第1章 唐突

静まり返った室内で声を発する人間はいなかった。この場の雰囲気が気まずいなど、そんなことではない。12人もいてこの沈黙はかなり重たく、少なくとも春樹は耐えられそうにない。しかし、この沈黙を破った人間が一人。


「そんなの今更じゃないか。お前、一体何を企んでいる?」


「……その通りだよ。君がこんな事を率先して言うような人間ではないだろう?どういう風の吹きまわしだい?」


「花山院さん、西園寺さん、あなた方が仰っていることと私が今言った意味とは恐らく違う解釈をしているかと」


口を開いたのは花山院と西園寺の二人。疑いの目を向ける花山院は先程とは違い、声を低くして警戒している。綺麗な色をしている目が見えなくなるように細くしている。


更に彼に賛同する西園寺は机の上で頬杖をつき、上目遣いの目で見つめる姿は美しい。しかし、その目には怒気を含んでいるのが伺える。彼等の気持ちを汲み取った蒼は間髪入れずに否定をする。互いの腹を弄りあう様子を見ている春樹は、蒼の考えなど分かるはずもなく口を開くまで待った。


「今更、と言われたら何も言えません。……ですが、“いつか”と言っていては切りがありません。どんな結末になるにしろ、こんな世の中を私達で終わらせませんか?」


落ち着いた口調で、一言一言を丁寧に話す彼の姿を見る十二神司達。目も合わせずに聞いている人がほとんどであり、真剣に聞く様子など見えない。


「そんなこと、出来るわけないだろう」


「……三笠宮さん」


髪を結び終えたのか、煙を立てて消えた太常。癖毛なのか、あちこちに飛んでいるような髪の毛はいつの間にか綺麗に一つにまとめられていた。


高い位置でお団子のように結んでおり、残りの髪の毛はそのままの様だ。冷静、よりも冷徹に見える彼の表情は興味が無さそうだ。


「……そもそも、ここで話し合いをしてるのも上の命令だ。皆で仲良く仲直り、なんて上が許すとでも思うのか?それこそ、戦争をどちらかが仕掛ければ変わるかもしれないな」


足を抱える様にして座っている彼の目は一切蒼を見ていない。彼からの視線を感じているはずなのにも関わらず、それを気にせずにいる三笠宮は肝が据わっている。

蒼より圧倒的に若く見える彼は伊達に十二神司の席を持っていないだろう。

言葉を発しない蒼は彼を見つめたままだった。


「まぁまぁ、そんなに怒らんでもええや〜ん!ほら、眉間にしわが寄ってるで〜!」


「烏丸の言う通りだぞ!消極的に考えるものじゃないからな!」


一触即発の空気の中、突如切り込んで来たのは目を細めたままニヤついている烏丸。姿勢を崩さず、手は相変わらず装束の袖の中へ隠している。


その場の雰囲気を和ませる気があるのかないのか、のらりくらりとしている彼の行動を気付いていない近衛。元気よく大きな声で話を終わらせようとしている。彼等の発言を聞いた三笠宮は舌打ちをし、「好きにしろよ」とだけ言って再び舟を漕ぐ。


「どちらにせよ、いつかはその問題に突き当たるのですからね」


「それもそうだね。君の気持ちだけは受け取っておくよ。あと、今後の彼については私達も一応手を貸そう。それで良いね?」


「えぇ。皆様のご協力、感謝致します」


柔らかく微笑み、簡単にまとめた花園の話に同意する月輪。眼鏡を片手で上げつつ、蒼への確認も取っていた。彼らのやり取りをただ見つめる事しか出来なかった春樹は立ったままだ。


本来なら彼についての話し合いのはずが、他の十二神司との口論に近いものになってしまっていた。重苦しい雰囲気を拭えたわけではないが、何とか治ったその場に安心感を覚えたのは春樹だけだろう。


