聖女は寿命を削って王子を救ったのに、もう用なしと追い出されて幸せを掴む!

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第1話

かつてこの国には聖女と呼ばれる者が存在した。聖女はその力を惜しむことなく民に使い、癒しの力で傷や病を治していった。


この世界では魔法を扱える者はほとんどいない。そして、癒しの力を扱える者は皆無であった。

約十年に1度、聖女と呼ばれる者が現れる以外には、回復魔法を使える者は居ない世界である。


しかし、初代聖女と呼ばれた者以外では、後の聖女は短命であった。それは己の命(生命力)を削って他者を癒すからだった。

故に、聖女と判明しても自身を秘匿して隠れて暮らす者も出てきたのだ。


そして、現在─


「フレア王国の第一王子が、流行り病に掛かったため、シルフィード辺境伯令嬢、シオン・シルフィードに聖女として第一王子レオナルド様を治療するようにと、王命が下った」


悲痛な面持ちでシオンの父親であるグラン辺境伯はシオンに話した。


「………そうですか」


シオンは半ば諦めた感じで、目を瞑り静かに拝命しますと言った。


『クソッ!シオンが聖女だと言うことは秘密にしていたのにどこから漏れたのだっ!』


グランは心の中で悪態を付いた。誰が好き好んで大切な娘の寿命を差し出せと思うだろうか?


しかし国王は子供の事を思っての依頼であり、正当な理由がある王命であるので、拒否する訳も行かず、泣く泣くシオンを送り出したのだった。


「王子を救えば望むままの褒美を授ける!」


シオンは褒美はどうでもよかった。

早く治療してすぐに帰りたかったから。シオンが王宮に行くと王子は離宮にて隔離されており、治療だけではなく王子の身の回りの世話までしなければならなかったのだ。王子はかなり重症で、肺に菌が入り呼吸が苦しそうであった。


ここでシオンに誤算が起きた。聖女としての力が弱い為に、治療に時間が掛かってしまったのだ。ただでさえ寿命を使う力を乱用したくなかったが、王子の病気は少しずつしか改善していかなかったのだ。


そして2週間経ち、シオンは王子の食事の支度や掃除などやりつつ、ようやくレオナルド王子は回復したのだった。


「一時はどうなるかと思ったが、助かったぞ!」


「「おめでとうございます!」」


離宮には王子の病気が回復したと聞いた関係者が大勢やってきた。他人に移るからと今まで1度もお見舞いに来なかった連中だ。


「おい!そこのお前!もう良いぞ。目障りだ!さっさと消えろ!」


!?


「わ、私はあなたの為にこの2週間、治療や身の回りのお世話をしたのに、その言い方はないでしょう!」


シオンは自分の命を削って治療したのに、その言い方はないと反論した。


「黙れ!その醜い顔を俺の前に晒すな!クソババァが!」


シオンは自分の寿命を削って治療した為に、僅か2週間で白髪の老婆に変貌していたのだ。自尊心の強いレオナルドは、2週間もこの醜い老婆と二人っきりで過ごしていたのが我慢ならなかったのだ。


シオンは、引きずられる形で離宮を追い出されたのだった。


「別に、褒美なんていらないけどさ………」


自分の寿命を使ってまで救ったのに、御礼の1つもないの?

シオンは悔しさの余り涙が零れた。


「し、シオンなのか!?」


離宮の外で悔し涙を流していると、1人の男性が駆け寄った。


「グスッ…………アルフ?」


シオンと同じ辺境伯の寄子として、面識のある幼馴染のアルフレッド・ドラグーン伯爵だった。正確にはドラグーン伯爵の息子である。


「君が王子の治療に行かされて、心配だった君のお父さんに言われて様子を見に来たんだ。正直、あの王子には良くない噂が多かったからね。この2週間、毎日様子を見に来ていたんだが、門前払いを受けて手紙も受け取ってくれなかったよ」


