第37話

 オルゼー王国王宮謁見の間。シンはキチョウをサンゴウに合流させ、単身で王都へと戻り、王宮を訪ねた。そして、3時間程待機させられた後、謁見の間に通されたのである。


 宰相からまずは声が掛かった。


「魔王討伐完了報告は受けた。誠にご苦労であった。だが、討伐証明になる物は持っていないとの事で、今ダンジョンの活性化の状況の調査に人を出しておる。今晩は城に泊まっていただいて、明日以降の調査完了の報告を待っての褒賞授与としたい。受け入れてくれぬだろうか?」


「ふむ。出発前に出して貰った報酬確約の書状には、討伐確認部位の持ち帰り及び提出は条件に無かった。それとだ、そもそも誰も見たことが無い魔王の討伐証明が可能な部位ってのはなんだ? 更にだ、帰還する手段が未だに不明なんだが、それについてはどう考える?」


 シンからの質問に答えられる者は誰も居ない。謁見の間は静まり返った。


 そして、王は焦っていた。


 事前の筆頭魔導士からの説明では、魔王討伐にはダンジョンコアが必要なはずで、コアがあれば転移魔法の使い手が魔王城へ転移出来ると聞かされていたからだ。

 魔王討伐が成れば、シンにコアを討伐証明の一部として提出させ、魔王城へと調査隊を出し、討伐状況を確認する。

 そうする事で、利用価値の高いダンジョンコアを入手するつもりもあったのである。


 しかし、シンは王の、王国の臣下の、誰もが想像しないような速さで、魔王だけを討伐して戻って来たと主張しており、事前の予想や目論見とは完全に状況が異なっているのだった。


 そうして、時間を稼ぎたい王は考えを巡らせた上で、こう発言した。


「勇者ジンよ。お主の不満がわからぬではない。だが、こちらの予想していたダンジョン攻略が成されず、魔王だけが討伐されたという状況では、調査に時間が掛かるのも事実なのだ。そして、『倒しました』と報告だけされても確認無しに報酬が出せぬという点は理解して貰えると思う。それとだ、召喚はルーブル王国の魔法士によってもたらされた技術であり、わが国では未だ把握していない事も多い。帰還方法についても、改めてその魔法士に過去の事例の確認をするので、時間を貰いたい。急なことであり、大々的にパーティとは行かぬが、食事と部屋は直ぐに用意させるので、一旦明日1日の時間を貰えないだろうか?」


 シンの心証的には最悪の状況であるが、ここで今すぐ暴れる必要性も無いだろうとなんとか心を落ち着かせ、王の提案を受け入れたのだった。


「おい! どういうことだ? 次席魔導士代理補佐。もう魔王討伐したと戻って来たぞ。勇者は帰還方法が無いと主張してるが一体どういうことだ?」


 筆頭魔導士はルーブル王国から来た魔法士を問い詰める。


「そんな都合の良い事があると信じておられたのですか? 帰還方法など有る訳がないじゃないですか」


「待て。では対外的にルーブル王国が発表している資料はなんだ? 今までの勇者達はどうなったのだ?」


「魔王を倒せる存在とは、魔王以上に危険な存在なのですよ。ですが、勇者は人である以上、魔王と違い弱点が無数にあるのです。聡明な筆頭魔導士殿ならご理解いただけるのではありませんか?」


「つまり、君は我々を騙したのだな? そして、私に勇者を欺く説明をさせたという事だな? 私も軽く見られたものだ。一度見た召喚方法を再現出来ぬと君は思っている訳だ」


 徐に、そう言いながら筆頭魔導士は、ルーブル王国から来た魔法士に近づき、素早く魔法封じ効果のある手枷を付けた。

 そして、状況を理解せず煩く喚いてる魔法士を、衛兵に牢へと連れて行くよう指示を出したのだった。


 こうして、王と宰相に報告に戻った筆頭魔導士は、ありのままを説明し、他人を排した密談用の一室で3人は頭を抱える事になる。


「報酬の財貨を穴埋めするはずだったコアは諦めるにしても、そのまま、約定通りの報酬を出しては国が傾くぞ。魔王が倒されたのが事実だったとしたら、これから始める復興に必要な財源はそこから出すしかないのであるからな」


「ですが、陛下。出した書状の内容を守らなければ、臣下にも他国にも示しがつきません。約束を守らないという信用の失墜、功に報いることが無い王という認識。どちらも国の運営には致命的なダメージだと考えますぞ」


