ol'55
konnybee!
第一章
第一話 にのまえ
八月の下旬。夕暮れ時、屋敷の外から聞こえるのは、あちらこちらで聞こえる
私がこのお屋敷の女中となり、早くも四ヶ月が経過した。私は大奥様の夕餉の支度の為、台所に向かう。
台所に入り、出来上がった御膳を手に取ると、自分よりも年上の下女中たちは私を睨みつける。
皆は私の事が、気にくわぬようだ。突然現れた小娘が、上女中として入居したうえに自室も専用部屋を拝借している。
若奥様の妹…。
親の七光ならぬ、姉の七光。と思われている。
しかし、実の所は違う。この家に来る以前、大奥様と面接試験をした。
挨拶状。お客様への接待。着物の着付け。その他にも、歩き方や花の生け方。
これらは実家での生活で姉と共に培った作法だ。それらの試験に全て高評価を頂いたので、私は大奥様の専属女中となった。
なのに…。
「まったく、どこの世界にもイジメのようなものがついて回るものね…。」
私は皆に聞こえぬよう小声で言った。
「華。華はいますか?」
珍しく慌てたように私の名を呼ぶ大奥様。
「はい、華はここにいます。ただ今夕餉の準備を致します。」
「
満面の笑みを浮かべ、私の部屋から手招きをする大奥様。手招きに誘われ、自室に入る私。
「心の準備はできているかしら?」
「心の準備ですか? いったい何事でしょうか?」
「これですよ。」
そう言って、背丈六尺ほどの高さの家具であろうか? その家具らしき物に被された
同時に現れる高級感あふれる姿見。
「大奥様!?」
「素敵でしょ? 気に入っていただけたかしら?」
驚く私を尻目に、大奥様は私の背後にまわり、繻子生地から現れた姿見の前に私を立たせた。
「こんな! 頂けません!」
私の驚愕の表情に、追い討ちをかけるように大奥様は微笑む。
「良いのよ華。私にはお気に入りがあるの。だからこの姿見は華が使って頂戴。 さあ。夕餉に致しましょう。」
大奥様はそう言って、軽い足取りで食事の間に向かった。
その足取りは、とても50歳には見えない。まるで女学生のような容姿。私の姉の旦那様、大奥様の御子息の方が大奥様のお兄様に見えるのも事実。本当に不思議な女性だ。
ちなみに、ここの大奥様の名は8代目
これは私の勝手な憶測なのだが、当時の皇室に仕えたとなると、足利義満の子孫ではないかと推測する。なので姓は足利なのだろうか?
「ねえ華?」
「はい。」
「私と2人きりの時は畏まらないで。」
「そういう訳にはいきません。」
大奥様はたまに突拍子も無いことを話しだす。
「それじゃ、明日の
(春宮 = 現在の東宮御所)
「大奥様…。私は女中です。大奥様の身の回りのお世話をさせて頂く事が仕事でございます。このお部屋や大奥様のお部屋、大奥様がこのお屋敷で不快な思いをされないように…。」
「今が不快よ。」
私の言葉を遮るように、大奥様は口を尖らせて言う。
ああ、怒らせてしまった。私はこの家の主人に仕える身。付き人とは違う。私が大奥様の付き人となりても、何一つお役に立たない…。
「役に立つとか、そういう事じゃないんじゃね?」
大奥様はまるで私の心を読み取ったかのようなことを仰る。それとともに、変な発音と変な言葉使いで私に仰った。
「大奥様?」
「あっ、やば。」
「え? やば? とは?」
どうしましょう、大奥様がどうかなされた?
「あぁっと、実のところ。華にはお話ししておく事がありましてね。」
ああ。いつもの大奥様に戻り良かった。
私はホッとし、両手を胸に当てる。
「はい。お聞きいたします。」
「私ってアルケミストな訳よ。」
ああ。また私のわからない事を…。ある…なんとかとは何の事でしょうか?
