箱庭アーク

@nina2

第1話

ずっと見ている夢がある。

荒れ果てた場所で、一人の少女と指切りして約束するんだ。

彼女は傷だらけで、言う。

世界のために、わたしたちは2度とあわない。

嫌だ、なんで。胸が締め付けられて苦しい。大声で叫んだら、涙をながしたなら、彼女は考えを改めてくれるのだろうか。

いいや。それはない。彼女の事を誰よりもしっているから、だからーーー。


「サクラ」


僕の声は世界を包みこんでゆく闇に溶けてきえてゆく。


















「痛!」

こつんと頭に小さな衝撃がはしり、目が覚める。また、あの夢をみていたのか。ぼんやりとそんな事を考えていると、もう一度頭に小さな衝撃。


「アー…ごほっ、クライン君?今は授業中だから起きようか?」

「…すみません。」


目の前には困った笑顔を浮かべた姉でありアカデミーの教師でもあるリーナがたっていた。隣りの席を見ると幼なじみのシンも笑っている。

ありふれた日常。優しい毎日。不満なんてないはずなのに、どうしてあんな夢をみるのか…。

僕は頭を振って、目の前の現実、授業に集中することにした。



「何が欲しい?」

「え?…あ、あー、そっか今日だった…。」


授業が全部終わって帰り支度をしていたら、シンがブラックボードをくるくるさせながら聞いてきた。手帳サイズのブラックボードは持ち主の魔力により反応し、大抵の物ならその場に召喚させる事ができるという最近流行りの魔法グッズだ。連絡もこれひとつでとれるのだから便利なんだけれど、僕は持っていない。


「今特に欲しいものって思いつかないな。」

「じゃあブラックボードは?アーク持ってないから連絡めんどくさいんだよなー。なんで持たないの?」

「…リーナのブラックボード1回使った事あるんだけどさ、…笑うなよ?」

「うん」

「魔力の使い方がわからなくて次の日高熱だして心配しすぎた母さんに入院させられかけた。なにあれ、みんなほんと器用だよね」

「…いや…お前が不器用すぎるんだよ…」


シンはうつむいて震えている。…笑わないって約束したのに。ブラックボードだけじゃない。僕は魔力を操るのが苦手だ。小さなころにも魔力を使った授業中にぶっ倒れた事がある。苦手なことから逃げるのはよくないと一人で練習したりもするけれど、ひどい頭痛におそわれたり熱がでたり。魔法に嫌われているのだ。


「だからほんと誕生日だからってプレゼントとかいらないから。」

「それじゃ俺の気がすまないんだよ」

「じゃあ明日昼奢って!スペシャルランチ」

「やっすい奴」

「じゃあ明日な」


僕は荷物を手にし、シンと別れた。

アカデミーの長い廊下を歩き、玄関を出ると周囲に十分スペースがあるのを確認してからポケットから小さな丸いボールをとり、中央についているボタンを押した。ポンっと弾けた音がして、目の前に地面から少し浮いているコンパクトカーがあらわれる。魔法の発展で生まれた特殊なエネルギーをもとに動くコンパクトカーだけれど、魔法の発展にともない今も使うひとは少ない。


(飛んでくほうが速いもんなぁ…)


魔力を上手く扱えない僕にとってはなくてはならない存在だけれど。ドアを開けて、運転席に座りベルトをしめる。目の前にあるタッチパネルを操作してハンドルを握り、アクセルをゆっくり踏み込んだ。

自分の誕生日をすっかり忘れていた。今朝はあの夢をみて起き、授業中にも居眠りをしてまたあの夢をみた。毎夜見ると言っても過言ではない頻度でみるあの夢。荒れ果てた場所、サクラと呼んだ少女はいつも傷だらけで…指切りをした指は折れそうなほど細い。


「あれ?」


考え事をしていたせいだろうか。いつもの帰り道とそれた、鬱蒼とした森の入口にいた。

「ひきかえ…」

ひきかえそうとした時、目にとびこんできたものがある。

木にもたれかかる、白い影。


「女の子…?」


白い影はよくみると女の子のようだった。長い薄茶色の髪は腰まであり、地面に散らばっている。瞳は固く閉じられ、頬や服からでている手足は傷だらけだ。


(世界のために、わたしたちはーーー)



頭のなかであの夢のサクラの声が響いた気がした。


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