「ルーブル王国がしてきたことは許されるものではないと思いますが、いざその立場に立ってみると勇者を排除したくなって、実行した理由だけは理解できますね。今困っている私達は、あの魔法士に騙された間抜けであるという事は確定ですが、勇者ジンから見たら加害者です」


 筆頭魔導士は更に言葉を続ける。


「過去の記録を信じるのであればですが。最短で魔王を倒したのは先々代の勇者シンですね。それでも5年という年月が掛かっています。そして、僅か数時間で魔王討伐を成した彼は、計り知れない実力の持ち主ということになります。彼の怒りを買う事は承知の上で、全てを正直に打ち明け、差し出せるもの全てを差し出すか、ルーブル王国を真似るか。どちらかしか道はないと思うのです。私としては後者を選択して欲しくはありませんが」


 その言を聞いた王は、がっくりと肩を落とし全てを諦めた表情になった。


「そうだな。最悪、王族全員の命を差し出してでも勇者を宥めるしかないな。魔王が倒されなければ、この国が滅んで民も含め皆殺しであったのだ。それに比べれば現状はまだマシということだな。明日、勇者にそれを伝えるとしよう。もう二人とも下がって良いぞ」


 こうして、話は終わり解散となる。

 そして、宰相は独断で動き出す。彼には王の命が無ければ使えない暗部を動かす事は出来ないが、子飼いのメイドを使う事は出来るのである。方法も選択も全てが間違っているのだが、彼は彼なりに国を思っての行動なのだった。


「くっ殺せ!」


 シンは、自身を殺しに来たと思われるメイドを押さえつけていた。

 即、自害しない所から本職の暗殺者ではないなー、というかその台詞は女騎士じゃないとダメだろう! 何故にメイド? 許せん! などとどうでもいい事に思考を割いていたシンである。

 そして、これがこの国の答えか。とシンは見切りを付けつつも、メイドへの尋問を開始するのだった。


「なぁ。あんたは誰に命じられてここへ来た? 防音の魔道具を持たされてる位だから、かなりの上の人間からだな? 国王か?」


 そうシンが尋ねたところへ、スッと1人いかにも暗部です! な女性が姿を現した。そして即座に土下座をかまして来るのだった。


「申し訳ありません。対処が遅れました。夜伽兼世話係のメイドという事で無警戒でした。本当に申し訳ございません」


 いや、俺10歳くらいの子供の姿なんだし、夜伽はないだろう。そこは無警戒とかダメだろう! などと心の中で突っ込んだものの、見事な土下座に毒気を抜かれてしまったシンはなんだかもうどうでもよくなってきていた。


「ふぅん。この所業は国としての行動じゃないって事か? ま、誰かの暴走だったとしても、それを抑える事が出来なかった時点でダメダメなんだが」


 そして、シンはメイドを簀巻に縛り上げ、猿轡をかませた上で捕らえた賊として所有権を主張するのであった。


 叩き起こされた、筆頭魔導士がシンの部屋に駆け込んでくる。そして、華麗にスライディング土下座である。


「すまない。オルゼー王国の意思ではないんだ。信じて欲しい。そこのメイドには見覚えがある。宰相の息のかかったメイドだな? ジン。本当にすまない。宰相にはちゃんと責任を取らせるよう陛下に進言させて貰う」


 ジロリと冷ややかな視線を向けたシンは尋ねるのだった。


「なぁ。あんたが俺の立場だったら信用出来る話だと思うか?」


「そう言われると非常に困る。本来は明日陛下からお話がある内容なのだが、今から国としての対応で決まったことを明かすのと、明かした後、私の命をもって信用を得たいと思う」


 シンは筆頭魔導士の命を懸けた覚悟の発言に、耳を傾ける気になったのだった。

 そうして、説明を受けたシンは、国としての対応が既に決まっている事から宰相の暴走だと納得はしたものの、自身の命を狙われたことに変わりはないのである。

 だが、ここである程度話が出来る相手である彼に死んで貰っても、シンには何の得も無いため、覚悟を聞いただけで良しとしてそのまま帰したのだった。


 深夜であるにも拘らず、緊急で謁見が決まり準備が整えられた。そして、シンは先程説明を受けた内容と同じことをもう一度王から聴くことになる。

 ちなみに、宰相は既に牢に捕らえられているという事で、この場には不在となっていた。


「事情はわかった。で、どうする? 仮に、この国ごと貰っても、世界を救った報酬としては本来は釣り合わんよな? まして、俺は拉致されてやらされてる立場だ。大体だ、この世界は何度勇者召喚に頼れば気が済むんだ? 毎回拉致して、使い倒して用済みになったら殺す。過去の勇者を殺した責任はあんたらは無いと言いたいかもしれないが、やってた国に金銭、食糧などの援助はしてたんだろ? 片棒は担いでる訳だ。事後の平和という利益供与も受けているしな」


