第2章 技術
『術』と言うのは一部の上位式神が主に出来る『技』のことである。
上位式神、と言うのも数多くの式神が存在している陰陽師の中では氷山の一角であることは周知の事実である。
その中でも最上位の十二天将達は各自十の『術』を持っており、天辺にいると言うこともあり、式神の中ではやはり最多の術を所有している。
「正直、十二天将の術なんて簡単に見れるものじゃないんだよ」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。何せ、上位式神の中でも最上位のものだから彼らの術は効果が絶大なんだ」
「そ。だからこそ、使える場所は限られているんだよね。簡単に言うと、最終兵器ってやつだね」
何やら遠くで青龍と話をしている蒼がかなり小さく見える。彼らが術を見せてくれる前に先に陽斗と悟が春樹に軽く説明をしていた。がっしりと腕を強く掴まれている春樹は軽い反応しか出来ず、動けずにいた。
何処と無く信用されていないのを感じつつも、否定出来ないので黙ったままだ。すると、話が終わったのか青龍と蒼は少し離れて距離を取った。
「お、始まるっぽいな!」
「さぁ、今日は何を見せてくれるのでしょうか?」
興奮が収まらないのか、二人とも目を輝かせて見つめている。期待している眼差しを送っている悟はいつものような優しい雰囲気は何処かへ行ってしまったようだ。
「では、今から始めますよ。一応、言っておきますが……十二天将の術はかなり強いです。そのため、今回は威力は最小限にして見せますのでよろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです」
「了解でーす!」
最終の忠告を言い放った後、明るい返事が返って来たのを確認して二人とも大人しく待っていた。春樹は小さい声で「はーい」と不貞腐れたように返事をして、何が起こるのかを楽しみにしていた。
距離を置いた蒼は一度閉じた扇子を開き、何か呟いているのが微かに聞こえる。すると、ふわりと暖かい風が吹いて着ている装束がそれを受けて軽く浮いた。
「……?雨?」
頭の上にポツポツと垂れてきたように感じ、空を見上げた春樹。すると、先程まですっきりと晴れていた快晴の青空がどんよりとした雲に覆われていた。
こんな瞬間的に天気が変わるのはおかしいと思っている春樹は不思議そうな顔をしていた。しかし、動こうと思っても硬く掴まれている腕は離れそうにない。
「一体、何が起きるんですか?」
「いいから見てろって!」
楽しそうに春樹の腕を抑えながら言っている陽斗は春樹と違って蒼を見ているまま。反対側の悟も動じていないようで、同じように青龍と蒼の方へと視線を向けている。
春樹もつられるように彼らの方を見ると、三人よりも強く風を受けているようで彼の装束がうねるように動いている。青龍の周りから風が起きているようで、彼に引かれるように服が動く。
「さぁ、行きますよ。……『
蒼が小さく術を唱えた瞬間、青龍が雄叫びを天に向かって上げた。すると、大量の水が頭上から降ってきた、かのように見えた。あまりの勢いに春樹は自身の頭を守るように手を動かそうとしたがやはり動かず、目を瞑って諦めた時。
冷たい感覚は一切なく、打ち付けるような痛みもなかった。その代わりに、ふんわりと頭の上に乗った感触があり、頭を横に振った。すると、頭の上から出て来たのは予想外の物。
「これは……桜?」
そう、彼らの目の前に現れたのは大量の桜の花びら。現れた、と言うよりも頭上からこれでもかと言う程の薄紅の花びらが落ちてくる。それはまるで『花の雨』のようだった。
「うっは!やっぱすげーや!」
「ふふっ流石、我らの師匠ですね」
陽斗は歓喜し、悟はどこか誇らしげに微笑んでいる。彼ら三人の目の前に広がっているのは春の季節以上に咲き誇る桜達。周囲にそれほどの木がないのにも関わらず、天から湯水のように湧いてくる薄い色をした花びら達に驚きを隠せない春樹。