シオンは醜くなった自分の顔を見られたくない為に、うつむきながら、これまでの経緯を話した。


「…………それは本当かい?」


ワナワナと怒りに震えるアルフにシオンは、また悔し涙を流した。


「迎えにくるのが遅くなってすまない!ここは目立つ。すぐに辺境伯の所へ帰ろう!」


アルフはすぐに馬車を用意すると、老婆に成り果てたシオンに負担がないよう、沢山の毛布を敷き詰めてその上にシオンを座らせて、辺境伯の元へゆっくりと帰ったのだった。



実家の辺境伯の家に帰ると、ちょうど家の前に別の馬車が何台も停まっていた。


「おおっ!アルフ、戻ったか!」


シオンの父グランが出迎えてくれた。


「ただいま戻りました。それより、これは何の騒ぎですか?」


「うむ、シオンが王子を救った事は使者が来て聞いた。そして、その礼にと妹のリリスを王子の婚約者にすると言ってきたのだ」


「………シオンではなくですか?」

「ああ、私も断ろうとしたのだが、リリスが乗り気でな。身支度を整えて今から王都に向かうと言う事を聞かない。それよりシオンはどうした?」


流石のグランも聖女の力の副作用である寿命を削るという意味を、本当の意味で理解していなかったのだ。馬車の荷台に座っている老婆がシオンだとはすぐに気が付かなかった。


「ば、バカな!?聖女の力とはここまで酷いものなのか………」


茫然としているグランに、王都へ向かう馬車の窓から妹のリリスが顔を出して嗤った。


「あはははっ、ざまぁないわね!お姉様。良い気味だわ!」


!?


「おい!リリス!どういう事だ!?」


「まだ気付かないの?私が王様に手紙を送ったのよ。お姉様が聖女だとね」


「なんだと!?」


「前から大嫌いだったのよ!私の好きなアルフはお姉様ばかり見て、私には見向きもしなかったから!」


「そんな事の為に、姉であるシオンを売ったのか!」


「ええ、そうよ!そして、私はアルフより美形でお金持ちの王子様と結婚するのよ!最高だわ!お父様も王家と繋がりができるのだから嬉しいでしょう?」


グランは怒りの余り、腰に掛けた剣を抜いた。


「私は育て方を間違ったようだな。貴様のようなヤツは娘ではない!」


リリスに斬り掛かろうとする寸前でシオンが父親にしがみ付いて止めた。


「何故止める!こいつはお前を売ったのだぞ!」

「それでもお父様がリリスを斬る所を見たくありません!」


シオンとグランが揉み合っている内にリリスは従者に命令し、全速力で馬車を出して逃げ去った。


「……本当によかったのか?」

「自分でもわかりません。でも、リリスの気持ちに気づかなかった私にも責任がありますから」


グランは優しくシオンを抱き締めるのだった。

そして、シオンを家に入れると母親を始め、使用人達全てが同情し涙を浮かべた。


「シオンが許しても私は許しませんわ!二人には、厳しくも愛情を注いで育ててきたつもりでしたが、この裏切りは許しがたいわ!」


母親が1番怒り心頭だった。


「それはもう良いのです。それより聞いて下さい。多分、私はもう長く生きられません」


シオンの言葉に皆が動揺した。


「な、何を言うんだい!お前は外見は年老いてもまだ若いんだ。これから楽しく生きればいい!」


シオンは静かに首を振った。


「いいえ、私の寿命は尽きようとしています。長くても1年は生きられないでしょう。聖女の力なのか、なんとなく解るのです。お父様とお母様より早く逝ってしまう事をお許し下さい」


「クソッ!どうにかできないのか!」

「せめて私の寿命をシオンに与える事が出来たなら。ううぅ………」


ガッタン!


