♪アレは何なの・気になるの~
基本的にタクシーの仕事というものは、毎日、営業エリア内の自分のテリトリーを、際限なくお客さまを求めてうろうろしているものだ。仕事の内容によっては、時に一〇〇kmを超える距離を走ったりもするが、そういう仕事の方が稀である。
走り方の基本としては、左車線を可能な限りゆっくりと、左回りに巡って行く。けれども、それで駄目な時は右回りもやってみるし、通常は街中から西向きに走るのが好きでも、それでつきが無ければ東向きにも走る。南北でも同じ事だ。要は、まずお客さまと遭遇しなければ始まらないのだから、行き先が遠いか近いかは時の運なのだ。
斯くして、タクシー及びタクシードライバーは、毎日毎日似たような場所を徘徊しているのである。
そういうわけで、見慣れた車窓の風景の中で見慣れない物を見つけると、(私は)物凄く気になったりもする。
ここ一年ほど気になっているのが、繁華街の飲食店の路面店で、度々ビリケンさんを見ることだ。私の生息区域は関西圏ではなく、ビリケンさん文化を見かけることはほぼ無かった。それなのに、ここ一~二年、やたらとビリケンさんが上陸している。
ネットで調べてみたら、実はビリケンさんはアメリカ生まれで、特に関西の神さまという訳ではないそうだが、どうしてもビリケンさん=関西のイメージが強い。そういえば、関西名物串揚げ屋も増えている気がする。だとすると、関西文化が上陸しつつあるのだろうか?───と、ほぼ役に立ちそうもないことを考えたりもするのだ。
それに、近年はエ〇クレ◇ト系列のマンションが数を数えるのは勘弁願いたいほどに増えているが、それに対抗しているのか、昔からやたらと多いラ◇オンズ系列のマンションのシンボルである百獣の王の像のデザインが、やけにスタイリッシュに変化していることとか───およそ、他の人は気にならないような事が、気になって仕方がないのが私である。
かつて寺社町であった場所に、高級マンションや単身赴任者用と思われるマンションが増えているにも拘らず、ふとした場所に古井戸のポンプだけが残されているのは何故なのか。
決して立地が悪い訳ではない場所に立つ店舗が、業種すら変えながら何度も何度も入れ替わり、どうしても続かないのは何故なのか───等、一度気になり出すと、通る度に気になって仕方がないのである。
そんな私が、最近どうしても気になってしまう看板がある。
左側車線を走る車から見える電信柱に、『無闇にクラクションを鳴らさないでください』と文字だけの看板が掲げてある場所があるのだ。
それは実にごもっともで、クラクションは使い方次第で、周囲の車も周囲の住民や歩行者も、皆が不愉快な騒音と感じてしまうからだ。特に、二十四時間走行しているタクシードライバーは、場所と時間帯を考慮して出来るだけクラクションを使わないようにと教えられる。
この看板だけであれば、さして気にならなかっただろう。しかし、別の場所で同じ設置状況でありながら、微妙に違う文言の看板を見つけてしまったのだ。曰く、『みだらにクラクションを鳴らさないでください』という看板である。
無闇:前後の考えがない様子・程度を越す様子。
みだら:性的にだらしない様子。
と、とある辞書には書いてある。私もそのように理解している。
果たしてこの看板の設置者は、ウケを狙ったのか、はたまた単に間違えただけなのか……。
ともあれ、『みだら~』の方に遭遇すると、ついつい吹き出してしまうのは条件反射になってしまった。
そして、まさしく今日、新たに気になる物を見付けてしまったのだ。
センターラインもない狭路の対向車線側に、平屋の小さな飲み屋が並ぶ一角がある。信号待ちで停車している時に、その中の一店舗に張られたシャッターの紙に視線が釘付けになった。狭くても対向車線側なので、全文を読み取ることはできなかったが、パソコンで打ち出したらしい貼り紙のフォントの大きな部分だけは読めた。
『木を切ってください』───木? 何処の木?
その一角は、小さな店舗だけではなく、マンションやスーパーや昔の戸建ての住宅が
まだまだ青信号に変わるまで余裕のある状況で、何とか小さい方の字が読めないものかと必死に目を凝らしていると、後部座席のドアをノックして若いカップルのお客さまが乗車して来られた。
私が、お二人が来られたことに気付かなかった事を謝罪し、何に気をとらえていたかを説明すると、お客さまもその貼り紙の解析に乗り出した。
「確かに、『木を切ってください』しか読めませんね」
「あ、でも、『私はマンションのオーナーで』って書いてあるような……」
「マンションのオーナーなのは、このお店の人でしょうか? それとも貼り紙を貼った人?」
目的地に着くまで、三人で議論と推論を交わした結果、何畳もないようなお店の人がそのお店に住んでいるとは思えないので、別の場所に自宅があるのだと思われる。その別の場所にあるご自宅に木があって、隣にあるマンションの敷地内にはみ出している等の問題があるので、店の方に貼り紙をされたのではないか?───という結論に達した。
当たり前のことだが、その推論が正解であるかどうかを確かめる術はない。けれども、次に私が通る時、正確な文面を読み取ってみます───と約束して、カップルさんとは別れた。
およそ¥1350ほどの、盛り上がる推理が飛び交った時のお話。
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