ひらり、ひらりと優雅に待っている可愛らしいもの達の奥には嬉しそうに笑っている蒼と堂々と佇んでいる青龍がいた。ただただ目の前で繰り広げられている景色に意識を持って行かれ、口を開けっ放しにしている春樹を見て陽斗は笑っていた。
「ほら、言っただろ?凄いものが見れるって!」
「確かに、これは……凄い、を通り越して圧巻ですね……」
得意げに話をしている陽斗の横で言葉に詰まりながらも賛同している。彼らの言った通り、彼が発生させた術はこれ程までに感じたことのない霊力と、迫力だった。
自然と鳥肌が立ってしまい、これを圧倒的な差と言わずに何と言うのだろう、と春樹は思った。すると、全ての花びらが風と共にふわりと消えてしまったのだ。
「え?消えた?」
「えぇ、そうですよ。これは元々相手に対して幻覚を見せるための術ですから」
「幻覚、ですか?」
風に吹かれて消えた花びら達の後、蒼が近づいて来た。今起こったことを説明しだした。
「えぇ、そうです。この『花の雨』と言う術は相手の意識を削ぐために作られた物です。青龍の術の中で唯一の幻覚術です。攻撃性はほとんどありませんがね」
『これでも、だいぶ効力を抑えた方だ。これ以上の霊力を使ってしまうと、まだそこまで耐性のないお前らはどうなるか分からないからな』
「そう、なんですね……」
蒼の後ろにいる青龍は先程の様子とは全く異なり、堂々と構えているがどこか落ち着いた雰囲気で佇んでいる。唸るような雄叫びをあげた彼とは考えられない。
そんな彼が説明した通り、どうやらかなり手加減をしてくれていたようだ。披露してくれたあの術でも抑えたと言われたら吃(ども)ってしまう。
「今ので抑えたって言うのなら、本気で術を出すと一体どうなるって言うんですか!?」
「えぇ、もちろんですよ。貴方達に怪我をさせたくありませんからね。……もし、本気で使う時があるのでしたら、親善試合での模範試合ですね」
「模範、試合?」
「そうです。親善試合のことはすでにご存知ですね?」
「あぁ、この前の会合で話をしていた……?」
「それです。親善試合と言うのは、名目上は和国と華国の陰陽寮同士で親睦を深めるための試合です。生徒同士で互いの実力を見せるために式神や霊力を使って戦います。ですが、その前に和国と華国から一人ずつ十二神司が出ます。彼等の試合が模範試合です」
青龍の本気を見ることが出来ることが限られているのは薄々気づいていた。興奮気味に聞いていた陽斗もどうやら知らなかったらしい。親善試合の話はしていた気がするのだが、模範試合のことは知らなかったようだ。
春樹もその話を聞いた時には耳が反応してすぐに聞き返していた。十二神司の本気の試合なんて、そうそう見れる物ではないのは考えなくても分かる。稀有な物を見せてもらえる機会が存在することに心の底から何かが溢れて来る感覚になった春樹。
「ですが、蒼さんは出たことありませんよね。あれって、どうやって決まってるのですか?」
「ふふっ、実はくじ引きなのですよ」
「「くじ引きぃ!?」」
予想外の方法でこんなにも重要なことを決定していることを聞いて何とも間抜けな声が出てしまった二人。聞いた張本人の悟は「あ、やっぱり」とどこか納得した様子だった。いや、どこか薄々気がついていたのかもしれない。
「笑っちゃいますよ。重要視されている、と言われている私達がこんな方法で戦う相手を決められるなんて本当に笑っちゃいます」
クスクスと喉で笑っている蒼はどこか愉快そうだ。最初に聞いた時はきっと彼も驚いたのだろうが、彼のことだ、すんなり受け入れたに違いない。
そんなことを想像しながら蒼が最近その模範試合に出ていないことを不思議に思った春樹は手を挙げた。
「あの、質問なのですが」
「はい、何でしょうか?」
「その、親善試合って毎年あるんですよね?それだったら、六年に一回は確実に回って来ませんか?」
「ふふっ春樹もそう思うでしょう?私も最初はそう思いました。ですが、思ったようにいかないのがくじ引きです。私が十二神司になったのは五年前ですが、未だにくじ引きで当たりを引いたことがないのです」