「私の勉強不足のためか、そのある…、なんと仰ったのでしょうか。私には…。」
「悪いね華。詳しく話すと長くなるから、後で華の部屋に行くわね。9時ごろでいいかしら?」
相変わらず不思議な話し方をする大奥様。
「はい、
「ううん。飲み物は私が持っていくから気にしないで。おつまみも持っていくよん。」
「そんな! 私がご用意致します。」
「いいから、いいから! それじゃまた後でね!」
大奥様は跳ねるように立ち上がり、踊るように食事の間を後にした。
あるなんとかってなんでしょう…。
🤍 🤍 🤍
女中の方々も皆、宿舎へ帰宅し、このお屋敷には大奥様と私のみ。と言っても警備師の方々には門番として、屋敷の周りを絶えず監視して頂いている。たまに聞こえるガサッという音は、警備師同士が挨拶の敬礼をしているに違いない。
そんな静まりかえる屋敷の中、自室の襖が激しく叩かれた。
ドンドドン。
「華、両手がふさがっているの。開けてもらえるかしら?」
両手がふさがっているのに襖を叩くなんて、大奥様ったら何で叩いたのでしょう?
「はい。ただいまそちらへ。」
襖を開けると、見たことのない大きな白い袋を両手にお持ちになった大奥様。
「サンキュー。」
そう言って、
「え? え? さんきゅう?」
「あはは。まあまあ。」
大奥様はそう言って、縁側の
「御膳はこれでよろしいでしょうか?」
二尺四方の御膳を抱え、私が振り返ると、大奥様は縁側の床に、多色で塗り上げられた綺麗な筒を カタン、カタンと並べ始めている。あれは一体なんでしょう?
「大奥様? その筒は何にご使用する物でしょうか?」
私の質問に、子供のようにニィッと口を広げる大奥様。本当に50歳なのだろうか? と思わせる若々しい容姿に私は恍惚とした。
「これは飲み物よ。あと何十年かすれば巷でも手に入るわ。」
「へ? これが飲み物でございますか? 手に取っても宜しいでしょうか?」
「ちょっとやだー、華ったら。手に取るだけじゃなく飲んでちょうだい。ここをこうするのよ。」
そう言って筒の上部にある丸い金具を人差し指で持ち上げる。すると、プシュ、パキッという音とともに広がる果物酒のような香り。
「どうぞ、飲んでみて。」
大奥様は屈託のない笑顔で、手に持った筒を私に差し出す。
主よりも先に口をつけるなんてできない。そんな私を察してか、大奥様はもう一つの筒の封を開け、喉を鳴らしながら筒の中身を口にした。
「ぷはー。華も飲んでみて。」
「はい。それでは失礼いたします。」
筒を口元に近づけると、何とも言えない香りがする。それと同時に筒の中はシュワシュワと微かな音をたて、鼻の頭に細かい水滴のようなものが当たる。
「きゃっ! 」
「どうしたの?」
驚いた私に、大奥様は私の左肩を抱きしめる。
「いえ、あの。鼻にシュワシュワと何かがあたり…。」
「それは炭酸といって、うぅん。なんて言えばいいのか…。とにかく飲んでみて。」
私は意を決し、筒の中身を口にした。すると、なんという事でしょう。口の中で甘い果実が暴れ回っている。
私は驚きつつも、それを飲み込んでしまった。
飲み込んだ後に広がるレモンのような味が、未だ私を驚かせている。
「どお? レモンサワーっていうのよ。」
「れもんさわあ? でございますか?」
あれ? 何だか…。目の前がフワフワと…。
「そうそう。夕餉の時にお話しした件だけど、私はアルケミストなのよ。」
大奥様は大きな白い袋から、四角い平らな物を取り出した。
「アルケミストっていうのはね、今の時代でいう錬金術師。はい、ムギイカ。」
「錬金術師!? ですか!? だってそれって…。それに、ムギイカの燻製がこんなに!?」
次から次へと珍しい物が出てくる品に、私は言葉が続かない…。先ほど口にした、れもんさわあのおかげか、なんだか頭がフワフワとしている。それに、錬金術師と言ったら、異国の物語に出てくる極悪人だ。それに、それに目の前のムギイカがとても美味しそう。
「えっと。華が今、思っている事を当ててみましょうか?」
大奥様に言われ、私は手に持った筒を御膳に置き、姿勢を正した。
「錬金術師と言ったら、外国の小説…。もとい、異国の物語に出てくる悪者グループ…。もとい、悪者軍団のリーダー…。あぁ!! もとい! 頭領でしょ? てか、バリバリめんどくさ! なんだかめんどくさ!」
ひゃ!? 大奥様が異国の言葉を!?