 返す言葉がない王は黙って聞いているしかない。筆頭魔導士も同じである。


「では、どうすれば良かった? 魔王からの死を受け入れれば良かったのか?」


 幼い王子はそう発言する。若さ故のアヤマチとかいうやつである。坊やだからね!


「自分達の世界の事は自分達で何とかしろよ。何度も魔王が出現してるんだから、次に備えて準備をし、勇者召喚に頼らない方法を何故選べない? まさか、毎回今度の魔王が最後だ。もう二度と現れない。とか能天気に考えてたんじゃあるまいな?」


 実際、この世界の人間は魔王が現れても、”善意で”勇者がやって来て、倒してくれて去って行く。俺達はちゃんとお金を払ってる。くらいの軽い感覚でしかなかった。


 非常にタチの悪い話なのである。


「なぁ。拉致されてる側の立場ってものに想像力を働かせてみろよ? 同じことを繰り返すのなら、もうこの世界は滅んだほうがいいんじゃないか?」


 シンが言っていることは実にごもっともで正論であり、全く間違ってはいないのだが、”お前ら滅んでしまえ”はまるで魔王の発言である。


「魔王は魔力の淀みと人の悪意の塊が元になって発生していると俺は思ってる。定期的に現れる理由はそこだな。だから俺は、報酬としてこの世界の魔力全てを貰うことにする。拒否権は認めない。全員に死ねとは言わないが、魔法が使えなくなる。まぁ後は頑張ってくれ。相当厳しい事になるだろうけどな」


 シンの魔王発生メカニズムの予想は、ラノベ知識なんかからの当てずっぽうなのだが、結果としては正しい。

 仮に間違っていたとしても、シンは責任を負うつもりは微塵もないけれど。

 

 2度拉致され、2度救って、2度殺されかけた。帰還方法について騙されているまである。これらの事実は言葉で言い表せない程に重いのである。


 そして、魔力がなくなれば魔王も魔物も今後発生する事は無くなるのは、現時点で誰も事実として知る事は出来ないけれど、実現される未来だ。


 怒りがかなりのレベルに達しつつも、どこかで冷静な部分を持つシンは、サンゴウに魔力の発生源の特定をしてもらい、根こそぎ収納空間へ入れて持ち帰る気になっていたのだった。


 簀巻にして持ってきていたメイドを足元に放り出し、「宰相の処分は好きにするんだな」と投げやりな台詞を残した後、静まり返った謁見の間からシンは誰からの許可を得る事も無く退出する。


 シンは覚えていた宝物庫へと向かい、王の書状を番人に見せて押し通る。

 宝物庫の全てを収納空間に放り込んだシンはさっさと王宮を後にし、王都からも出るのであった。


 そうして、転移でサンゴウに戻ったシンは、衛星軌道上から魔力の発生源となる龍脈の元の位置の特定を指示した。サンゴウはあっさりと位置を特定し、シンは現地へ飛んでの収納に勤しむのだった。


「艦長。謎エネルギーの発生源はもうこの惑星にはありません。しかし、良いのですか? 文明の基盤が崩れるレベルだと考えますが」


「拉致される側の地球は魔法なんて無しでやって行けてるんだ。彼らには今までの勇者への償いって意味でも苦労して貰うべきさ」


 このシンの行為により、食料生産量が激減し、維持できる人口がかなり限られたものになるのであるが、この時のシンは当然それを知らない。知ったとしても、今までの行為からこの世界の人間の担うべき責任だと割り切るだろうけれど。


 こうして、オルゼー王国での事後処理は終わった。しかし、未だ帰還方法は見つかっていない。


 外見の年齢が10歳だと、このまま帰ったら学校とか行くのかな? 学園編とか定番だしなぁなどと考えてしまうシンなのであった。

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