「いきなり呼び出したのに変なことに巻き込んでしまって申し訳ないね、春樹くん」


「い、いえ!あの、僕は大丈夫なので!」


「すまんなぁ、春樹くん。外で聞き耳立てていた莫迦(ばか)達にも厳しく言っとくからなぁ」


「え?」


右手を払う様に動かした瞬間、扉から先程いた何人もの付き添い人の陰陽師達が積み重なる様に倒れて来た。


「うわぁ!?」と情けない声を出して中へと入ってくる形で姿を現したのだが、どうやら彼等の愚行は他の十二神司にはお見通しだった様で。


「あんたら、破門や。ここから出て行け」


「そうですよ、聞き耳立てるなんてはしたない。そんな人は、私の花園家には必要ありません」


「ほら、早く出て行きなよ。君達、もう関係ないから」


冷めた口調で口々に言う十二神司の彼等。烏丸を初め、花園、西園寺も続けて言い放つ。突き放す様な口調に引きつった表情をしている彼等は何か言いたげな顔をしている。


しかし、十二神司の顔を見るとそんなことは口が裂けても言えないだろう。一瞬、軽い口調の様に聞こえるが目は本気だ。だが、すぐに立ち上がった一人の付き添い人は「な、何でそんなんことを!?」と抗議した。


「あ?お前、誰に向かって口を聞いているんだ?」


「……僕達に口答えをするのならば、先に実力を磨いて来なよ」


「僕達は弟子だからって」


「容赦しないよ?」


堂々と机の上に足を乗せている久我は凄みを利かせた声で睨みつける。三白眼であり、つり目の彼からの睨みは相当怖いだろう。彼の発言に続けて眠そうにしていた三笠宮を口を開く。


本来ならば弟子である彼等に対する言葉では無いが、完全実力社会であるこの界隈では何も言えない。嵯峨兄弟も二人揃って同じ様に微笑みつつも、目は笑っていない。


圧倒的な空気の差により、威勢の良かった彼は口を閉じて自身の手を強く握るだけだ。


「私の勝手な事情で巻き込んでしまってすみません。ただ……私の弟子に対する醜い嫉妬をもう少し上手に隠せたら庇いましたが……それはもう、出来ませんね」


「くっ……」


とどめの一言により、立ちふさがった男性を中心に残りの人間も去って行った。蒼の一言は彼等が救いようのない人間だ、現実を突きつける一言だった。


春樹は何か声をかけようとしたのだが、机の下から合図を送っている蒼の行動に気づき、口を止めた。


「すまんな、春樹くん!彼等も悪い人間ではないのだが、師匠の言いつけを守れないのなら要らないんだ!」


「で、でも、そんなに厳しくして大丈夫なのですか……?」


「なんや、あいつらの心配してるんかぁ?えらい優しいんやなぁ〜」


「いいかい、春樹くん。もう一度言うが、ここでは完全な実力社会だ。何人たりともこれを覆すことは出来ないよ。僕達の指示が聞けないのならば、今後命を落とす可能性もある。その様な練習でもあるからね」


「そ、そう、ですか……」


何処か腑に落ちない反応をしている春樹をため息を吐きながら見ている十二神司達。誰も何も言わない辺り、先程の意見には賛成しているのだろう。厳しく険しい道に来てしまったのだと改めて実感した春樹。そんな彼の表情を読み取ってか、更に月輪が話を続けた。


「まぁ、君はまだまだ実力なんて無いからね。まずは知識を詰め込むんだ。……君が、何をしたいかなんて、分からないけどね」


「っ……!」


目尻を下げて、口元を緩ませているはずの彼は微笑んでいる、はず。しかし、そこはかとなく感じる気配に危機感を覚えた春樹は瞳孔を開いた。


背筋に冷たいものが流れた気がしたのだが、その後すぐに近衛によりお開きになった。蒼は「春樹、帰りますよ」と促す様に言い、曖昧に返事をした春樹はぎこちなく出口へと向かった。


「……そう言えば、彼等はどうやって帰ったのですかねぇ?」


「え?」



「ほら、付き添い人の方々ですよ。ここに来る前に見たでしょう?普通なら入ることは出来ないと。恐らく、式神類は全て屋敷に置いて行く約束ですから……ふふっお莫迦な人達ですね」



「は、ははは……」



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