もかもダサすぎ。まず歌詞が、ね。明日に向かって突っ走れズのテーマ、っていう曲らしいんだけど。
♪明日に向かって突っ張れ 何にも考えずに進め
もし転んでしまっても
お前らそれでもロックかよ。つーか、バンド名、何? 未来に向かって突っ走る団体? それとも突っ走れないと嘆いている? 意味ワカんねー。日本のロックは死んだ、ってこの時確信したよ。
そもそも最初から愚劣だったんだよ。ステージに登場するや否や、ヴォーカルの奴が言った。
「俺らぁ、明日に突っ走レズ、言うねんけどぉ、イケる奴おるかぁ?」
ダッサい煽り文句。なめてんじゃねえって。
このバンド、いきなりライブ中にホースで水撒きやがんの。運営側が用意した熱中症対策とかでなく、自家製のやつ。みんなコーフンして頭がパーになってるから、わざと浴びに行くんだけど、客席がハードなおしくらまんじゅうになるわけ。この傷見てよ、そん時もらった肘鉄で、切っちゃった。てへっ。
でさあ、そのバンドなんだけどいつまで経っても、ライブ終わんねえわけ。流石にみんなバテて来ちゃって。ブーイング起きたんだよ。なんか規定の演奏時間守ってなかったみたいネ。
で、ここからが本題なんだけど。
ステージの袖から、大男が出てきたんだよ。髪型は文金高島田で、モンペ袴に袖なしGジャン姿のやつ。そいつがなんと、明日に向かって突っ走れズのヴォーカルにドロップキック食らわせて、ステージから蹴落とした!
続いて、制服姿の女子高生と冴えない長髪のチビ野郎とねじり鉢巻の筋肉盛々の褌男がステージに入ってくるや、セッティング始めて。
俺も含めて、客席の奴ら絶句したよね。会場が静まり返った。マジの沈黙。何が起こったのかよくわかってなかったんだよ。
それから、大男が客席に向かってこう言ったんだ。
「我々が、なまオーシャン、だっ!」
これが後に世界中を熱狂に包み込んだバンド〈なまオーシャン〉の伝説の始まりだったわけ!
♪広い海の 向こう側で 戦争を 邪魔しろ
後から考えたら一曲目は「邪魔しろ」だったんだよな。
彼の歌声を聴いた瞬間に海。そうなんだよ、海。見渡す限りの青、青、青が頭の中に広がって。
この曲は伴奏なしの歌のみだったんだけど、会場中がね、ウワァーッ、って、ほんとにウワァーって、大歓声に包まれたんだよ! そうだよ、その大男こそが、〈なまオーシャン〉のヴォーカル〈マクベス☆流星健二郎〉さ。
兄の部屋に忍び込んで『マクベス』をこっそりに読んでいたときに、神の啓示を受け取ってバンドを始めた、神に選ばれしシンガー。このライブの後で、メディアは彼の声を、天使の声だの、音楽界の至宝だの言ってたけど、そんな陳腐な言葉じゃ、マクベスの声の美しさをとても表現しきれないね。
そしてあのルックス。背ぃも高けりゃ鼻も高い。彫りが深くてギリシャの彫刻みたいなんだよ。純日本人らしいんだけど日本人離れしてるんだよね。髪型は文金高島田で、モンペ袴に袖なしGジャン着て似合う男は健二郎以外に存在しないと思う。このライブのあとでめちゃくちゃ流行ったんだよ、健二郎ファッション。かく言う俺もやってたよ。手間かかるからすぐにやめたけど。
気がついたら空に虹がかかってた。でも、それは虹じゃなくて、ギターの旋律。あとから思えば「地獄への襖」のリフだったんだよ。ギター小僧たちが躍起になってコピーしようとするんだけど、出来なくて、俺ギター向いてない、とかほざいて止めていく、あの有名なリフだよ。
その極彩色のサウンドを奏でてるのは制服姿の女子高生。彼女がギターの〈ルーザーおきゃん〉だったのさ。
後のインタビュー記事で読んだんだけど、彼女、現役の女子高生ながら一日に十二時間もギターの練習をしてたらしいね。それで、あの「虹奏法」を会得したってさ。しかも、使ってるギター〈おキャン丸〉は世界に一本だけなんだって。木材に樹齢千年の霊木、金属パーツに隕石の欠片と妖刀村雨を溶かしたやつ使ってるとかなんとか。
ルーザーおきゃんの奏でた虹が極楽浄土へのかけ橋になる頃、のんのんのんなーん、のんのんのんなーん、って、腰痛持ち爺が遊び半分でリンボーダンスするが如き劣音が聴こえてきたんだよね。
「俺のシャウンド聞きゃっ」
舌足らずに喚き散らしながらベースを弾く長髪の冴えない醜男。それがベースの〈小林朴念仁〉だよ。「布不自由」のイントロが愚劣すぎて俺の友達は聴いた後に廃人になったんだ。
ライブのあと、ネットの掲示板に「なまオーシャン」スレが出来てたんだよ。「マヂ神」とか「高音すげえ」とか賛辞のコメントが溢れかえる中にあって、なぜか小林朴念仁に関してだけはアンチスレが乱立してたのを俺は知ってる。
「なまオーシャンの面汚し」「逝ってよし」「タヒね」「俺のほうが上手い」「高音すごくない」……etc。
言っとくけどね、アンチコメ書いてる奴らは全くわかってないよ、小林朴念仁の存在の大きさを!
