第16話

 村では、やがて咲き乱れた梅の花も散り、青葉が茂って、夏のきざしが訪れてきました。あれほど水かさの増した川も、だんだんに水が引いて、元の川に戻ってきました。

 村にふしぎなうわさがひろがったのは、ちょうどその頃でした。あの橋のそばの、二人が身投げしたあたりに、幽霊が出るというのです。野良に出ようとした村人が二人の姿を見たということでした。そのうわさとは、こんな話です。

 ある朝、いつもと同じように、川向こうの畑を耕しに行こうと、村人が三人で歩いていました。みんなは、やがてあの橋のところに、さしかかりました。すると、朝もやの中にふしぎなものが見えたのです。

 朝もやの中で、はっきりとはわかりませんが、ちょうどあの二人が身を投げたあたりに、二人の人影が見えるのです。二人はまるで恋人同士のように寄り添って、川面を見つめているように見えました。

 みんなは思わず顔を見合わせました。こんな時間では、いくら恋人たちにしても、ちょっと変です。だいいち、村では男も女も畑仕事に一家総出ですから、誰にも見つからずに出かけられるはずもないのです。

 みんなの背筋を冷たいものが走りました。そして一人が村に向かって走り出すと、あとの二人もいっせいに逃げ出しました。やっと村にたどり着いた三人は、真っ青な顔をして口々に言いました。

「橋のそばで、一作とあけみの幽霊を見た。うそじゃない。」

 やっとのことでそれだけ言うと、三人はその場に座り込んでしまいました。

 それ以来、村の衆は昼でもその橋を通ろうとはしなくなりました。

 でも、庄屋様はちがいます。

「幽霊でもいい。何とか二人の結ばれた姿を見たい。」

 庄屋様は、そう思って出かけてゆきました。庄屋様は夕暮れの道をとぼとぼと歩いてゆきました。そひて、とうとう川岸に着きました。

 ああ、何ということでしょう。幽霊などではなかったのです。二人はじっとそこに立っていたのです。二人の姿そのままの石になって、手を取りあって水辺を見つめているのです。二人の顔は笑っているように見えました。

 庄屋様は、思わずその前に膝をつきました。涙がほほを伝いました。すると、あの明るい二人の笑い声が聞こえてきたような気がしました。おそるおそる石になった二人に手をふれてみると、どことなく暖かい気がします。

 庄屋様は

「ああ、二人は今度こそ幸せになれたんだな。」

とつぶやいて、帰ってゆきました。

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