アルフが急に席を立上がり、シオンの元まで行くと片膝を着いてシオンの手を取った。


「シオン、どうか私と結婚してください!」


「えっ?」


シオンは何を言われたのか理解が出来なく、呆けてしまった。


「ずっとシオンが好きでした。いえ、今は愛しています」

「でも、私はこんなにしわくちゃで醜くなってしまったわ」


アルフは首を振った。


「貴女は綺麗だ。この世の誰よりも。こんな目にあっても裏切った妹を許し、優しくも気高い心に私は惹かれたのです」


短い沈黙が流れた。


「………気持ちは嬉しいですが、私はすぐに……」


アルフはシオンが言いきる前に遮って言った。


「人は誰でも死にます。それが早いか遅いかです。そして、短くても1日、1日を実りある毎日として充実した日々を過ごせれば、それは一生涯の宝となります。貴女の残りの人生を私に下さい!」


シオンは小さく震えながら頷いた。

そしてアルフは老婆の姿になったシオンに唇を重ねたのだった。


すると─


突然、シオンの身体が光りだした。


「な、なんだ!?」

「シオン!?」


眩い光に目を開けていられなかったが、光はすぐに収まった。そして、そこには元の姿に戻った………否、前よりも美しくなったシオンの姿がそこにあった。


若返ったシオンの姿を見て、唖然としてしている皆を見てシオンは首を傾げた。


「どうしたの?」


シオンの母は手鏡を渡した。


「えっ?若返ってる!?」


正確には美しい金髪だったのが、銀髪になっていたが、逆に神秘的な雰囲気を出していた。


「奇跡だわ!アルフの『愛』がシオンを救ったのよ♪」


使用人達も盛大に喜び拍手する者もいれば、同じ女性であるメイド達はきゃーっ!と歓声を上げる者もいた。


「あうぅ、恥ずかしいよう………」



実は聖女とは、自らの命を分け与え人々を癒す力ではあるが、それ以上の感謝、思いやり、そして愛情などの聖属性の感情を周りから返して貰えると無限の力を発揮できるのだ。


最近では、大貴族や王族から大金を積まれて、強制的に仕方なく癒しの力を使っていた聖女では、寿命を削るしか出来なかったのである。


この出来事は、小説家志望の1人のメイドが辺境伯の許可の下、本にして出版すると大陸中で大ヒットするベストセラーとなるのだが、それはもう少し先の話である。



後に、シオンの父である辺境伯はアルフを婿に迎え、シルフィード領は発展していく事となる。

シオンが聖女である事が知れると、隣接する国の王妃の病を癒して欲しいと秘密裏に打診され、シオンはそれを承諾し見事に治してみせた。


そして、国ではなくシルフィード領と直接的な友好条約を結び、争う事なく交流が増えて栄える事となっていく。


一方、王家に嫁いだリリスは表向きはレオナルド王子の言うことを聞いていたが、レオナルド王子の女遊びに愛想を尽かして、自分も贅を尽くした夜会などで遊び廻るようになった。


そして、1年も経たない内にレオナルド王子とリリスは共に『性病』を患い、再度シオンに治すよう申請したが拒否される。

(当然である)


今まで国王には、側室から産まれた息子が1人しか居ないため、甘やかしていたが、ちょうど正室から双子の弟達が産まれたため、遊び三昧で王子としての資質を疑問視する声が多かった事と、国費を無駄遣いしていたレオナルドとリリスは、別の後継者が産まれた事で見捨てられることになった。

そもそも、国王は命をすり減らして治療したシオンを、あり得ない態度で追い出した王子に、負い目を感じて健康な妹を婚約者として迎え入れたのだ。辺境伯に配慮したとも言えるが、何度も愚行を繰り返す息子を見限ったのだった。


二人は病気により全身が醜く腫れ渡り、最後は元の容姿がわからないほどの醜い姿で息を引き取った。


「シオン、今は幸せかい?」

「はい。アルフと一緒に居られて幸せです」


後年、シオンは聖女の力をほとんど使わなかったとされるが、ときどき力を使い身近な人々を救ったという。

そして、シオンは90歳まで生きて二人はほぼ同時期に、子供達や孫達に看取られながら満足した幸せな顔で息を引き取った。


シオンが子供達に残した遺言は、後世まで語り継がれる事となる。



『素敵な恋をしなさい。そして相手から心のこもった愛を貰うと奇跡は起きるのよ』




【FIN】


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