第54話
ルーブル王国王都ルー。
ここ一年で好景気により発展著しい街並を持つルーブル王国の首都である。
シンは馬車に乗せられ王城へ向かっていた。一年振りに見る街並みは様変わりしており、好景気なのが見て取れる。ついでに不快な物も目に入ったりするのだけれど。
道端で10歳位と思われる女の子に横暴に振舞っている男性が居た。周囲は見て見ない振りをしている。おそらくは、奴隷階級の子供であり、男性は貴族階級なのであろう。
気持ち的には何とかして助けてあげたい。しかし、気の毒だけれど奴隷は所有物扱いだから俺では手が出せないというのも理解は出来ている。シンは、悪い意味で慣れて来ている自分に腹を立ててしまうのだった。
勇者で在っても戦闘力以外は常人並かそれ以下であり、貴族の横暴に対する権限や権力は無いに等しい。
王城に到着したシンは控室と思われる部屋に通され、呼び出した人間を待つことになった。
この期に及んで、誰が何の目的で呼び出したのかも知らされないというのはどうなんだ? と思わなくもないが、よくよく考えてみると国から真面に対応された記憶が欠片もない事に気づく。
最初に支給品を渡されて、魔王倒して来ないと帰れないから。魔王倒すにはダンジョン攻略が必須だから。と強制まがいのお知らせのみで追い出されて放置された印象しかない。
偉そうな、そして意地が悪そうな雰囲気の爺さんが部屋へと入室して来た。自称宰相の登場である。
別の部屋で仕切りなおしての対応になるのかと考えていたシンだったが、そのままここでの対応となるようで話が切り出されたのであった。
「ダンジョンの攻略状況の報告をせよ! 3年以上前に深層域の素材を持ち帰ったのは把握しておる。が、それ以降は深層域の素材の納品はしておらんな? 理由を聞こう」
「納品しないのは、しても金にならないからです。ギルド員である私に納品義務がある訳ではないですよね? 呼び出されて理由を問われる事、それ自体がおかしいと思いますが?」
「ほう。金が必要ではないから売らないという事か。それ程に金に余裕があるのであれば、もう支給品は必要無いはずであるな。直ぐに返却する様に。金には当然利子が付く。法で定められている年利は20%の複利だ。よって、元金の2.3倍の金額を返却する様に。それから進捗状況について申告する気が無い様であるが、それでは最終決戦時の兵との連携訓練が出来ぬな。とりあえず、1週間の座学で軍略を身に着けて貰う。これらに拒否権はない。滞在用の部屋へは後程案内の者が来る。以上だ」
宰相は話をすり替えて来た。安い金額だから売らないというシンの主張を、金が必要ないから売らないという事に置き換えたのである。
そして、あまりの酷い待遇に呆然とするシン。一瞬の呆けの後、反論を試みる。
「待ってくれ。支給された物を返せってどういう事だ? あれは支度金と与えてくれた武器なんだろう? 貸与とは聞いていないぞ。金については特にそうだ。借り入れた物。つまり借金だと認識していればさっさと返却していたさ。勝手に渡して実は借金だったのだ! はないんじゃないか?」
「其方が勘違いしたかどうかや、どう受け止めていたかは我が国の関知する所ではない。最初から支給品だと伝えておる。そして支給品という物は貸与品であって贈与品ではない。貸与品である以上返却義務があるのは当然の事だ。議論の余地も、情状酌量の余地も無いな。それに、素材を売却する必要が無い程に金を持っているのだろう? 何も問題ないではないか。剣については使用での劣化は許容するが現物の返却は当然の事だ。もしもであるが、返却が出来ない場合は其方の手持ちの物品を供出させた上で売却して充当する事になる。これも全て法で決まっている事だ」
某RPGゲームの勇者は僅かなお金と棒切れを持たされて送り出される。リアルでそれはあり得んだろうとオタク同士で笑い話になったものだが、シンが遭遇した現実は更に斜め上を行っていた様である。
そして、シンはギルドの受付嬢の話を思い出していた。これが例外事項って訳か。最初から嵌めに来てたって事なんだな? チクショウ!