君等も体験したことない? 完璧超人の集まる集団の中で、生活する苦しみを。
もし、その場に使えないやつがいたら、親近感的な心情が湧いてくるよね? 小林朴念仁の役割はそこにあるんだよ。
言うなれば「余白」みたいなものだね。使用することはできないけど、最終的なアウトプットにおいて、大きな貢献をするでしょ。だからベースは朴念仁じゃないとダメなんだよ!
まあ、言うて、俺もこのコトに気がついたのは後々になってからなんだけどね。当時はゴミだと思ってましたよ。カッコワライ。
バンドの世界ではベースとドラムを合わせて「リズム隊」なんて言って、演奏の屋台骨として考えるのがセオリーらしいけど、朴念仁の演奏が拙劣なのに、なまオーシャンの神演奏が成立するのはなぜ、ってのはみんな思うよね。
それはドラマーの〈P.D.F.〉の技巧による賜物なんだよ。
Physical,Drum,Force の頭文字をとって、P.D.F.という名前なんだ、という偽の言説が出回っている。ねじり鉢巻に筋肉隆々で褌一丁という見た目のせいかもしれないね。
でも真実は違う。彼は異常なまでにPDF形式のデータにこだわるからP.D.F.なんだよ。
彼はその異常な愛情と超絶なる技巧をもってして、ドラムの演奏をPDF形式で観客の頭の中に自らの演奏を届けることが出来るんだよ。PDFで音楽を届けられるわけ無いだろ、と思ってるアナタは一度、なまオーシャンの音楽を聴いてみればいいのさ。俺はあのライブで「人民の歌」のドラムを聞いた時、自分の側頭部にいつの間にかできていたUSBポートを通じて、PDF形式で音楽が流れ込むのを感じたんだよ!
気がついたらいつの間にかライブは終わっていて、俺は腰砕けで呆然としていた。観客も、スタッフも、みんなそうだった。あの後、最初のお目当てだったスイート・キャンベラのステージを見たのかどうか、心が満タンすぎて未だに思い出せないんだな、これが。
このライブのあとの彼らがどうなったかは言うまでもないよね。世界中が大騒ぎになったんだから。
なんと、彼らはあのステージが初ライブだったんだよ。しかも、俺たちの心を掴んで離さない楽曲の数々はあのステージでの即興演奏で作成されてたんだって。初めて聴いた曲が何百回と聴いたお気に入りのアルバムのように心にしみてくる感覚を君は信じられる?
メディアは彼らを毎日のように特集し、配信全盛の時代にCDの売上がギネス記録を更新、今も世界中でツアーを行っている。もちろんチケットは即完売。グラミー賞を総ナメし、ロックの殿堂入りを果たした。ビバリーヒルズには〈なまオーシャン御殿〉が建っている。
伝説の生まれる瞬間に出会えたこと、それが俺の人生の一番の自慢なんだよな。
――手記には記されていたことは以上である。
かつて〈ロックDEナッシング〉と呼ばれる音楽イベントがあった。そこで起こった出来事は音楽好きなら皆知っている。
〈ロックフェス幻覚剤ばら撒き事件〉
出演者の一角であった「明日に向かって突っ走れズ」のヴォーカル、天津川ヌケゾウが客席に向かって強力な幻覚剤を散布し、多くの被害者を出した事件である。幸い死人や重傷者は出なかったものの、犯人である天津川ヌケゾウは逮捕され、明日に向かって突っ走れズは解散した。ロックDEナッシングもその一度きりしか開催されていない。
私は編集長の命を受け、事件についての記事を作成するべく、資料を探していた。そして、この手記に出会ったのである。なぜか著者の行方は知れない。無事でいてくれれば良いのだが。
一度「なまオーシャン」をネットで検索してみたのだが、該当するバンドの記事は見つからなかった。方々の音楽関係者に取材もしてみたが、なまオーシャンを知る者はいない。このバンドは手記を書いた主の幻覚が生み出した妄想の産物なのだろうか。
まことに痛ましい事件だ、と思う。しかし、このようなバンドが実在するのであれば見てみたいな、と思ってしまうのは不謹慎なのだろうか。
私は手記を閉じた。
――某所にて。
「明日はいよいよ初ライブ、だっ」
「あとでライブの詳細送っといてくれ。PDF形式のファイルで頼む」
「そういえば、学校でバンド名考えてきたから聞いてよ、なm……」
「しょんなことより、俺のシャウンドを聞きゃっ」
(了)
なまオーシャン ナタリー爆川244歳 @amano_mitsuru
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