拾い物は何ですか?

 タクシードライバーになってからというもの、何かを拾う確率が上がったような気がする。

 その多くの場合は、お客さまが車内に忘れて行く物なので、普通に『忘れ物』のカテゴリーで処理される。その日、A号車を担当しているドライバーが勤務している間にお客さまから連絡があれば、当該とうがいドライバーがお届けに行く。勤務終了を迎えても連絡が無かった場合、所属営業所に『忘れ物の届』を添付して提出する。◎月△日・何時頃・B地点からC地点に行かれたお客さま・A号車・担当じゅげむ───といった感じだ。更に近年加わったルールとしては、忘れ物がスマホだった場合、即時最寄り警察に直行して遺失物として届ける───これは、携帯電話がただの連絡用ツールでは無くなり、仕事道具であったり、キャッシュレス化の影響で支払い能力を持った為に、単なる忘れ物としてドライバー個人や会社が保管するには、あまりにリスクが大きくなった為だと推測される。

 ドライバーが届ける・会社で保管・警察に届けると、いずれの場合も手間暇と時間が掛かり、仕事上のロスが多い。なので、我々ドライバーは、お客さまが降りられる最後の時に、「お忘れ物はありませんか?」と声を掛けることになっているのだ。

 私の中では、ここまでは忘れ物である。


 しかし、そう声を掛け、お客さまと確認し合ったにもかかわらず、それでも残される物があるのだ。

 例えば、運転席の真後ろの座席の右側に置いた傘───これは、ドライバーがどんなに頑張って背後の確認をしたとしても、見えない位置にある。

 更には、お客さまのポケットから落ちたスマホが、助手席のシートの下に入り込んでいたり、後部座席に置いたスマホがシートと背もたれの隙間に入り込んでいたり、あるいはそれが家や車の鍵だったり、何故か黒いハイヒールが一足きちんと置いてあったり───何を思ってか、足元に隠すように男性用の黒いショルダーバッグが置いてあったり、しかもそのバッグが見た目以上にパツンパツンに詰まっていて非常に重いので、中を確認するのが怖かったりと、まあ色々である。

 これもまだ、『忘れ物』の範疇はんちゅうかもしれない。例え、捜索活動をしなければ見つからないものだったとしても……。

 だが、車から降りた直後のお客さまのお尻のポケットから、スマホが落ちるのを見たら?

 あるいは、トランクからお客さまの荷物を降ろす時に、たまたま足を踏み出した場所に財布が落ちていたら?

 これはもう、『拾い物』に入るだろう。


 けれども、ここまでは常識の範囲の『忘れ物』であり、『拾い物』だと思う。そして、何かとディープな世界に触れがちなタクシードライバーが拾って来るモノは、一味も二味も違うのだ。どこでどうやって拾って来たのかは不明だが、生物を拾って来たりするもするのだ。あえて注釈ちゅうしゃくしておくが、食材としての『生物なまもの』ではなく、生存している『生物せいぶつ』である。

 かつて、世の中も会社も大らかだった時代を知る大先輩に聞いたところによると、誰かが拾って来た犬やウサギが社内で飼われていた事があるという。は、『誰かが持ち込んだ』ではなく、『誰かが勤務中に拾った』というところだろう。そして、営業所内みんなで世話をして、天寿を全うしたらしい。

 これだけであればほのぼのした話だが、近年の『生物』拾いは、もっとディープで殺伐としている。


 事例一:お客さまとして乗って来たお嬢さんと話をしていたら、どうやら県外から逃げて来た方で、逃げて来た理由がご主人のDVだという。タクシー代は辛うじて持っていたものの、今夜泊まる場所もないとのこと。非常に同情に値するが、問題はその話を聞いたおいちゃん・ドライバーが、警察や公的な相談窓口に連れて行かずに、一人暮らしの自宅に連れて帰ってしまったことだ。

 幸い、その話は本人が勤務終了時に周囲にばらした為、その場に居た全員(私を含む)で、知らない女性を泊めるものじゃない。泊めた後に「実は、無理矢理連れ込まれてレイプされました」と言われても、連れて帰った時点で反論の余地はない。昼間拾った女性を自宅に入れてあげて何事もなく仕事をして、今から改めて帰宅するのであれば、最寄りの交番に寄って警察官に同行してもらい、警察に保護してもらった方がいい───と忠告した。

 だが、どうもその忠告をまともに聞いていないようだと判断した一人が上司に報告をし、その上司が本人に連絡を入れたところ、警察を介入させることなく二人で部屋に居るという。かくして、上司達が総出で事に当たり、公的機関に助けを求めるべきだと女性を説得したところ、彼女は「それは嫌です」と主張して、「では、ここに泊めてもらうのは諦めますから、◎◇まで送ってください」と或る繁華街の地名を言ったのだそうだ。

 これはもう、次のを探すつもりだと判断した上司達は、『そこまでは責任持てません』ということで、指定の繁華街でサヨナラしたのだという。事、ここまで来ると、彼女が本当にDVから逃げ出して来た人なのかどうかも怪しくなってくる───が、取り敢えずこの件はここで終わった。


 事例二:前記の件から一ヶ月もしないうちに、後輩同僚から聞いた話である。

 他のタクシー会社に勤めている友人が、女の子を拾って自宅に連れて帰ったとのこと。正直『またかっ!』と思ったが、よくよく聞けば今度は本当にDV被害者で、体のあちらこちら(服を着ていても判る所)に酷い生傷があるのだという。加えて、虐待している相手は親御さんらしい。

 それでもやはり、嫁に貰ってでもかばう気がないのであれば、公的機関に保護を求める方が良いと答えると、実はその警察から一時保護を依頼されたのだというではないか。「なんですと?」と詳しい説明を求めると、彼女はDVからの逃亡常習者で、何度も保護施設で保護されたことがあるが、その保護施設からも逃げ出してしまうのだそうだ(ここにも多くの社会問題がありそうだが)。だから、現在、その友人の所で落ち着いているのであれば、しばらく保護していて欲しい。その間に対応策を考える───というのが、公的機関の言い分だった。

 その公的機関と連絡を絶やさず、保護者&被保護者の関係を保つのであれば、まあ、しばらく様子見でもいいかもね───と、一応答えた。しかし、若い男と女で、一つ屋根の下で……本当にそれでいいのだろうかという疑問は残る。何故なら私自身の経験で、両親を亡くし、病気で職も無くした友人を、私ともう一人の友人で辛うじて保護していたことがある。けれども、我々もギリギリの収入で生活していた為に先行きは見えていて、公的機関に助けを求めたところ、「例え他人でも、面倒をみてくれる人が居るなら、役所が手を出す必要ないでしょ」的対応をされた経験があるのだ。その公的機関の捨て台詞が、「なんでも行政が助けてくれると思うな」だった。

 故に、この後輩の友人に関する対応には、非常に懐疑的だ。「男女の仲になっちゃえば、わざわざ保護しなくてもいいんじゃない?」という本音が、透けて見えるような気がするのは穿うがち過ぎだろうか?



 私自身、認知症の高齢者や子供を拾った経験があるが、きちんとしかるべきところに彼らを送り届けている。それに、男が女を拾う・もしくは拾われるという事には、それぞれの別の意図が働いているような気がしてならない。

 多くの人が子供の頃に『うかつに知らない人に付いて行ってはいけません』と言われた筈だが、私は敢えて言いたい。『うかつに知らない人を拾ってはいけません』───これは、そんなお話。

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