こんな奴らのために俺は魔王倒さねばならんのか? やる気失せるわ! 怒りからそう考えてしまうのは至極当然であるが、倒さなければ日本に帰る手段は無い。
そして、シンはこんな国、こんな国を許容するこの世界の住人達と共に生活したくはなかった。一刻も早くこの世界からおさらばしたい。
勿論、全ての人間を拒絶するという話ではないのだが、悪い奴が多過ぎるのと、悪いの程度が酷過ぎる。
中には良い人だって居るのであるが、だからと言って良い部分を見て許容する方向に思考を向けるには、シンのこれまで受けている酷過ぎる待遇は限度を超えているであろう。
「そうですか。ところで、その返却というのは何時何処で行うのですか?」
貰った物だと解釈していた物を返せと言われた認識になってるシンは、絶対零度かと感じる様な冷ややかな声で尋ねる。
「直ぐにで構わない。今からが良ければ人を呼ぼう。ここでは手狭であるかな? 中庭にでも移動するのが良いか?」
宰相はシンの手持ちの素材を供出させて搾取する気満々である。
「いえ。では直ぐにここへ呼んで下さい。待ちますので」
「ここで出せる量で済むと思っておるのか? まぁ良い。呼んでやろう。しばらく待っておれ」
こうして、シンは一人部屋に残されたのである。
10分ほど待った時、人が近づいて来る足音が聞こえてくる。宰相と返却物を受け取ると思われる文官が3人。部屋に入って来たのは総勢4人のムサイおっさんばかりであった。
「では、返却します。まずは現金。2.3倍で間違いないですね? ではこの袋2つと3つ目の袋の3割。金額の確認を今ここで行って下さい。後から足りないとか間違っていたとかは嫌ですので」
「其方、金だけ出して終わりではないのだぞ?」
所持金も足りないだろうと高を括っていた宰相は、予想が外れた怒りの表情を隠しもしない。
だが、シンは一連の素材交換で中層や低層の素材を大量に手にしており、ギルドにシン以外のギルド員が納品する事がほぼなくなった事で、高騰した依頼料を少量ずつ捌いて稼いでいた。その結果がこの現金である。
尚、ベテランギルド員とは暗黙の闇取引でダンジョン内でやり取りもしていた。勿論、違法性はない。国の監視の目を予想して慎重に事を運んだだけだ。
シンは売却を依頼し、素材を他国に運んで貰ってそこでも現金を稼いでいたのであった。お金は大事だよ! る~るる王国だけに!
「はい。順番に片付けますので。まずは現金です」
こうして現金の確認と受け渡しは終了。嵌められて警戒しているシンは4人の署名入りの受取証を要求し、それを手に入れる。
そして、徐に剣を取り出したのだった。
「はい。支給品の剣です。こちらも受取証を作成お願いしますね」
「ま、待て。本物か? 確認しろ! 入念にだ」
宰相はそう声を上げたが、声は震えている。ぱっと見で本物だと察しているが信じたくない。そうした内心が声音に出てしまっているのであった。
そして、支給した剣が別の物で誤魔化される事が無い様にと、シンに支給された剣は一般に流通している物とは細部が異なっていた。素人目にはわからない特徴の個所がいくつもあるのである。
そういった訳で偽造する事は難しく、彼らにとって確認作業は容易であった。
「ま、間違いありません。本物です」
「何故だ。何故持っておるのだ!」
「何故って言われてもなぁ。だって、何が仕込まれてるかわからん武器なんて怖くて使う訳ないだろうが。収納空間に最初に入れてそのままだから。損耗とかもあるはずがないから安心してくれ」
そうなのである。剣に隷属系の呪いとかあり得るだろ! と考えたシンはアヤシイ武器で戦おうなどとは考えなかった。故に未使用のままなのである。
勿論、そんな呪いは掛かってはいない。ヘタレ勇者の警戒心による行動だった訳だが、別の意味で役に立ち僥倖となった。
ぼっち最強伝説その三。アヤシイ物には手を付けない。未使用で30年経つと魔法使いだ! 君も魔法使いに成れる!(カモシレナイ)
斯くして、シンはルーブル王国の搾取を免れた。搾取に失敗した国の上層部及び画策した貴族の恨みも買った!
