第1章 個性
『十二神司』
和国と華国、両国を合わせて何千人いると言われている陰陽師の中の天辺(てっぺん)にいる十二人。かの有名な安倍晴明が持っていた十二天将を所有し、彼等の実力派間違いなく最上級であり、そこまで辿り着けるのはまさに氷山の一角。
実力だけでなく、雰囲気も備わっている彼等を目の前にして何か言うことが出来る人間がいるのだろうか。
「あ、あの……」
「あぁ、そんなに気負いしなくてもいいんだよ」
「そうやで〜他の奴等には絶対に聞こえないから安心しや〜」
月輪に残れと言われて立ち尽くしている春樹。彼等の纏っている雰囲気と圧力に後れを感じ、口を開いたり閉じたりしている。
春樹が何も言えずに黙ったままなのは彼等の空気の変わり方だけではない。烏丸の横に立っている人間“らしき”物に驚きを隠せないようだった。
「あ、あの、烏丸?……さんの横にいる方は……」
「あぁ、やっぱ自分には見えるんやなぁ?こいつは俺の式神、十二天将の『
愉快そうに笑っている彼の隣にいたのは十二天将の一人、『天空』。春樹は彼の話を聞いた後、海斗と陽斗の説明が頭によぎった。
『十二天将の中で最も嘘吐きと言っても良いのは『天空』って言う式神な。それを扱っている十二神司も似たような性格をしているから注意しろよ』
陽斗のいつもとは異なる真剣な顔持ちで春樹は危険を察知した。海斗も同じような表情をしており、要注意人物であることは確実だった。
彼が召喚している『天空』と言うのは何処にでもいるようなご老人のよう。物腰柔らかそうな様子からは想像出来ない。彼が本当に嘘をつくような人間には見えないのだ。不審がっているのが顔に出ていたのか、烏丸は笑いながら続ける。
「そんな警戒せんでもええや〜ん」
「そんなことを言っても無駄ですよ。彼の兄弟子達が貴方について、すでに話をしていますから」
「ま〜たそんなしょーもないことしたんか?本当、意地汚いわぁ〜」
春樹は再度自分の師匠と烏丸が険悪な雰囲気になっているのが感じ取った。机越しに火花が散っているのを感じ取ったのか、間に入る人が複数人。
「ちょっと、僕が話していたのに何で途中で入ってくるかな」
「そうだぞ!今から大事な話をするのだからな!」
「で、その大事な話って」
「一体何なの?」
あちこちから話が飛んでくるので、春樹は何が何だか分からなくなってきた。何を言われるのか分からない恐怖に耐えながら待っていると、思い出したかのように月輪が話を始めた。
「あぁ、そうそう。春樹くん、君のことについては既に知っているよ。見つけたのが君の師匠で良かったのかもしれないが、他の役人だったら大変なことになっていたよ」
「え?そ、それはどういう意味で……」
「九条さんから文が届いていたのですよ」
淡々と話している月輪の内容は所々理解が及ばないようだった。それに加えて見せられたのは数枚の紙。遠くからは見えなかったのだが、綺麗な藍色の髪の持ち主が手に持っている物。それが、蒼が全十二神司に出した文だった。
「花園さん、勝手に見せないでください。春樹が混乱しているでしょう?」
「あら、すみませんね。月輪さんの話がこの事だと思っていましたので」
周りに花が咲くように笑ったのは花園と呼ばれる女性。対角線上に座っている彼女はすぐに数枚の文を机の上に置くと、違う人物が話を続けた。
「これ、読んだけどさぁ〜本当なの?」
「えぇ、事実ですよ、西園寺さん。起きた事全てをそのまま話しています。もちろん、嘘偽りなく」
「ふぅん。これが本当なら、上が黙っていないんじゃないの?」
「そうですね。ですので、今は私の屋敷で匿っている状態になっております」
笑みを崩さずに受け答えをしている蒼は、一人の男性、と思われる人間に多くの質問を迫られている。男性と思われる、と言うのは外見がどう見ても女性の格好をしているからだ。
周囲の十二神司は似たような陰陽師の装束を身に着けているのだが、彼だけは天女のような服装。桜のような鮮やかな薄紅色の装束に、首には何やら長い布が巻かれている。春樹はそんな彼の格好に疑問を持っていても、口は開けなかった。
「誰かこの内容を読み上げたら?彼も気にしているみたいだし」
「……それなら僕が読もうか?」
「
「別に、何でも良いだろう?じゃあ、読むぞ。『各自十二神司の皆様。拝啓 夏空がまぶしく感じられるころとなりました。お元気でいらっしゃいますか。さて、数ヶ月後に会合が迫って参りましたが、皆さんにお会いする前に耳に入れておきたい事があり、文を出した次第です。半年程前、一人の少年を山の中で拾いました。彼は春樹と言い、奴隷として働いていた主人から逃げた十歳の子供です。注目するべきはその容姿ではなく、彼が持ち合わせている霊力の量。私達十二神司と同等と思われます。この事が上に知られると何をされるか分かりません。もちろん、この文は彼等に読まれないように特別な紙を使っているので、恐らく大丈夫だと思います。最後に、私は彼を一人前の陰陽師にするつもりです。今後上に情報が漏れても、彼を守るつもりでいます。何卒、御協力宜しくお願い致します。 敬具』……だそうだ」
