第2章 相棒
「……で、俺のいない間にこうなったと?お前、本当にいい加減にしろよ?」
「ご、ごめんって……」
最初の場面からかなり不穏な雰囲気になっているのだが、春樹の目の前には無言の圧力をかけている海斗と、彼に対して目を逸らしながら謝っている陽斗。今日は蒼が指示出した通り、三人で神社に向かうことになっていた。
朝早く起きるのは今更なのだが、今回は少し違う。朝食を既に他の人達より先に済ませており、その後すぐに出発の準備をしていたのだ。何せ今日行く神社はここから遥か遠くにある海なのだから。
「まぁ?教えていない俺も悪かったけど?なーんで、変な所で知られるのかなぁ??」
「め、面目ない……」
何度でも責め立てるように海斗が俯いている陽斗を覗き込む。ここまで責められている陽斗を見るのも初めてなので、春樹は何も言わずに見ているだけだ。少しの沈黙の後、はぁ、とため息をついた海斗。
「こんな所でいつまでも言っていたら仕方ないよね。じゃ、早速向かおうか」
「お、おうよ!」
「はい!」
いつもより少しきつい言い方をしていた海斗はすぐに調子を戻し、先を歩いて行った。先導する彼に付いていく二人。海はここからかなり遠い所にあり、かなり時間がかかると言われている。
「あの、ここから歩くんですよね?一体、何時間かかるんですか?」
「え?何言ってんだ?歩いて行くなんて、そこら辺の人間じゃないんだからよ〜」
「今まで俺らが何を教えて来たと思っているんだい?」
不敵に笑う海斗と陽斗。二人して口角を片方だけ上げ、何処かの悪者のような笑みを浮かべている。彼らの質問の意図が分からず戸惑っていると、今度は二人してため息をつく。
「俺らは、陰陽師だぞ?」
「式神を使えてこそのね!」
「ってことで、行くぜ!」
嬉しそうな笑みを浮かべて二人して勢いに乗っている。すると、その勢いに任せて陽斗が自身の扇子と思われるものを懐から出して来た。そして、人型の薄く白い紙を宙に浮かせて大きな声で叫んだ。
『姿を見せぬ命ありき物達よ。ここに正体を現し給へ!』
鋭い風が春樹の横を吹き抜けていった。振り切るような手振りで扇子を大袈裟に動かした陽斗は興奮している。広い田んぼ道に響き渡った彼の声と共に出て来たのは一匹の狼。齢十いくつの彼等よりも何倍もの大きさでありそれは、天に向かって遠吠えをした。
「こ、これは!?」
「ふふん。これが、俺の使い魔でもあり、相棒でもある真神(まがみ)だ!!」
「ま、真神!?」
ギロリ、と睨まれた春樹は少し後退りしてしまう。それもそのはず、目の前にいるのは犬である樹よりも遥かに大きい大型の犬。目の前に現れた動物の正体をいまいち分かっていない春樹は彼がどのような動物なのかを聞いた。
「あの、この真神って一体どんな動物なのですか?」
「あぁ、こいつは元々は狼なんだよ。ほら、口元をよく見てみろ。鋭い歯があるだろう?普通の犬とは違って、軽く肉を噛みちぎることが出来るんだよ」
「狼……」
陽斗の言葉を繰り返すように呟いた春樹は口元に注目をしていた。かなり懐いているのか、手を差し出すと頭を擦り寄せてくる姿は樹と似ている所がある。すると、真神の口元を軽く引っ張って歯を見せた。
「うお、凄いですね……」
「ははっ!そうだろ?まぁ、こいつは俺が陰陽寮に入って初めての相棒なんだぜ!」
歯を見せた後すぐに手を離し、再度頭をくしゃくしゃと撫でた。嬉しそうにしている真神は主人に撫でられる度に擦り寄るように近づいている。逞しいその姿からは考えられない程愛くるしい態度を見ていると、「いつまで撫でてるんだ?」と海斗が急かして来た。
「あ、すまんすまん!あまりにもこいつが可愛くてな!真神!今から海に向かって欲しいんだけど、俺ら三人を背中に乗せてくれるか?」
『バウッ!』
「ありがとうな!よし、海斗!春樹!真神の背中に乗るぞ!」