「ええ!?そ、そんなことってありなんですか?」
「えぇ、ありだそうですよ」
未だに喉で笑っている蒼は肩を揺らしている。彼らの決め方が余程面白いようだ。目玉が飛びでそうな程の方法に驚きつつも、模範試合と言う普段お目にかかることの出来ない彼らの実力を知りたいと胸の奥から疼くような感覚になっていた。
「じゃあ、もしかしたら今年の模範試合、蒼さんがなるかもしれないってことですか!?」
「そうですねぇ。まぁ、くじで当たりが出たら、の話ですが」
「……でも僕、早く蒼さんの戦いを見てみたいです」
「……では、今年は蒼さんが当たるように願いましょうね」
ぽろり、と出た春樹の本音。一瞬だけ周囲が静かになったのだが、すぐに悟が提案をした。彼の提案に「そうですよね!俺も願おう!」と言いながら両手を合わせて目を瞑っている。
「こら、ここは神社ではないのだよ」
「それもそうですね!今度、神社に行って来ます!」
楽しそうに話をしている悟と陽斗お互いに笑いあっている。蒼も「僕も、願いましょうかねぇ」と言いながら軽く声を出して笑っていた。三人の話を聞いていた春樹も同じように面白がっていたのだが、悟の言った言葉に疑問を持った。
「あの、神社って何ですか?」
「おや、まだ神社のことを教えていないのですか?」
「あっ……いや〜……あの、今は休憩のために抜け出しただけなので、まだそこまでは……」
しどろもどろになりながら目を泳がせている陽斗。意外そうな顔をしている蒼はため息を吐き、「しっかり指導してくださいよ?」と嗜めるように言った。二人の話を聞いていた春樹だが、肝心の『神社』が何かが分かっていないようだ。
「神社、と言うのは神様を祀っている神聖な場所のことですよ。山の中や海の近くなど、自然が溢れる場所にあります」
「そこで一体何をするのですか?」
「まぁ、簡単に言えば今見たいに神様に挨拶とか願い事をしに行ったりとかだな。でも、俺たちにとってはまた違う意味での神聖な場所だ」
「神聖、ですか?それって、陰陽師にとって……?」
「そうです。神社、と言うのは先ほど悟が話した通り、自然豊かな場所にあることがほとんどです。更に、神様を祀っていると言うことで、霊力がかなり集中しやすい場所です。体内にある霊力は無限に湧き上がるものではないので、このような場所に訪れて傷を癒すのです」
『神聖』その言葉に何か引っかかった春樹は聞き返していた。滑らかに出て来る蒼の説明を聞いていると、陽斗が隣で首を縦に降っていた。自分が説明したかのように振舞っているが、すぐに悟に「こら、お前は反省しなさい」と叱りを受けていた。
「春樹はまだ行ったことがありませんでしたね。では、陽斗。明日にでも海斗と一緒に春樹を連れて行きなさい。いいですね?」
「は、はぁ〜い……」
悟からの叱りの後に蒼から目で圧力をかけられているのが春樹にも分かった。居心地悪そうにしている陽斗は顔を青ざめさせて返事をしていた。
明日にでも、と言うことを聞いて、また何か学べることが出来ることに嬉しさを感じていた金髪の少年ははやる気持ちを抑えるのに必死だった。
『……蒼。我はもう戻っても良いのか?』
「あ、えぇ。すみませんね、放置してしまって」
『構わぬ。また何かあったら呼ぶが良い』
大きく煙を立てて消えて行った青龍。現れる時はかなり大掛かりだったのにもかかわらず、消える時は意外とあっさり消えるんだな、と思っていた。
「蒼さん、きっと青龍さん拗ねていますよ。後で何か言ってあげてくださいね」
「分かってますよ、悟」
困ったような顔をしている蒼は少し楽しそうで、まるで問題児の我が子を抱えているような表情だった。
聞こえるか聞こえないかくらいの声で話をしている二人のことを見ていた春樹は、「意外と青龍って……」などと言葉を濁しながら何となくどんな式神なのかを悟っていたのであった。
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