「蒼さん……」
手紙を読み上げた彼は花山院と言うらしく、彼の容姿も春樹に負けず劣らず変わっている。左目は琥珀色で、右目は深い緑色。青目の春樹より目立つ目の色は他の人を引き寄せるように魅力的だ。
両手に持って淡々と話していた彼は、話終わった後に文から顔を上げて春樹を見た。目が合った春樹は少し体を強張らせたが、それよりも蒼がそこまで考えてくれてることに驚きと喜びを隠せずにいた。
「で、これは一体どう言う意味なんだい?君がこんな事をお願いするなんて、明日は雪でも降るんじゃないか?」
「月輪さんは相変わらず失礼ですねぇ。私からのお願いがそんなに嫌でしょうか?」
売り言葉に買い言葉。まさか烏丸以外とこのような会話をする蒼を見た春樹は、意外な一面に再び驚いている。隣に座っている月輪は黒縁の眼鏡を片手で軽く上げ、口角を上げているのが見える。
「こら、春樹くんが困っているだろう?すまんな、九条は月輪とも仲が悪いのだ。同じ和国同士、仲良くするべきだと思うのだがな!」
「仕方ないんじゃねーの?つか、俺の横で喧嘩とか止めろよ」
「あら、貴方が間に入るなんて珍しいじゃないの、
「あ?煩えぞ、花園」
「あらあら、怖い怖い」
今まで口を開く事なく腕を組んでいた左側の席の男性が口を挟んだ。お世辞にも口調が柔らかいとは言えない彼はかなり厳ついようだ。大人びている人が多い十二神司の中では目立つ刈り上げの髪型、細くつり上がった彼の目は三白眼。
花園に向かって威嚇するように睨みをきかせるが、それでも馬鹿にするように笑う彼女。苛つきを隠す様子を見せない彼は「けっ」と吐き捨てるようにして足を机の上に置いた。
「本当、
「……」
彼女は隣に座っている男性に目線を動かし、一瞥する。久世と呼ばれた彼は何も言わなかった。ちょうど久我の対角線上にいる男性で、肩より少し下くらいまでの長さの髪をそのままにしている。
そんな彼は髪も目も真っ黒。通常は目の色はこげ茶と黒色が混ざりあっているのだが、彼は焦げ茶の部分がない。それに加えてかみは濡羽色(ぬればいろ)と呼ばれる程美しい髪色。
何処と無く不思議な雰囲気のある彼だが、うんともすんとも言わない様子に久我は更に苛立っているように見えた。
「あ、あの……」
「ん?
「ひっ……いえ、あの、先程の手紙、のことなのですが……私達、和国の十二神司に文を送るのは、わ、分かりますが……な、何で、華国にも、送ったのかなって……」
一人ひっそりと手を挙げたのは小さな体を更に小さく丸めた一人の女性。周囲に体格の良い人が多いからか、小動物のように見える彼女。耳より少し長い彼女の髪は怯えて動く度に揺れている。
真っ黒ではないが、所々茶色の髪の毛が入っている黒髪は綺麗に流れるようだ。他の十二神司とは違い、自信の無さそうな表情をしている。
「それもそうだね。どうしてなの?ねぇ、九条さん?」
「それは……」
「ふぁぁぁああ……あ〜よく寝た〜」
「はぁ、
「ん〜……まぁね……」
蒼を挑発する笑みを浮かべて問い詰めた西園寺。不敵な笑みで彼の事情を聞こうとしたら、またもや邪魔が入る。明らかに今まで寝ていたと言わんばかりの彼の顔。近衛がため息を吐きながら聞くと、まだ眠たそうに舟を漕いでいる。
すると、ボフン、と音を立てて白い煙が小さく出てきた。何事かと思い春樹は身構えたが、そこには優しそうな笑みを浮かべた男性が一人立っていた。容姿は他の人間と変わらないのだが、服装が陰陽師の彼らとは異なっている。
学舎で子供達が着ている物と同じだったことに気が付いた春樹は、「もしかして……」と声を溢す。
「なんや、もう気づいたんかぁ?君の考えている通り、彼は三笠宮が持っている十二天将の『
「こら、太常。また三笠宮を甘やかして……いい加減自立させろと言っているだろう?」
「良いのですよ。彼は私にとって可愛い子供のような存在ですから」
手慣れた手つきで何やら彼の髪を結い始めた太常。柔らかい笑みを浮かべている彼に近衛は注意した。しかし、それを気にせず長い長い彼の髪を手に取って櫛でとかし始める。話を遮られた蒼は「おやおや」と微笑んでいるだけで、怒っているようには見えない。
次から次へと進んでいく話に追いつけていない春樹の頭の中は、混乱を極めていた。すると、それを察したのか蒼は「では、先程の質問ですが……」と話を始めた。ゆっくりと息を吸い、静かに吐いた蒼は続ける。
「皆さんに協力を仰いだ目的はたった一つ。この国を統合させ、平和な世の中にするためです」
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