意思の疎通が出来ているらしい彼らはすぐに二人を背中に乗るように促した。先に陽斗が首の近くに乗り、海斗と春樹を引っ張って乗せた。尻尾に近い所に乗った春樹は真神の毛に触れ、見た目とは違う柔らかいことに気づいて夢中になって撫でた。
「こら、いつまで撫でているんだよ!さっさと行くぞ!」
「す、すみません!」
どうやらずっと撫でていることに気づかれてしまった春樹は慌てて手を止めた。ちなみに真神は尻尾を勢いよく振っていたので、嫌ではなかったのだろう。春樹が謝った直後、「行くぜぇ!」と叫ぶと、再度空に向かって遠吠えをした真神。
すると、地面を勢いよく蹴ったことにより、ぐわんと体が揺れた。直後、切るような鋭い風が頬を撫でて行った。
「うわ!?は、速い!?」
「もちろんだ!式神の中で一番足が速いんだぞ!」
それは、一瞬の出来事で目の横で過ぎて行く景色がいつもの倍の速さだった。驚くのも束の間、先程までほんわか温かいと感じていた風は寒さを感じるような物になり、春樹は前に座っている海斗に引っ付いた。
「おや、寒いのかい?」
「ちょっと、冷えます……」
「まぁ、仕方ねぇさ!こんだけの速さで走ってたら寒くもなるって〜」
声までも流れるように聞こえてくる速さに対抗して大きな声を出す陽斗。ずんずん進んで行く真神は速さとは違い、軽やかに滑らかに進む。後ろから可愛い年下に甘えられて悪い気分ではなかった海斗は抱き付いてきた春樹の手を握り締めた。
「大丈夫だよ。振り落とされることもないし、もうすぐ着くさ」
「え、そうなんですか?」
「そうだぞ〜!ほら!」
安心させるように優しい声で春樹に話す海斗。彼の温かさに触れていると、陽斗が前を見るように促した。海斗の背中に引っ付いていたのを少しだけ離し、横からひょこりと顔を出した。
物凄い勢いで過ぎて行く景色なんか目を止めることなんて無くなるほど、大きく広がった海原。昨日と同じように気持ち良い程に晴れている空に反射するように綺麗な群青。太陽に反射するように輝く波に目を細めてしまった。
「これが、海……」
「そうだよ、春樹の目の色とそっくりだね」
「そう言えばそうだなぁ!お、見えてきた!あれが、例の『神社』だぞ!」
指差す先にあったのは、真っ赤な色で塗られている鳥居。独特な色とその形に目を奪われた春樹は徐々に近づいてくるそれをひたすら見つめていた。
「少しずつ速度を落として行くからな〜ちょっと気をつけろよ〜」
「は、はい!」
陽斗がそう言った後、徐々に真神はゆっくりとした動きに変わって鋭い風が緩くなって行くのを肌で感じた。しっかりと止まった時には目一杯に広がる春樹と同じ瞳の色。
それに反するように存在感を放っているのは真っ赤な鳥居だった。情報として入ってくる景色には圧倒されるばかりで、何も言えずに口を閉ざしていた春樹。
「ほら、春樹。さっさと行くぞ!」
「あ、はい!」
真神の上に乗ったままになっていた春樹は急いで降りた。すると、陽斗が真神にお礼を言いつつ頭を撫でると煙を立てて消えてしまった。目の前に残ったのは真っ白な人形の薄い紙。
ひらひらと落ちて行くのを華麗に拾った陽斗は「さ、今度こそ行くぞ!」と言って目の前を歩いて行った。海斗は適当に相槌を打ちながら彼の後ろをついて行く。
慣れたような二人の動きに一瞬動きが止まってしまった春樹だが、彼らの後ろを小走りで付いて行った。
先程見た景色だと、海と砂浜の丁度間にあの真っ赤な鳥居があった。しかし今さっきまでこの真っ赤な物に向かって走っていた。この先は海しかなく、その上を渡るような大きな橋も見当たらない。
「あの、何処に行くのですか?この先って……」
「ん?海しかないのにどうするかって?」
「それはね……こうするんだよ!」
春樹の質問に嬉々として受け答えをしている陽斗と海斗。一番嬉しそうに笑顔を浮かべているのは海斗で、いつの間にか出してきた扇子を持ち、勢いよく広げた。
すると、自身の手に持っている式神を上に投げ、腕を全力で振って風を送った。ふわりと浮いたそれを見つめていると、ぼふん、と音を立てて煙が舞い上がった。それと同時にゆったりとしていた波が激しく揺れ、何か大きな物がのっそりと出てきた。