「大奥様。大奥様の異国語、素晴らしいです。私、初めてお聞きした言葉ばかりで、感動いたしました。」
「いや、異国の言葉じゃないし? 英語は少し的な?」
あらぁ? 華の目がキラキラしてるし? レモサーで一口酔ッパか?
「あの、大奥様。先ほど仰られた、バリバリメンド とはどういった意味なのでしょうか?」
そこかよ!?
「えっと、バリバリめんどくさいは日本語だったりして…。」
「なんと!? 私の生まれた地、茨城では未だ村のため、そんなハイカラな言葉は使っておりませんでした。」
来たー! リアルハイカラ使い来たー! 華は本当に可愛い、かわゆすだ!
「えっとね華。」
「はい。」
いつもより少し高い声の華が、正座の姿勢を正す。目尻が少し下がり、まさに一口でヨッパ状態。
「今まさに、めんどくさい状態だから、私のアル…錬金術を見せてあげるわね。」
大奥様はそう言うと立ち上がり、綺麗な木目の高欄に手をかけられた。そして小声でゴニョゴニョと話されている。
「えい!」
掛け声と同時に、掴んだ高欄から細い棒状の物を引き上げる。その棒状の物はなんと、真剣と見間違えるような木の刀へと変化した。
私は驚きのあまり、正座のまま後ろに転がってしまった。
「華! 大丈夫!? 驚かせてしまってごめんなさい!」
大奥様は取り出した木刀を投げ捨て、寝転んだ私を抱き上げた。
ああ、私は大奥様に抱きしめられている…。まるで夢のよう…。
「華!?」
「はい。華はここです。」
あれ? 私は何を
「す、すみません! 大丈夫でございましゅす!」
しまった! 緊張から変な言葉を口走った!
私は恥ずかしさのあまり、大奥様に土下座をする。
「やだー! なんで土下座なんて、さあ頭を上げて。」
大奥様の優しい言葉に涙が出てくる始末。
私って情け無い…。
「驚かせてごめんなさい。」
ちょっ。大奥様のお顔が私の目の前に!?
ああ。なんて綺麗なお顔なのでしょう。吸い込まれそうな白い肌。茶色な瞳と長いまつ毛。
私は大奥様から目を逸らせないでいた。
「華? そんなに見つめられると恥ずかしいわ。」
大奥様の一言で、自身が紅潮した事がわかるほど熱くなる。
「落ち着いてきたかしら?」
「はい。大丈夫でございます大奥様。」
視界と胸の内がフワフワとしながらも、私は返事をすることができた。
「先ほど華に見せたのが私の能力、アルケミー、錬金術よ。鋼を触れば真剣だって創れるし、鋳物を触れば銃も創れるの。」
「それって…。」
もしや、皇室に仕えているのは武器を奉納するため?
「それは昔の話し。足利の名の頃は剣を献上した事もあったみたい。」
「大奥様? 何故、私の心の内がわかるのですか?」
「ああ。御簾垣の一族はみんな出来るわよ。ちなみに貴方の一族、にのまえ と
確かに、昔は にのまえ という名字だったと聞いた事がある。一と書いてにのまえ。江戸の後期に一之瀬となったらしいが。
もしかして、双葉家とは親戚の双葉家のことなのかしら…。
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