その後、シンは王城に部屋を宛がわれ、1週間の軍略座学と一般兵や魔法兵との連携訓練、治療訓練を受けた。
そして、夜間には素材や装備を買い取ってやる系。俺が持つのに相応しい装備を譲渡する栄誉を与えようと宣う勘違い野郎系。寝込みを狙っての強奪系。ロクでもない招かざる客の訪問を受け続けたのである。
「売るも譲るもする訳が無いだろうが。くだらん拘束も終わって清々したわ!」
王城から出る事が許されて外に出た時、思わず独り言がこぼれたのは仕方がない事だったのであろう。
この時点のシンは既にレベルが成長限界に達している。本人はそれを自覚しているため、ダンジョンの最深部の最終攻略を考えていた。これ以上の戦力UPは難しいだろうと判断したからだ。そして、入念に物資の調達を行って最終攻略へと向かったのだった。
実際は、経験値自体は溜まり続けている。もし、レベル上限の解放がなされれば瞬時にレベルアップするのだが、シンには関係ない事であり、それを知る事もなかったのである。
「全消滅スラーッシュ!」
掛け声と共に聖剣固有の技を繰り出す。一回の使用で即、魔力が枯渇する大技である。聖剣の性能にはまだ先あり、シンの最大魔力量であっても限界の性能を引き出す事は不可能だと思い知らされた。
そして、この技には二刀流時に更に上位の威力を出せる技が存在する。聖剣を手に持つ事でシンはそれを知り得た。
しかし、もう1本の聖剣を作り出すのに必要となる時間と、現状でさえ魔力が足りていないのに更に上位の技とか無理だろうという2つの問題から二刀流は断念せざるを得ない。そんな感じでそれについて考える事は止めたのである。
最深部の扉はダンジョンコアを守る最後の砦だ。魔法的に、呪術的に、強固に守られており、おまけに物理的な鍵まで付いて、罠も漏れなく仕掛けられている。
過去の勇者達はそれぞれの専門家をパーティに加えており、時間を掛けて開ける事に成功したのであるが、拗らせぼっちにそのような仲間はいない。
故に、シンは大技で吹き飛ばすしか手が無かった。と記述すると聞こえが良いが、実際は扉を見た瞬間に何も考える事なく「邪魔だ!」と吹き飛ばしただけである。
悪運だけは強い様で、扉を消滅させた事で罠も同時に消滅し、作動する事も無く無事に扉を抜ける事が出来たのだった。
そうして、シンは遂にダンジョンコアを手にした。手にしたことで、魔王城のある場所への転移制限解除がされたのが何故かわかる。転移先の場所もわかる。
わかる理由は全く理解出来ないが何故かそういう物だと自らの認識に受け入れられてしまったのだった。
本来ならば、これで王城に戻り、兵士と共に魔王城へ乗り込むのが王道であり正道なのであろう。
しかし、シンの考えは違った。肉壁としてしか役に立たない一般兵と、牽制しか出来ない魔法兵が必要かどうかを考えた時、「そんなものは要らん!」とバッサリ切り捨てたのである。
安全マージンが大好きなシンがそうした理由は、横槍的な指示を出すドアホウ指揮官の存在を考慮したせいだ。
無用な人的被害が出る事が、自らの精神によろしくない影響を及ぼす事を理解しているせいでもある。
付け焼刃の訓練で出来るかどうかがアヤシイ連携よりもぼっちで挑む方が楽に思えたという点もある。レベルも限界まで上がってるしな!
そんなこんなで、シンは魔王城へと転移した。最終決戦の開幕である。
配下の軍勢は初手の全消滅スラッシュと各属性の極大範囲魔法と魔力回復ポーションがぶ飲みで対応し、軍団長である四天王とは4対1で聖剣を手に切り結んだ。
四天王の最後の一人を切り捨てた瞬間に、シンは魔王城上空に居た魔王の咆哮を浴びる。一瞬の硬直の間に距離を詰められ、最後の攻防が開始されたのであった。
こうなってしまうと、溜めが必要な大技は使う事が出来ない。そして激しい攻防で切り結ぶ際には細かな魔法での対処も必要となり、シールド魔法の維持もあって魔力残量がドンドンと減少して行く。
しかし、それは魔王も同じである。過去の魔王の記憶を継承して生まれて来た当代。歴代最強の彼は、今までに戦ったどの勇者よりもこの勇者は強いと判断していた。そして、その判断から焦りが生まれ、長い激闘の末に一瞬の隙をシンに晒してしまったのである。
シンは刹那の隙を見逃す事は無く、渾身の一撃で魔王の核を砕く。大量の経験値も取得。しかし、レベルは上がらない! 残念!
こうして、勇者シンの魔王討伐は成った。
こんな感じのなんやかんやで本編の冒頭場面に繋げて行くシンなのであった。
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