「紹介するね。これが俺の相棒、
「え、えぇ!?」
ゆっくりと姿を現したそれはどんどん大きくなって行く。海から這い出てくるようなその姿に口をあんぐり開けている春樹。その姿を見て、いや、首が痛くなるほど大きい彼を見上げている。
所謂、彼は巨人と言われる妖怪で、伝説では山や
「陽斗で言う真神が相棒のように、彼が俺の相棒さ」
「ふへ……」
「おー!ひっさしぶりだなぁ!元気にしてたか〜!」
間抜けな声を出している春樹を横目に元気よく手を振っているのは陽斗。海斗は微笑みながら、「会うのは久しぶりかもね」と呑気に話をしている。彼らのやり取りは聞こえているようで、全く頭の中に入ってきていない春樹は呆然と立ったままだった。
「さ、彼の手の上に乗って。あそこに小さな島が見えるだろう?あそこに行くんだ。じゃ、よろしくね、
海斗は得意げに春樹に伝え、彼の顔を見て微笑んだ。何も声はしないものの、のっそりと出してきた手を見ると同意しているようだ。先に海斗が乗り、その後に陽斗が乗ると「お前も乗れよ!」と真神に乗る時と同じような言い方で手を振る。
棒立ちになっていた春樹は遠くに行っていた意識を取り戻したようになり、急いで彼の大きな手に乗った。
「うお!?」
「ほら、彼の指に捕まって。そうしないと振り落とされるよ?」
「は、はい!」
彼なりにゆっくりと動いたのだろうが、それでも春樹にとっては大きな揺れだったようで平衡感覚を失いそうになった。何とか彼の指に捕まると、海を搔きわけるように進んで行く。
先程まで近くに見ていた青い景色は遠い所にあり、真神に乗っている時とは違う風が吹いていることに気が付いた。
「なんか、この風って肌に引っ付きますね」
「あぁ、潮風のことか?ちょっと粘ついているよなぁ〜」
「まぁまぁ、後で体を拭けば大丈夫だよ。ほら、もう見えてきた」
少し嫌そうな顔をしている陽斗をなだめるように言っている海斗は先程まで遠くに見えていた小さな島が近くまで来た。ぽつり、と浮いているその島は何処か異様な雰囲気を放っている。鬱蒼と生い茂る木々の中に、先程よりかは少し小さめであろう鳥居が見えた。
「さ、もうそろそろ降りるからね。しっかり捕まっているんだよ」
「はい!」
ゆったり進んでいると思っていた春樹だったが、彼の一歩はかなり大きかったようだ。目前まで迫っているそれの手前で止まり、三人を降ろすために乗っている手を砂浜へと近づける。
「よいしょっと。ほら、春樹」
「あ、ありがとうござます……」
先に降りた海斗は手を差し出し、春樹はその手を掴んで足を砂浜につけた。陽斗はと言うと、先に軽く飛んでそのまま着地して待っていた。それに加えて、「ありがとうな〜!」と手を振っている。
なんとか足を地面につけた春樹は、「ありがとうございました」とお礼を言うとそのまま手を戻した。
「ありがとうね、
そう言って再び海斗は自身の扇子を取り出して風を送った。すると、野太い声が聞こえ来たと思った後、すぐに煙を立てて消えてしまった。彼の声にも驚いていたのだが、目の前にいた巨大な体が消えたことによる波が砂浜に何度もきていた。
「あの、今の声って……?」
「ふふっ、彼なりの返事だよ。意外と照れ屋さんなんだ」
頰を緩めている海斗はそれだけ言って「やっと着いたね」と陽斗に話しかけながら先に進んで行った。何処か誇らしげな彼の表情を見て、少しずつ落ち着く海を見ている春樹。
「あれが、相棒……」
自分に縁のあるようでないようなその言葉に胸がくすぐられる気持ちになり、その後すぐに樹のことを思い出した。
一ヶ月後、自分が陰陽寮に入ることを分かっているのか分かっていないのか、いまいちはっきりしない頭を振り切るように頭を横に振る。遠くから話しかけている陽斗と海斗の元へと走り出した。
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