卵を抱いて眠る

宇土為 名

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 帰り道で見かけたのは見知った顔だったように思う。

 そう思うだけで確信が持てなかったのは、距離が遠かったからだ。

 彼は地下鉄の入口に立っていた。

 俺は大通りを挟んだ反対側にいて、信号待ちの一番後ろの方にいた。

 きっとそうだと思った。

 たくさんの人の重なり合う頭の向こう。

 夕暮れの薄闇の中、あたりに一度視線を巡らせてから、彼は地下鉄の階段を降りて行った。

 やがてそれも、人ごみの中に紛れて見えなくなった。



 彼とは随分長く口を利いていない。

 上京していることも知らなかった。

 近くに住んでいた。

 昔はよく一緒に遊んでいた。お互いの家を行き来することも、毎日のようにふざけ合って、一緒に帰っていたのに。

 いつからだろう。

 話をしなくなったのは。

 離れていったのはどちらからだったのか。

 今ではもうその声さえ、思い出すのは難しかった。

 時々呼んで欲しくなる。

 俺の名前を。

 きっと、ちょっとどうかしている。

 信号が青になって、俺は周りの人と同じように横断歩道を渡った。


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